14

柘榴♢蘭晶

あれはいつ頃からだっけ。蘭晶は隠していたつもりだけど、私には分かった。お茶の味を聞いてもどこか上の空。ふわふわして目を輝かせている。ああこれ、好きな子ができたな。

隣で紅茶を飲みながら、誰か蘭晶に好かれるような奴はいたかと頭の中で思い浮かべる。自分達の中ではないだろう。じゃあ教師? それとも上級生? 暇なので面白そうな話題は私の娯楽になる。さて、どう転がっていくかな。

蘭晶は、いや誰もが本当に大事なものは人に言わない。私も熱心に追いかけていた訳ではないけど、ただ蘭晶を見ているだけでは気づけなかった。

お茶会の日程はきちんと決めていなかったけど、暗黙の了解で絶対参加が義務付けられていた。ここにいれば、他の生徒から私達を守ってくれる。お茶会に途中参加できる生徒はいない。元々知り合いである私達を見せつける為の場だった。入れてとお願いされたこともあるけど、今では私達に話しかけることすらしないようになっていた。

紅玉の様子が僅かに違っていた。薄っすら微笑んだつもりでも目が笑っていない。

「蘭晶は、どうしたのかな」

「き、今日は行けないって……言ってた」

「月長に伝言を頼んだんだね」

私に言われて褒められたと思ったのか、月長の頰が微かに染まった。相変わらず可愛い子だ。

「……そう。何してるのかな」

ここで数名が紅玉の不機嫌を感じ取っただろう。場に緊張が走った。

「最近彼は、付き合いが悪いかな? 誰か何か知ってる?」

きっと紅玉は全てではなくても、既に知っていることがあるのだろう。教えて欲しい訳ではなく嘘つきの炙り出しと、正直者がちゃんと現れるかの質問だ。お互いを探るように、小さな声がいくつか上がった。

「図書館にいるのを、見たよ……」

「蘭晶はクラスの子とも仲が良いから、誰かと遊んでるんじゃないかー? 瑠璃は蘭晶見たー?」

兄の膝の上でクッキーを食べながら、弟は首を振る。

「最近蘭晶に助けられた生徒がいたみたいだ。その生徒に危害を加えていた奴らは、この前釘を刺しておいた」

よくやった、そんな言葉を紅玉から期待していたのだろうが、彼の目は残りの発言していない者達に向いていた。琥珀も黒曜も話せることは何もないだろう。あ、私? 私が答えるべきなのかな。

「うーん。何してるかは知らないけど、なんだか楽しそう、だよね」

紅玉の眉間に僅かにシワが寄った。それを見ないフリして、月長にお菓子を渡す。それに気を取られた月長の目を、紅玉の方に向かないようにした。

「……まぁいっか。彼にも事情はあるだろうし、僕らも少しお茶会を控えようかな」

その意見に賛成する者も、反対する者もいなかった。紅玉がいなくなった席を見つめて、気まずい空気が流れる。

それから数日間お茶会は無しで、特に校内でも会話をすることはなかった。そんな私達の微妙な空気を、さすがに蘭晶は気付き始めただろう。そういえば最近お茶会ないわねと話しかけてきた。

「忙しいんじゃない? 蘭晶も控えめの方が、良かったりして」

「え、ええと……この間はごめんなさい。どうしても抜けられなくて。今度はちゃんと行くつもりだったの」

「私はいいけど……紅玉が」

僅かに青ざめた顔に、わざとらしく大丈夫だよと言ってみた。

「何か言うことがあるのなら、言っておいた方がいいかも。隠し事は、嘘に繋がるから」

「……別に。何も隠してなんかないわ」

「そう? まぁ次が決まったら教えにいくよ」

「ありがとう……お願いね」

さて、そろそろかな。紅玉が何か手を打つはず。あの子はさりげなく、でも確実に自分達とその他の線引きをする。新しい人間は、いらないから。偽りの友情でも一応は同じ屋根の下で過ごしてきた、周りの人間よりは信頼できる。信頼というよりは、相手のことを分かっているから怖くないのかもしれない。皆の弱みは、それぞれなんとなく把握している。

蘭晶は珍しくフットワークが軽い。私達の中で唯一普通の友達を作っている。いつ裏切り者認定されるか分からない。多分、そうなった時紅玉は……簡単に敵だと言うだろう。

何も知らない。本当に知らないのか、気づかないフリをしているのか。目の前で泣き崩れる蘭晶を見つめる。それを聖母のような顔で慰める紅玉。彼が何をしたか、やっぱり知らないようだ。私も詳しくは知らないけど、手を回したのは彼に違いない。

まだ、誰かを想って泣けるのか。羨ましいと少し思った。哀れだと、大声あげて泣くなんて下品に見えたのに。こんな物語の主人公のようなことがよくできる。彼の中で自分はスターなんだろう。蘭晶……貴方は。自分で自分の嘘に染まっている。幸せなことだ。夢の中で生きられているのだから。だから私は、ちょっぴり、うん……貴方のことが嫌い。



