第113話 見て!こんなに反省しているよ!➡パレード

「ケンさん、やっぱそういうの似合うー!!完全に上杉謙信と一致!」


「けんしん?誰じゃそれは?」


輝虎は、墨染めの衣を纏い白布の裏頭を頭に装着している。ガチの上杉謙信である。


対して希美は……


「お主、本当にそのままでいいのか……?」


「だって、沢彦和尚が既に用意してくれてたし、皆(高僧)の説法がハイレベル過ぎて、気がついたら尼姿になってたんだよお!」


希美は無事、おじさん尼デビューを果たしていた。




希美とて中身は一応女だ。尼コスはちょっとだけ気持ちが上がった。だが仕上がりは、やや細めマッチョの六尺近い尼である。


ムキムキボディが悩ましい。


「しゃーない。これで私が柴田勝家とわからんだろうし、もう春日山を出てしまったんだから、今さら着替えになんて戻れんわ」


ため息を漏らす希美に、沢彦がすかさずヨイショする。


「えろ大明神様、多少大きゅうは御座いますがお顔から美しさがにじみ出ておりますぞ!それに、何やら自然に着こなしておられる。まるで以前から女であったような……流石で御座いますな!」


「ま、まあな!女の真似事なぞ、簡単よ!」


それはそうだ。元々女である。むしろ、今まで女らしさを誰にも気付かれなかった事を恥じるがよい。




城下町を出てから、すれ違う人の数はぐっと減った。


越後は雪深い所だ。雪が降り始めれば、いつ道が閉ざされるかわからない。


それがわかっているので、晴宗は希美達の出立前に、彦姫を連れて、急いで陸奥の自国に帰って行った。


盛興と彦姫の婚礼は雪が溶けきった四月の予定だ。それまでは、故郷で家族と過ごした方がいい。


この時代の女は、結婚したら簡単には里帰りできないのだから。






一方、希美、沢彦、快川、覚禅坊のおじさん尼四人と輝虎という全員僧侶で構成されたパーティーは、美濃までの道を恐ろしいほどのスピードで進んでいった。


途中、敵モンスターならぬ山賊や盗賊が現れては、倒して進む。


経験値なんぞ入らない、ガチのRPGだ。


どいつも貧しいから、敵モンスターなぞやっているのだ。


当然金も薬草も、落としていきはしない。


「あ、『ひのきの棒』を落として行った」


逃げ出した盗賊が落として行ったのは、誰かの血と汗と脂が染み込んだ、単純かつおぞましい武器だ。


ゲームのRPGだって、リアルにすれば、敵の落とした武器もこのように使い込まれたドン引きの逸品に違いない。


希美がじっとリアル『ひのきの棒』を見ていると、「おい、そんなもの放っておけ。行くぞ」と輝虎に急かされた。


希美は、「はーい」と返事をすると、『ひのきの棒』の犠牲になった旅人と事切れている盗賊に向かい、尼らしく「えろえろ」と念仏を唱え立ち去った。


大事なのは祈りの文句ではなく、心である。




道中、甲斐の躑躅ヶ崎館に寄った希美達一行は、まだ戦から帰っていない信玄の代わりを務める嫡男義信に挨拶し、恵林寺に寄るという快川と覚禅坊を残して一足先に甲斐を発った。


そして、十一月十日。希美は久々に森部城に戻って来たのだった。








「お、お師匠様あ!!お待ちしており申したあ!!」


森部城に入るや、河村久五郎が突進してきた。


そのままタックルするように腰にかじり付き、希美の存在を確かめるべく顔を押し付ける。


「ふがふがふがふが、ふがっ!ふがふが……」


「ちょっと!顔を擦り付けながらしゃべるの止めれ!!股関が息で生暖かい!」


希美は久五郎の月代頭に拳骨を落とし、拳についた脂を黒衣でぬぐった。




「お師匠様!わしを、わしを越後へお連れ下され!!お師匠様のおられる所こそ、最新のえろが発信される地!いち早くえろの流行を掴めずして、何が筆頭使徒か!」


久五郎がその丸顔をぷるぷるさせながら、血走った瞳に涙を溜めて、仲間になりたそうな目で希美を見ている。




河村久五郎を仲間にしますか?


➡はい


 いいえ




➡いいえ(決定)




