第132話 ステルス武将と寝返り隊
※前書き
一本一本は細い竹の根でも、より集めれば、越前をいい感じにしばく立派なバラ鞭に……
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希美が無事、虫さん(頼照)を雇用し、また近くを歩いていた坊主に龍興(えろ兵衛)への言伝てを頼んでから御堂に戻ると、そこは圧迫面接の様相を呈していた。
堀江景忠が信長と秀貞の前で、ガクガクしながら座っている。
(うわ……入りづれえ!)
希美は、そっと御堂から脱出しようと『回れ右』したが、魔王パイセンが「何を逃げようとしておる、権六う!」と呼ぶので、「うぃっす!!」とすぐに上座側に座った。
ここからは、景忠の顔がよく見える。
彼が涙目なのは気のせいじゃない。
御堂で越前の国人衆を待っていると、玄任が飛び込んできた。
玄任は、首改め(ご遺体の身元確認)の責任者である。
「殿、大変で御座る!」
「どうした、玄任?」
「朝倉勢の死体の中に『八曜紋』の旗指物が……。近くの死体を改めました所、野々士城の冨樫晴貞、三十年前越前に逃亡した兄の冨樫泰俊とその子稙晴、討死しており申す!」
玄任の言葉に、信長、秀貞、恒興は少し考えてその名が何を意味するか思い当たるや、愕然とし、言葉の出ぬまま希美に目を向けた。
「野々士城の冨樫晴貞!?元加賀守護の人じゃん!なんで、敵方でステルス討死してんだ……」
希美は頭を抱えている。
玄任が渋面で答えた。
「おそらく、三十年前の加賀一向一揆で破れ、越前に逃げた兄の冨樫泰俊が朝倉方に従軍し、晴貞を説得したのではないかと。おおかた、加賀守護の権威回復を餌にでもしたので御座ろう」
これまで黙って聞いていた景忠が言った。
「野々士城に寄って出立する際には、確かに八曜紋の冨樫勢が加わり申した」
希美は呟いた。
「阿呆だろう……。もし朝倉が勝ったとして、加賀守護としてかつての権威が戻るわけが無かろうに……」
「それでも、かつての栄光を追い求めずにはおられなかったので御座ろう。偉大な先祖の功績が、今では見る影もない。己れの不甲斐なさを痛感する毎日に、『好機が訪れた』と思ったのではありませぬか?」
希美は、突如聞こえてきた声の主を探した。
入り口に、数名の武者を連れて斎籐龍興が立っている。
龍興の表情は穏やかだ。
だが、声に哀れみの色が混じっていた。
「えろ兵衛……」
(お前はどうなのだ。父が守った美濃は、今や織田領。お前は、この哀れな冨樫晴貞に、かつての自分を重ねているのではないか?)
希美はそう問いたい気持ちをこらえて、ただ、龍興の名を呼んだ。
龍興は、にこりと希美に笑いかけて言った。
「私は、今の方が幸せですがね。……さて、こうなってしまっては、元加賀守護の冨樫家も平らげてしまいましょう。晴貞の首を盾に取って、臣従を迫る事を進言致しまする。もし断れば、当主の寝返りを理由に、加賀守護の冨樫家は根切り(みなごろし)という事で」
希美は、自身の顔が白目蒼白になった気がした。
(えろ兵衛……、恐ろしい子!!)
流石、斎籐道三まむしの孫(推定)である。
可愛い二番弟子の少年は、その年で美濃一国の主として辛酸を嘗め、酒色に溺れただけあって、なかなかシビアだ。
信長はくつくつと笑って命じた。
「ならばえろ兵衛、お主が兵を率いて野々士城を屈伏させよ。このわしと戦ったお主の力量ならば、脅しつける事など造作も無かろう」
えろ兵衛は、その命を受けた。
「御意に。されば、朝倉軍の世話は茂部伽羅郎(もぶきゃらお)に引き継ぎまする。ああ、それと、彼らがお探しの者共で御座る」
(茂部伽羅郎(もぶきゃらお)……。そんな家臣いたのか。どんな奴や……)
どうでもいい事が気になりつつ、希美はえろ兵衛が連れてきた武者達を眺めた。
えろ兵衛は、彼らを残してさっさと冨樫さん恐喝の準備に出ていき、連れて来られた武者達は不安を押し隠しながら、広間の中央、堀江景忠のいる辺りまで粛々と進み、隣に座した。
「魚住備後守景固(うおずみびんごのかみかげかた)に御座る」
「真柄十郎左衛門直隆(まがらじゅうろうざえもんなおたか)」
「河合安芸守吉統(かわいあきのかみよしむね)に御座る」
「前波藤右衛門尉景当(まえばとうえもんのじょうかげまさ)と申す」
それぞれが名乗った。
いずれも朝倉にその人あり、と言われた重臣達だ。
ザ・武官という感じの真柄直隆はともかく、何故この顔触れの中で堀江景忠メンバーが代表になっているのか。
恐らく、責任者として切腹回避したい他メンバーが「お前、行ってこい」とでも言ったんだろう。
堀江メンバーの顔色がさらに悪くなっている。
魚住さん、『お前、わしらの事ゲロったな?』みたいな目で堀江メンバーを見るのは止めて差し上げて!
秀貞が信長を紹介し、一通りの流れ作業が終わった所で、しん、となった。
誰も言葉を発しない。
信長は鋭い眼で朝倉勢を睨み、秀貞は能面のような顔で信長の隣に控えている。
恒興は眼を閉じて微動だにしない。
ただし、「んふうーっ、んふうーっ」と鼻息がうるさい。
何か妄想でもしているのか。
ふと恒興の下半身を確認してしまった希美は、ある事に気付いた。
恒興の手が、後ろ手に組まれている。
希美は、驚愕に目を見開いた。
(こ、こいつ……、まさかエア緊縛中……?!)