♢翠♢

僕だけ見下している。そんなことは聞かなくても分かった。そうなんだろって聞いても、あいつはそうだって笑うだろう。

会話をしなくても、自分達の間で最下位争いをしていたのはお互いに分かっていた。そんな時はこのクソみたいな血でも、武器のように感じる。僕の一部は紅玉と同じだからと。そうすれば蛇紋は僕に白旗を上げるだろう。そんな時だった。ぽんとそれが収まったのは。

もじゃもじゃの髪の毛。汚いとかそういうレベルじゃない服装。上着は切りっぱなしだったり、他の布がくっついていたり、ズボンのお尻のところにべったり絵の具が付いていたり。こいつが最下位だ! 口には出していないけど、きっと同じことを思っただろう。だけどそれは、とんだ勘違いだったんだ。

王様である紅玉のお父さんは琥珀とそっくりな、くるくるぱーな芸術家と話すたび笑い声を上げていた。芸術家の方はにやりとも笑っていないのに。あくまで真面目におかしな事を言っているのがツボらしい。琥珀も、何も意識していないのに、気がついたら彼の周りには誰かしらいるようになっていた。まぁ琥珀は誰かいてもいなくても関係ないみたいだけど。ずっと絵を描いたり、粘土を捏ねたりしている。

僕たちは落胆すると共に、琥珀への嫉妬を抑えきれなくなっていた。そんな時初めてちゃんと会話をした。

「翠……」

「……なんだよ」

「分かるだろ。言わなくても。……あーあ、また紅玉の一番から遠くなってしまった」

「別に君は、紅玉に好かれたいだけならまだ方法があるだろ。僕は……皆と、誰でもいいから仲良くなりたかったのに」

そんな事を思っていたのか、自分で口に出して驚いた。なぜこんな言葉が……でも間違ってはいない。

「琥珀……。悪い奴じゃないって分かってる。でも羨ましい。あれは生まれた時からの才能だから。俺にはあんなもの、紅玉に喜んでもらえる、笑ってもらえる術なんて何も無い」

僕だって。せめて勉強を頑張ろうと思ったのに、僕の頭は向いていなかったようだ。何もしていない皆の方が点数が高い時もあって、そんな時は恥ずかしいを通り越して死にたくなる。こんなの意味ない。それでもまだ、何かの可能性を信じて本を開いてしまう。一つでも多く、僕の頭に刻み込め。忘れるな何も。そう思ってもテスト用紙を渡されると、余計なことばかり浮かんできてしまう。また僕が答えられなくて、誰かが親に褒められているところを見なくちゃいけない。そんな映像が浮かんだり、後で確認すればいいお茶会の日時とか、そんなことばっかりになる。結局自信満々にできたテストなんて一回も無い。まぁうまくいったところで、満点はどうせ無いんだろうけど。

一定の距離を保った先にいる蛇紋を見る。刈った髪の毛の下にある鋭い目。僕らの中では一番力も強くて、背も高い。それがあるじゃないか。いざとなったら一番好きな紅玉を庇って、満足できるだろう。僕はひょろひょろで力も無くて、誰かを守ったこともない。じゃあ僕が一番下?

蛇紋側にとっても、僕たちが仲良しになるなんてことはあり得ないだろう。ただ近い位置にいて、不満が被ってるだけだから。彼と一緒にいるところを想像してみたけど、何も思い浮かばなかった。

「まぁそれでも……紅玉達から遠くても、完全に見えないよりはマシだ。結局あそこから離れる気はないだろ、俺もお前も」

特に何も返さなかった。そのまま蛇紋が去っていく足音を聞いても、その場にいた。僕は……いっそのこと、ここから出ていったら楽になったりする? 顔も名前も覚えていない他の生徒に混じったら……どうなる?

どうして僕は諦めきれないんだろう。どうして僕なんかにまだ可能性があると思ってしまうんだろう。どうして僕は……求めているんだろう。

暖かくて、いつも優しく微笑んで、僕を一番大切にしてくれる……僕が落ち込んだ時は慰めてくれて、ダメなことをしたらちゃんと怒ってくれて、それでまた笑って頭を撫でて、ケーキが焼けたから食べに行こうって手を繋いで……。バカな僕でも分かりやすいように勉強を教えてくれて、それから一緒に眠るんだ。暖かいベッドで。たまにお話が盛り上がって寝不足になっちゃって、次の日眠いねって笑いあって……。

「……だから、僕は馬鹿なんだ。いつまで経っても……だから僕は愛されないんだ。馬鹿は、皆嫌いだから」

雨が降り始めたのかと思ったけど、床を濡らしていた丸い水滴は僕から出たものだった。こうして悲劇を演じてみても、観客はいない。誰も助けてくれない。ひとりぼっち。でもそれもいいのかもしれない。僕が醜いところは、僕しか見ていないから。これ以上の辱めを誰にも見られたくない。

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