第44話 楽市に入れてください

さて、清洲城に戻る。


信長からの論功褒賞。


希美は思わぬ大金を手にし、できる事を色々と思い描いた。


(くくく……内政チートが捗るぜ!)


これである。


しかし、これまで希美はあまり表立って、現代知識を内政に活用してこなかった。


なぜなら、清洲にガキ大将を絵に描いたような人間がいるからである。




そう、織田信長だ。






希美はこれまで読んだ転生もの小説で、信長が部下の発明したものを当たり前のように我が物として持っていくのを見て、警戒していたのだ。


(『ださい』だって、いつの間にか我が物顔で使いまくってたし。私は絶対に横取りなんて理不尽は許さない!)


儲けは全て、私のものよ!


希美は、わりと強欲だった。






そして希美は勝負に出た。




「殿、お願いが御座る」


「なんじゃ」


「某に、商売の許可を頂きたく」


「何?その方が商売じゃと?!」




信長は目を見開いた。


『武士は主君のために体を張るもの。将として領地を富ませる判断もする。金勘定などは、わしのする事ではない』


(以前、そんな事を言っておらなんだか?)


信長は、希美を見た。


(頭を打ってから考えが変わったのか?)




信長は聞いた。


「……何を売るのだ?」


「以前、殿に献上した椿油を売ろうかと。殿やお方様方にも御愛用頂いておるようですし、堺の天王寺屋とも伝ができましたので」


「なるほどの。得た利はどうする」


「領の開墾に。戦続きで兵糧を多く使いました故。殿の覇道にはこの先さらに兵糧が必要になりましょう。米を増やすは肝要かと」


(うふふ……更に天王寺屋からいろんな種類の種や苗を仕入れて、領地で美味しいものを沢山作るんだーい)


「覇道か……道理であるの」


(これは、好感触やでぇ!)




希美は畳み掛けた。


「椿油だけではたいした利にはなりませぬからな、他にも手を拡げたく思いますが、まだ何とも……もし何か他に思いつけば、椿油のように殿が使われる分は献上致しまする。織田軍で使う分は優先して安く卸しまする。その代わり、柴田家の商品として『柴』の字をつけて売りたいと考えておりまする」


(柴田家でブランド化したら、信長に横取りされずに済むはず)


「尾張でも織田でもなく、柴田で売り出すと……?」


信長の米神がぴくりと動いた。




(あ、やべ。やっぱりまずいのかな?)


信長は、内心焦る希美を凄みのある眼で睨んだ。


「儲けた利で天王寺屋から兵具を買い、謀反を企むか……!」


希美は仰天した。


「え?!何のために??」


「何のためじゃと?わしを追い出し己れが尾張を治めるためであろう!!」


「いやいや、それ、私に何の得があるの?」




希美のぽかんとした間抜けな顔に、信長は止まった。


「……尾張の主は得が無いと申すか?」


「いや、だって尾張といえば織田信長じゃないですか……柴田勝家は違いますって」


「何を言っているのだ?」


希美はまさかの謀反疑惑アゲインにしどろもどろだ。


信長は何となく怒りを削がれ、妙な目で希美を見た。


希美は考えた。信長の代わりになれるとしたら、なるか?当然、ノーだ。


「だって、面倒臭そう」




信長は目を剥いた。が、思い出した。こやつは所詮、権六であったな、と。


信長は、残念な目で希美を見た。




「そうか。尾張の主は面倒臭いか……」


希美は、うんうんと頷いた。


「なんせ、殿のまわりは癖が強い人ばかりじゃないですか。丹羽長秀にしても池田恒興にしても……」


(一益だって、実は面倒臭いタイプだし)


「そんな人達を束ねるとか、絶対大変ですよ!!某には無理ですな。ハゲまする!」




信長は脱力した。


そして、次の瞬間には沸々と怒りが沸いてきた。




「お前が……、お前が言うなあぁー!!」


「ええ?!な、なんで!」


信長の渾身の乱打を受けて、希美は混乱している。しかし、子どものぽかぽかパンチほども希美には効いていないのが悲しい。


隣で一益が呟いた。


「一番おかしな人はあんただろう、権六よ……」




信長がハゲたら、多分希美のせいだ。






暫く暴れて疲れた信長がふうふう荒い息を吐いていると、見計らったように一益が希美に助け船を出した。


「殿、良いではありませぬか」


信長は怪訝な顔で一益を見た。


「彦右衛門は賛成か?」


一益は笑んで頷いた。


「この通り、今さら柴田殿が謀反を起こす事はあり得ませぬし、家臣どもとていくら仏の御遣いといっても、柴田殿については来ますまい」


「で、あるな……」


「柴田殿が商売を始めれば、天王寺屋とのやり取りも増えましょう。某の配下を柴田家の者としてそのやり取りに噛ませまする。さすれば、自然、天王寺屋や堺近辺の情報を得られまする」


「なるほどの。権六の商売を隠れ蓑にするという訳か」


「左様」




信長は考える様子を見せ、頷いた。


「許す。だが、税は取るぞ」


「えー?!楽市は??」


「あれは先日座を廃した商人共への慰撫よ。その方には当てはまらぬわ!」


「なんと!?」


「楽市楽座はまだ試し段階故、そのうちどの商人にも楽市を適用させるが、権六、その方だけは駄目じゃ!」


「何故?!」


「理由など、無いわっ!!」


「理不尽!!」






「もう、金と刀を持って、さっさと去れ!」


ドタドタと足音を立てながら去っていく信長を見て、希美は思った。


(私だけ楽市してくんないとか、やはり理不尽の洗礼は避けられなかったかあ!だが、それならばせめて、もう一つ通させてもらう!)




希美は、信長の後ろ姿に声をかけた。


「殿ー、某、牛肉と豚肉食べたいんで、そっちの許可もお願いしますー!」








希美は、戻ってきた信長に飛び蹴りをくらった。

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