第111話 お遊びはここまでだ(嘘)
「だ、誰だあ!!お前等?!」
「いや、わしですぞ。快川です」
「快川、えろ大明神様はわし等が美しくなったのでわからぬのよ。あの頃にあった髭も剃ってしもうたしの」
「確かに!わしも柴田屋の白粉で青髭が消えたからなあ。がっはっはっ」
「てめえ等!柴田屋うちの化粧品使って、その仕上がりなのか?!とんでもない風評被害じゃねえか!柴田屋の商品使ったら化け物ができると評判になんだろうが!!」
希美はすぐに湯を用意させると、尼共の首根っこを掴み、クレンジングと洗顔を施したのである。
魔装の尼達を無事メイクオフした希美は、ただのごついおじさん尼となった快川達を見て、(うーん、まだ魔装が完全に解除しきれてない気がする……)と少し不安になったが、先ほどの化け物の衝撃で心が麻痺していたため、彼らのおじさん尼というスタイルを受け入れてしまったようだ。
希美は、彼らの女装については言及せず、また同じ悲劇を繰り返さぬためにも、正しいメイク知識を授ける事にしたのである。
「まず、お主等に言っておくが、この時代の化粧品は一つがやたら高い。しかも、化粧の極意は基礎化粧にあるのだ。つまり、化粧をきちんと落とし、化粧水と乳液で肌を整える。その上で初めて白粉などの化粧が出来ると知れ。ただ、その基礎化粧品を揃えるのにも金がかかる。わかるか?きちんと化粧をしたいなら、それなりの覚悟たいきんがいるのだ。お主等に、その覚悟たいきんがあるのか?」
尼?達は、躊躇っている。
柴田屋に行ったなら、化粧品の価格はわかっているはずだ。
現代でだって、ブランド化粧品の高級ラインで貧乏にあえぐ友人を、希美は何人も見てきたのだ。
だが、暫く考えた後で何やら勝算を得たような表情になった沢彦が、希美に答えた。
「拙僧は覚悟を決め申した。拙僧は男でありながらも女を極める事で、性の真理に人間の仏性を見つけてみせる。なに、拙僧も織田の参謀と呼ばれた男。化粧品を求める計なら既に立て申した」
「マジか。すげえ……沢彦さんもかっけえけど、沢彦さんを悟りに導くニューハーフの人ってすげえ……」
(確かにテレビでよく見たマ○コさん、デラックス感あったもんな……)
希美は、沢彦禅師の導きで新たな視点を得た。
……だからといって、なんという事もないのだが。
快川は沢彦に頼んだ。
「沢彦よ、兄弟の契りを結んだわしにも、その計に乗せてはくれまいかの?」
「わ、わしにも知恵を授けて下され!」
覚禅坊も沢彦にすがった。
沢彦は快諾した。
「よう御座る。といっても、たいした事ではありませぬよ。どうせわし等は化粧など、特別な日にしかせぬ。ならば、仲間を増やし、化粧品も購入費も皆で割ればよい。わし等は布教においては本職じゃ。仲間を増やす事などたやすい事よ」
「「な、なるほど!!」」
「ならば、わしもえろ教徒の信者に仲間を募ろう」
「わしは、えろ教徒の弟子に……」
快川と覚禅坊が、宗教家の眼になった。
「おい!それはまずい!そういう人が別にいてもいいが、態々増やすな!私が戦犯として仏教界に睨まれるだろ!」
希美は慌てて沢彦達にストップをかけた。
(まさか、『女装により悟りを開く一派』なんてのができるのか?この歴史改変はいかんだろ!……あれ?本当にいかんのか?もしかして、どっかの女子大学がトランスジェンダーの人を受け入れたみたいに、トランスの人を受け入れる素地になって、もしや、世のためになるのかも??)
希美が混乱していると、「あ!」と快川が声を漏らした。
「そういえば、えろ大明神様、実は拙僧達は、お知らせせねばならぬ事があって参ったので……」
バアンッ!
「話は全て聞かせてもらったぞ!!」
「うわっ!」
「誰じゃ?!」
「曲者か!」
「人類滅亡!?」
尼おじさん達は、闖入者に緊張を走らせた。
希美は何やら口走った。
しかし、広間の入口に立つおじさんを認めると、希美はほっと息を吐いた。
「あ……、なんだ、伊達さんだ」
今日入っていたもう一件のアポイントメントの人物、伊達晴宗さんであった。
「ちょっと伊達さん、聞いてたの?」
「いやあ、すまぬな。部屋で待っておったら何やら慌ただしく、気になっての。見に参ったら、非常に気になる化粧の話が聞こえてしもうて……あ、いや室(妻)が気になりそうな話だのう、と気になったというか……」
「あー、はいはい。奥さんが、ね」
希美は大人なので、『お前が気になったんだろ!』とは突っ込まなかった。
ついでに快川達に「あ、この人、陸奥国の伊達家現当主さん」と簡単に紹介し、晴宗にも平伏する快川らを指し「世を忍んで尼の格好をしている坊主達です」と多少濁して伝える。
晴宗はそんな適当すぎる紹介を気にせず、快川達に話しかけた。
「お主等の堂々たる尼ぶり、化粧に対する熱意、何より女の心を理解しようとするその心、わしは胸を打たれた!」
「「「あ、ありがとうございます……」」」
「……」
快川達は戸惑っている。希美は黙って見ている。
「男は男らしく!それに抗うなど茨の道であろうに、なんたる勇気か!わしには、そんな勇気など持てぬ!……あ、いや、一般論じゃぞ?決してわしが女らしいものが好きとかいうわけではないからね?!」
快川達は、こくこくと首を縦に振っている。希美は生暖かい眼で晴宗を見ている!