希美は久五郎の嘆願を一蹴した。


「お主は、殿の直臣で森部城の城主だろうが!人事権は私に無いし、森部はえろ教の聖地だ。筆頭使徒のお主が治めずして誰が治めると言うのだ!」


「二番弟子のえろ兵衛がおります!あれは元々美濃の国主。聖地を治めるにふさわしい人物で御座るう!」


そこへ、冷々とした声が響く。


斎藤えろ兵衛龍興である。


「何を言うのです、兄弟子よ。国主も務まらぬ某なぞに、聖地の運営は到底務まりませぬよ。ですから、某が兄弟子の代わりに越後で最新のえろを……」


「なんじゃと!ずるいぞ、えろ兵衛!越後には、わしが行く!」


「いいえ、某が!……あー、昔兄弟子殿に裏切られて、織田軍に美濃の宿老二人を討ち取られたなあ……。あの裏切りは痛かったなー


!」


「ぐ……っ、裏切りも軍略に御座るぞ!」




反目し合う元主従弟子二人の頭に、希美は拳骨を落とした。


「だから、お前達は織田の家臣なんだから、私が勝手に引き抜けないの!それより、頼んでいたものは用意出来ているか?」


「はい。こちらへ。えろ大聖堂に安置しておりますぞ」


「え?えろ大聖堂??」


知らぬ間に謎の施設が出来ている。希美は弟子の暴走を半ば諦めながら、沢彦と輝虎を連れて久五郎の後について行った。






森部城の南隣に、立派な神社が建っている。


広い社の中では、何人もの教徒が祈りを捧げていた。


「何を熱心に拝んでいるんだ?」


希美は神社の奥に祀られているものを見た。




人形が在る。


逞しい裸体にふんどし一丁、頭には黄金のえろ兜を被った『柴田勝家』の等身大人形が。


その人形は、希美が信長への反省パフォーマンスに使うのに用意を頼んでいた『磔はりつけ用十字架』にくくりつけられている。


人形は節で可動するタイプなので、うまいこと腕を広げた状態で固定できており、いい感じにあの人を彷彿とさせている。


そう、メシア的なあの人を。


その後ろには、金糸をふんだんに使って後光と『えろ』の文字を刺繍した、大きな幕が張ってあった。


磔刑中の人形と組み合わせると、あたかも人形から後光が射し、頭上に『えろ』が浮かび上がっているようだ。




久五郎がどや顔で言った。


「どうです?あの御神体人形は名工『えろ太郎』様に作っていただいたのです。そして、後ろの幕は両端に棒を通せるようになっているので、あの幕を広げる二人の係がおれば、いつでもお師匠様の後ろに後光を展開できますぞ!」


「生き恥ですね。わかります」


希美は真顔で呟いた。


「いいのう……わしも毘沙門天の後光をつけて戦に出たいのう」


輝虎が世迷い事をほざいている。


(そっか、ケンさん、『毘沙門天』を自称しちゃう中二的な人だったわ)


希美は首を振ると、すぐにもう一人の自分(人形)を磔刑から解放した。


さっさとしないと、キのつく宗教団体から苦情が来るかもしれない。


この時代のあいつらが、十字軍や魔女狩りをしまくるようなヒャッハー集団である事は、希美も世界史で習って知っているのだ。




希美は自分(人形)を十字架から外す時、ふと口の部分が開くようなギミックが仕掛けてある事に気付いた。


「なんで態々口を開けられるようにしてあるんだ?」


希美が不思議に思っていると、えろ兵衛が言った。


「それは、えろ太さんが新五(業盛)さんに御神体人形を作った時に、頼まれてつけた仕掛けらしいです。ほら、こうやって木玉ぐつわをつけられるのですよ。すごいでしょう!……よく見たら、口の中、けっこう奥行き深いですね。なかなか人体に忠実に作ってあるなあ」


「何だろう、聞かなきゃよかったわ」


業盛は何故そんなギミックを頼んだのか。


希美は思考をストップさせた。






その日森部城に泊まった希美一行は、次の日の朝、夜も明けきらぬうちに起きて、衣装や小道具などの準備をした。


希美はふんどし姿、沢彦は尼から高僧に性別チェンジだ。いよいよ岐阜に乗り込むのである。


朝、希美達は船に十字架などの道具類を積み込むと、いつものパーティーメンバーに久五郎とえろ兵衛を加え、長良川を北上した。


遠くに見えていた金華山が段々と近付き、岐阜の街並みが少しずつ見えてきた。


良さそうな所で船を降り、岐阜の町の入口まで歩く。


冬だというのに、岐阜の町は人で賑わっている。




「いや、ちょっと岐阜賑わい過ぎてない?祭りか渋谷くらい人がいるんだけど」


希美が訝しんでいると、久五郎が「それはそうでしょうなあ」と答えた。


「昨日お師匠様が森部に入られた事はわしが信者に伝えましたし、昨日のうちに今日の登城について先触れを岐阜城に出したのですが、そこからも人々に伝わったので御座ろう。ちょっとした降臨祭ですな!」


「やっべえ……とんだ大イベントになっちまった!」


確実に、ウィキペディアの『逸話』の所に載るやつだ。


だがやるしかない。さっきから、ふんどし姿で十字架を担ぐ希美を見物しようと人々が集まって来ているのだ。




希美は息を吸い込んだ。








「我こそはあ!!柴田権六勝家だあっ!!」




うおおおおお!!


群衆の歓声が唸りを上げた。




「私の心はあ!いつでも織田と共にあるっ!!私に二心無しよお!!」




うおおおおお!!


えーろ!えーろ!えーろ!えーろ!


群衆のボルテージが上がってきた。




「殿のためならばあっ!!磔になっても悔いは無いわあ!!!」




うおおおおおおおおおおお!!!!


おーだ!えーろ!おーだ!えーろ!


織田領民達よ、それは織田さんをディスってませんかね?






希美は十字架を担ぎ直した。


「行くぞお!」


「「「「応!!」」」」


希美の声に、供の輝虎等が応える。


希美が足を踏み出した。


バッ。希美の後ろでは、えろ大聖堂に掛かっていたあの『えろ後光幕』が、久五郎とえろ兵衛によって広げられた。


そんな恥ずかしいエフェクトがかかっているとは気付かずに、希美は「えろえろえろ」の大合唱の中を進む。




すると、どこからともなく太鼓や鉦かねの音と共にダンス集団が湧いてきた。


「えろえろ♪えろえろ♪阿弥陀仏♪えろえろ♪えろえろ♪阿弥陀仏♪」


男も女もめちゃめちゃ楽しそうに踊り狂いながら、希美についてくる。


「なんだ、この陽キャ共は!?」


久五郎が答えた。


「えろ時衆ですな。時衆のえろ教徒達によって構成された一派で御座る」


「時宗って、踊り念仏のあれか!変な亜種が誕生してもうた!!」








岐阜の町は、冬だというのに熱気に包まれている。


希美は最高潮に盛り上がる群衆の中、後光とダンス集団を引き連れて、パレード状態で岐阜城を目指す。


岐阜城では、元祖魔王が希美を待っている。






処刑を控えたメシアの如く、希美の足取りは重く、そして確かなものであった。

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