第50話 悲喜こもごも

「次の当主は喜太郎様か……」


「殿に比べると、ちと頼りないの」


いつしかそんな声が喜太郎の耳に入るようになった。






『美濃の蝮』斎藤道三を弑した斎藤義龍。


その義龍の息子として、後継として、家臣達からの期待は大きな圧力となって喜太郎の若く小さな肩にのし掛かった。


当然その期待に応えたい、父の様になりたいと書を読み、武芸に励んだ。しかし若く経験の浅い喜太郎には、意見の様々な重臣等を満足させるのに何が正解なのか、判断がつかない事がままあった。




時があれば、まだ良かったのだ。


しかし、無情にもまだ三十代の父義龍が病を発症した。自然、家臣達は若い次代に当主たる実力を求めた。


しかしこの時喜太郎は、十三の少年。父の様にはいかぬ。


潰れかかっていた喜太郎は、耳に痛い事を言う重臣より甘言を弄する斎藤飛騨守を重用する。


この男、あからさまな奸臣である。周囲は益々喜太郎に失望した。


そんな時の、義龍の急死であった。




「何故じゃ。父の時には織田などいつも追い散らしておったではないか……」


義龍の死から僅か三日で、こちらの混乱を見透かすように攻めてきた織田軍。


とはいえ、数はたったの千五百。喜太郎は対織田に実績のある長井甲斐守、日比野下野守を大将に、六千の兵を当たらせた。


誰もが、いつも通り斎藤軍の勝利を疑わなかった。


しかし蓋を開けてみれば、織田の誘引と挟撃、森部城の河村久五郎の寝返り。


こちらの損害は手痛いものだった。長井、日比野両大将を始め、神戸将監、稲葉又右衛門など名だたる武将が討ち取られた。


織田勢は殆ど損害が無いのに対して、こちらは百七十余りが討ち死にというひどい負け戦である。


その上、拠点としていた墨俣砦まで奪われ、元服し名を龍興と改めていた喜太郎は暗澹たる思いで呟いた。


「何故じゃ……わしは、わしは……」


相変わらず重臣共が煩い。




「竹中遠江守の息子は、次代と同じ年頃だというのに天才じゃというぞ」


「確か、半兵衛とかいう。器はそのままに、中だけを取り替えられればの……」




そんな言葉が耳に入る。


「竹中、半兵衛……」


龍興は扇を固く握りしめ、ギリギリと歯噛みした。


「わしは……、わしが斎藤の当主ぞ。美濃の主はこのわしぞ!」


そこには、多少気弱だが素直に当主たろうと励んだこれまでの喜太郎はいなかった。


いるのは、昏く嫌な眼で睨む斎藤家当主斎藤龍興だ。


斎藤家の凋落は、ここに始まったのだ。








**********




「某は、柴田殿と森殿に一生ついていきますぜ!!」


織田軍ではうっきうきの利家が、尻尾を振らんばかりに希美と森可成になついていた。


(嘘つけ。将来的に賤ヶ岳の戦いで柴田勝家裏切るくせに)


希美はジト目で、利家を見た。






森部での合戦がひと段落し、薬師寺で首実験が行われたのだが、利家の武功が認められ、織田家に帰参が許されたのだ。


史実を知る希美は今回の馬ウェイク事件に危機感を感じ、森可成に事前に「殿の前で又左衛門の一番槍を悔しがるように」と根回しをしておいたのだ。




始めは勝手に行軍にまぎれ込んだ利家にヤンキーばりのメンチを切っていた信長だったが、希美が、


「此度の一番ウェ……一番槍は、あの『首取り足立』を仕留めた前田又左衛門で御座る。某、見ておりましたが、一瞬で足立六兵衛を吹き飛ばし、あまりのあざやかさに思わず目を疑い申した(嘘は言っていない)」


とフオローし、可成が、


「前田殿にはしてやられ申した!流石、殿の近習。一番槍を狙っておったのですが、先を越され申した!」


と悔しがって見せると、信長は頷き笑みを浮かべた。


「確かに足立六兵衛の首は、城一つに匹敵する価値があろうの……その方等がそこまで言うなら、そこの犬、また飼うてやる。犬ぅっ!三百貫の加増じゃ、励め!」


「ははあっ!!」




涙から鼻水から、だらだらと垂れ流して喜んだ利家は、ついでに信長から公的に『馬うえいく』と呼び名を変える事まで許してもらっていた。


信長は利家の妙な改名に、「またお前か、権六ぅっ!」と希美に首桶を投げつけた。


首が入っていないものをチョイスしたのは、信長なりの気遣いだったのかもしれないが、『槍の又左』が『槍の馬ウェイク』にと意味不明な歴史改変がされてしまった事実に、希美は頭から首桶を被ったままカタカタと恐れ戦くしかなかったのである。






その後、破竹の勢いで落とした墨俣砦で、希美は可成と利家と三人で警戒、もとい散歩中だった。


おかしな歴史改変が起きたものの、無事史実通りに利家に可成を尊敬させ、利家を織田家に戻す事に成功した事に、希美は安堵していた。




森可成は、柴田勝家とほぼ同じ年である。


ムキムキの体に髭、揃って武辺の者だが頭もキレる。


そんな二人は仲が良く、そうなるとなんとなく雰囲気も似たものになってくる。


完全にキャラ被りしていた。


といってもこの時代、多くの武将は、ムキムキ、月代、髭が当たり前だったので、全員キャラ被りといえばキャラ被りだったのだが。




しかし勝家が希美となり、髭を剃ってしまったため、もう同僚達に「あ、森殿……って柴田殿か。申し訳ない、間違え申した」などと言われる事もない。


希美は可成を見た。顔にいくつか傷のある強面に見えるが、案外目元が少し垂れ気味の熊である。


以前、


「権六、わしも昨今の流行りに乗って剃って見たのだが、どうかの……?」


と熊のような可成に、ちょっと赤い顔でもじもじして言われた時は、ギャップ萌えに鼻血を吹きそうになった。


武骨だが、案外乙女な所もある優しい奴なのだ。




「なんだ、権六。そんなにこっちを見て。なんだかお主、髭を剃ってから良い顔になった故、そんなに見つめられたら恥ずかしいぞ」


(乙女か!)


赤くなっている可成に心の中で突っ込んでから希美は言った。


「いや、三佐は此度も凄まじい働きを見せたの、と思っての」


(乙女ですね、なんて言ったら絶対気にしそうだもんな。意外と繊細なんだ、この人)


希美は可成が、指が一本欠けているのをかなり気にしているのも、陰で『十九』と呼ばれるのを嫌がっているのも知っていたのだ。




可成は意外そうに言った。


「権六こそ、矢も槍も気にせず突っ込んで、無双していたではないか。わしには出来ぬわ」


「そりゃ、私には矢も槍も効かぬからの」


希美は首をすくめた。


利家が興奮して言った。


「いや、森殿も柴田殿も凄過ぎますって!某、絶対武士として上り詰めてやろうと『馬うえいく』なんて名乗ってますけど、御二人を見てると自分まだまだで、なんか恥ずかしくなってきますわー」


(恥ずかしいのはその名前を名乗ってる事なんだぞ、馬ウェイクよ)


希美は、生暖かく利家を見やった。








そんな和やかな場に、渋めのおじさんボイスが響いた。


「おおっ!お師匠様!!やっとお会いできましたっ」




そこへ駆け寄って来たのは、希美のエロ弟子である丸顔おじさん、河村久五郎であった。








希美は無言で、ラリアットした。

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