恒興の表情は、苦悶の中にどこか恍惚としたものが混じっている。
希美の思考が錯乱した。
(『古堂や 鼻息吹き込む すきM(ま)風』希美、心の俳句)
……何を言っているのか。
希美は、懐紙をちぎって丸めると、つまらぬ句を詠ませた恒興の鼻の穴に詰めた。
「ふがっ!……はふうっ、はふうっ……」
鼻がダメならお口から。
結局違う種類のすきM(ま)風に変わっただけだった。
希美は、色々諦めた。
一方、朝倉勢の緊張は高まっていた。
特に堀江景忠以外のメンバーは、処刑の通告を覚悟しているようだ。
誰も何も言わぬ時間が、逆に彼らに生への欲求を再確認させる事となったのか、皆口惜しそうな表情を浮かべている。
それを認め、信長はようやく口を開いた。
「選べ。織田か、死か。織田を選べば、越前の主が変わるが本領安堵。朝倉の臣従も受け入れよう。拒否すれば……」
「わし等に、寝返れと申すか!!」
前波景当が吠えた。
信長は、笑った。
「ならば、お前一人で死ね。他はお主と意見が違うようだぞ?」
景当は振り返って仲間の顔を見た。
決断はし切れていないが、迷っている。葛藤が透けて見えた。
「お主等……」
景当の背から力が抜けた。
希美は、信長を援護する事にした。
「お主達、加賀に入って、この国の様子をどう思った?」
真柄直隆が答えた。
「……良い国じゃ。人々は穏やかで、助け合い、何よりまとまっておる。羨ましい事よ」
他の者も同意見のようだ。
希美は心を込めて語りかけた。
「私が加賀に来た時はな、酷いものだった。内乱の嵐よ。上に立つ坊主共が引き起こしたのさ。だが、私が坊主を追い出し、今は民と私が一丸となって互いを、国を守り合っておる。内乱を起こすも、良い国を造るも、上に立つ者次第よなあ。……なあ、想像してみてくれ。当主や一門衆が急に消えた越前は、この後どうなると思う?これまで通りでいられるか?」
皆、答えられない。
わからないのではない。わかっているから、答えたくないのだ。
希美はそんな朝倉勢の心を見透かすように、たたみ掛けた。
「予言しよう。越前は荒れるぞ。国内は、嫡男の幼さから残った一門衆の跡目争い、下克上に悩まされような。外からは織田も含めた周辺国が切り取り放題よ。国衆は調略されて謀反の嵐となり、度重なる戦で土地は荒廃し、人心は離れるであろう」
「「「よ、予言……」」」
肉体チートという、希美の神がかり的な御業を見せつけられていた朝倉の武将達は、神の発する『予言』に恐れ戦いた。
希美は、一人一人の国人衆の顔を見て目を合わせた。
皆、すがるような眼で希美を見返した。
希美は、安心を与えるように、力強くにっこり笑って見せた。
「だが、織田の庇護下に入れば織田が越前を守ってやれる。朝倉が織田を受け入れるなら、朝倉ごとな。考えてもみよ。混乱した越前に攻め込むのは国境を接する国だ。若狭と近江、そして織田領の加賀と美濃。近江の浅井、六角と織田は友好国だ。織田領になれば、攻めてくるは、若狭一国のみとなろう」
「しかし、織田から来た代官にわし等はとって代わられるのでは……」
不安を口にする河合吉統に、信長は言った。
「代官は置くが、それは織田の元でお前達が円滑に統治するためよ。美濃や越後の国人衆はほとんどが代官と協力して引き続き領地を治めておるわ」
朝倉勢は、織田の支配に興味を持っている。後一押しだ。
希美は朝倉勢の前に進み寄り、近距離で熱く語りかけた。
「織田と共に、越前を守らないか?もし朝倉に義理立てしたいなら、織田の傘の下に入るよう説得して欲しい。それが朝倉と越前を守る事になるんだ。頼む!このとおりだ!!」
頭を下げる希美に、朝倉勢は顔を見合わせ頷いた。
「負けたぜ、柴田殿。真柄十郎左衛門とその一族は織田の支配を受け入れよう」
「河合一族も織田に与しまする」
「魚住備後守、よろしく頼み申す」
「堀江も……、堀江も協力し申す!!」
前波景当は、真剣な眼で希美を見、信長を見た。
そして、頭を下げた。
「前波藤右衛門景当、織田の麾下(きか)に入りまする。どうか、越前と朝倉の行く末をよろしくお願い致しまする」
「殿!」
希美は振り向いて信長を見た。
信長は「うむ」と頷き、元朝倉勢に宣言した。
「織田はお主等を歓迎する!必ず、越前を織田が守ろう!!」
「「「「「ははっ!!」」」」」
織田家臣となった武者達が平伏する。
希美は、無事ヘッドハンティングが成功した事にほっとした。
下手したら、物理的に彼らの首ヘッドがハンティングされる事にもなりかねなかった。
そうなれば、越前攻めは困難なものになるだろう。
現地の協力者は必要だ。
それが有力者なら、尚更。
希美は出来るならば殺し合いなんてするつもりは無い。
彼らが朝倉を説得できるなら、それが一番いいのだ。
「軍議を始めるぞ!機を逃してはならん!」
信長が命じる。秀貞が慌ただしく御堂を出ていった。
希美も加賀の将を集めるために、立ち上がった。
その時懐から何かが落ちた。
拾い上げると、先ほど信長から投げつけられた、竹の根のバラ鞭である。
視界の隅にエア緊縛中の恒興が映る。
「仕事しろ!!」
希美は、バラ鞭を恒興に振るってから、御堂を後にした。
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