第139話 お手紙武将
久しぶりの尾山御坊。
ここに入城してまだふた月ほどなのに、足を踏み入れた途端、まるで地元ホームに戻ったかのように、ほっとする。
いや、それは尾山御坊のせいじゃない。
きっとそこに……。
「ケンさんがいるからだよお!!ただいまあ、私のペット(かぞく)!」
希美は輝虎に飛びついて、その武将髭をもふもふざりざりした。
「キヤアアア!!や、やめんかーー!」
輝虎は、甲高い声で悲鳴を上げ、希美をはね除けた。
「突然、なんじゃっ!」
「ごめん、ごめん。なんか越前が変態に侵されつつあって。マトモな人が恋しかったんだよおっ」
酷い言いぐさである。越前に変態の呪いを持ち込んだのは、希美なのだ。
「それにしても、どうなっておるのだ。此度の地震で越後に戻っておったら、『軒猿スパイ組織』からの報告で、加賀が大変な事になっておると聞いてな。なんとか都合をつけて参ったのだが、お主も織田の大殿も越前攻めに行ったという。加賀は加賀で、何故か攻め入った越前と一向門徒が、ここに定住したいと開墾しながら集落を作っておる。わけがわからぬぞ」
「定住したい?最後のは初耳だったわ」
希美は驚いたが、揉め事さえ起こさなければ、別に問題は無いのでスルーである。
輝虎は、希美に事情を教えろと迫った。
「ケンさんは、軒猿にどこまで聞いたの?」
「軒猿の頭領が言うには、確か、越前朝倉と門徒の合同軍が加賀に攻め入った。お主が『えろ』の力で敵を尾山御坊に誘き寄せると、巨大な阿弥陀仏を顕現させた。お主のかけ声で阿弥陀仏が半眼から光を放って敵軍を一瞬で焼き払い、そのまま涅槃の形で入滅し、崩れ去った。お主は青き衣を纏って、死体だらけの野に降り立ち……」
「おい!それ以上やめろ!!なんか、色々混ざってワケわからん上に、何一つ事実の無い報告が挙がってんぞ。軒猿、仕事しろ!」
「なにい!?」
「簡単にいうと、朝倉と門徒が潰し合い、朝倉当主や重臣等が皆死んだ。そして、我らは何もせずに勝った」
「なんと!」
「私と殿は朝倉の将を懐柔し、私が彼らを連れて越前に侵入、国人衆を調略。殿は後から楽々一乗谷まで進軍。先日朝倉が織田に臣従し、」
「おお!越前は織田領に!」
「無事、越前はペロペロに呪われた」
「なるほど、ペロペロにのう……。ペロペロ!?」
越前在住のペロペロおじさんを思い出したのか、希美は身震いした。
輝虎は不思議顔で希美に尋ねた。
「ペロペロとは、なんじゃ?」
希美は疲れた眼で輝虎を見た。
「今度、ペロペロ武将がうちに入社するから、ケンさんもやってもらうといい。百聞は一見に如かずだからな」
「な、なるほど。頼んでみよう」
「(ニヤリ)」
そこには、悪魔がいた。
今度は希美は輝虎に詰め寄った。
「それより、伊達の彦姫と芦名盛興の婚礼!すぐに越後に向かわないと!」
途端、輝虎は真顔になった。
「お主……今さらそのような事……。さては、忘れておったなあ!!」
「ひゃあ!上杉謙信降臨!!」
「だから、誰じゃ、そやつは!」
「そんな事はいいよ!今すぐ船で向かおう!準備とか、どこまで進んでるのかな??」
「そんなもの、とっくにわしが頼んで延期させたわ!」
「ええ!?」
希美は驚いて、輝虎を見た。
輝虎は、呆れ顔で説明した。
「あの地震は会津が一番揺れたそうな。当然伊達の領とて被害があったろうからな。延期を申し出た。婚礼は秋に延期じゃ」
「け、ケンさん~!あんた、流石、名将だよ~!」
「お主の中の名将の定義は、婚礼の調整が出来るか否かなのか?」
「いやあ、ほっとした!あー、焦って帰ってきたから、疲れたよおー」
希美は後ろに倒れ込み、大の字になった。
「お昼寝しよーっと」
「お主は、自由過ぎる……」
ため息を吐く輝虎の前で、希美はごそごそと体勢を変えた。
「見て見て、ケンさん。涅槃像の物真似!」
「……ぶふっ」
輝虎は、吹き出した。
希美と輝虎は、その日穏やかな午後を過ごした。
夕刻になって、やっと希美に追いついた頼照が尾山御坊に戻り、希美が入る風呂を、うっかりガチの熱湯風呂にして、その中にうっかり希美を突き落としたりもしたが、そんなドジられっぷりも含めて、希美にとっては久しぶりの休息であった。
そう。束の間の、休息であった。
その内、信長が周辺国に書状でも出したのだろう。
越前並びに加賀が織田領になった事が周囲に伝わるや、信長の元へは勿論、希美の元にも書簡や使者が続々とやって来た。
伊達、芦名、北条、徳川辺りの有名大名からは、祝辞と共に祝いの品が届き、足利公方からは賛辞の書簡が、松永久秀からは何故か『えろ』本が、大坂本願寺の顕如からは恨み節と共に『不幸の手紙』が届いた。
(筑前尼として顕如様に仕えてた時、うっかり『不幸の手紙』の話なんかしたばかりに……私のバカッ)
浅井久政の書簡は、いつもの痛々しい内容だが、何故か所々紙が張り付いていて、開けるのに苦労した。
何故張り付いたのかを、希美は知りたくなかった。
武田信玄からは、態々高坂弾正昌信が使者として書簡を持ってきた。
希美は書簡を開いた。
文面は、こんな内容である。
『愛する希美へ
わしは今、希美を想いながら越中攻めをしています。
ところで、加賀を手に入れたんだって?流石、わしの見込んだ男よ!
なあ、希美。わしが越中を全て手に入れたら、そのまま軍勢を率いて加賀に会いに行くから。その時は、わしのものになれよ。
加賀ごと、な!』
相変わらずの腐れ坊主である。
しかも、図々しい。
(こいつ妙にアクティブだから、下手な事言うと、
「わかった。今来る☆」
などと言って、こっちに押しかけかねん。なんと返事するか……)
少し悩み、結局正直な気持ちを手紙に託す事にする。
希美は頼照に紙と筆を用意させると、一言、
『寝言は寝て言え』
とだけ書いて、高坂弾正に渡した。
高坂が希美の書簡を持って尾山御坊を出た後、希美は輝虎に言った。
「越中の武将に、こっそり味方したいんだけど、ダメかな?」
輝虎は、大いに共感した。
また、希美は届いた書簡の中に、能登守護の『畠山義続』からのものがある事に気付いた。
(能登って、加賀の上にある、能登半島の辺りだよね?何だろう)
能登半島の周囲は、今、大変動中だ。
越前と加賀は織田領になり、越中はいい感じで武田が攻めている。
能登の支配者はそれをどう思っているのか。
希美は気になり、書簡を開けた。
『わし、どうしたらええの?』
「いや知らんがな」
思わず手紙に突っ込んだ希美は、とりあえず、
『おたくも織田グループに加入しませんか?今なら、キャンペーン期間中につき、馬油石鹸、馬油シャンプー、馬油リンスの詰め合わせセットをプレゼントしています』
という営業レターを送っておいた。
後は、面倒なので放置である。
さて、希美の元にやって来たのは、お手紙や使者ばかりではない。
直接本人が乗り込んでくるパターン。
それが、六角親子だったのである。
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