「よし、この度のお主達の化粧代、わしが出そう!」
「「「ええ!?」」」
「そ、それは、真で……?」
晴宗の思わぬ提案に、快川が恐る恐る尋ねた。
晴宗は頼もしく「うむ」と頷き、希美に向くと、
「柴田殿、ついでにわしの室の化粧品も一揃え頼むの。継続的に購入する故、安くならぬかのう?特にこの度は皆の分も購入する分、もっと勉強してもらえると嬉しいのじゃが……」
と宣った。
希美は返答した。
「これが目的だったか……(はいはい。お安くしますねー)」
「ももも目的って、なんじゃあ?!」
(おっと!間違えた)
「なに、こちらの話です。もちろん、お安くしますよ。あ、春に出す新商品のリップグロスの試供品をおつけしときますねー」
「「「「なに、新商品じゃと!?」」」」
四人のおじさんの声が揃った。
希美は小性の久太郎に試供品を持ってくるよう指示すると、晴宗に問いかけた。
「つけ方、説明しますので、よければお試しになりますー?」
「も、もちろ……」
「あ、もちろん、『試さない』の一択ですよね。すみませんー。伊達さん、女らしいものにご興味無いんでした!」
「あう……あう……」
やめてやれ。晴宗が泣きそうだ。
そこへ、試供品の入った箱を持った久太郎が、輝虎を伴ってやって来た。
輝虎は晴宗の姿を見ると、苦言を呈した。
「やはり、こちらにおられたか、伊達殿。『突然「厠に行く」と飛び出したきり戻ってこない』とご家臣が心配しておりましたぞ!」
希美はそんな輝虎に、構わず話しかけた。
「ちょうど良い所へ!ケンさん、ここに座って!」
「え?」
希美は無理やり上座に輝虎を座らせると、懐から手拭いを飛び出し、輝虎の首元にかけた。
「な、なんじゃ?」
「ええー、皆様、ご注目下さい。このケンさんの荒れたガサガサの唇を!ですが、この新発売のリップグロスは、このガサガサの唇をぷるっぷるに見せる事が出来るのです!」
「「「「おおーー!!」」」」
「唇ガサガサで悪かったの!!」
希美は、輝虎の文句を無視し、箱から小瓶を二つと猪口を取り出した。
「こちらの小瓶には馬油配合の特製油が、こちらの小瓶にはお釈迦様の生誕地インド直輸入のベンガラを使った赤色粉が入っております。これを少量ずつ取り、この猪口で混ぜ合わせます」
希美が混ぜ合わせた猪口の中身を皆に見せた。歓声が上がる。
そして、少し固めにとろりとしたその赤色を、輝虎の唇に指で塗っていった。
すると、輝虎の無精髭で囲まれた味気ない唇が、ぽってりと透明感のある赤に彩られた『ぷる艶』な唇に!
「うおおおおーー!!」
「簡単で失敗も少ないですし、配合次第で様々な赤に出来る自由度の高い品です。価格も通常の紅と比べると随分お安く提供できますから、普段ちょっとおしゃれしたい時にもお使いいただけますよー」
「買う!わしは絶対買うぞ!……室にな!」
「わしもじゃ!」
「わしも!」
「わしも!!」
「なあ、わしの口に何を塗ったのじゃ?わしは今、どんな状態なのじゃ?」
不安そうな輝虎の顔を、希美はまじまじと見た。
「ぶぅっふぉ!!……安心して、可愛いよ!」
「今、完全に吹き出したじゃろ!」
希美はサムズアップして見せたが、輝虎は誤魔化されなかったようだ。
ぷるぷるの美味しそうに熟れた唇を尖らせて、ぷりぷりしながら広間を去る輝虎を、希美は敢えて何も言わずに見送った。
(サンキュー、ケンさん!このまま城の中を練り歩き、女中達向けの、良い広告になってくれ!)
確信犯であった。
希美は、試供品の小瓶を手に取りワイワイと語り合う集団に、ふと聞いた。
「そういえば、結局お主等、何しに来たの?」
「「「……あっ!」」」
やっと……、そう、やっと物語は本筋に戻れたのである。
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