9
適当に入ったフードコートでクリームソーダを啜る。さっきまで暗いところにいたから、明るいのが変な感じだ。
暑かったからか、一気に飲んでしまった。氷しか残っていないコップをストローでくるくるとかき回す。
「お疲れ、お兄ちゃん」
「やめろってそれー。しかし意外と客がいたもんだな。雪乃から聞いたところだと、もう少し常連がいるらしい」
「ねぇ春昭……二人が終わったら後をつけてみない?」
「え?」
「もしかしたら今日もいるかもしれないよ。あとボディーガードにもなるし……」
「でも終わるまでもうちょいかかるぞ。一回帰るか、どこかで暇潰さないと」
「春昭が飲み終わったらどっか移動しようか。でもここなら、もう少し居ても大丈夫だと思うよ。……ちなみに、春昭は誰か怪しいと思った?」
「あんな空間にいたら誰でも怪しく見えるよ。でもあのオジさんはいい人そうだったな」
「なんかみんなを見守るお父さんみたいだよね」
「ストーカーっていうとアレなのかね。とりあえず家までついてきてゴミ袋を漁ったり……酷くなってくると電話をかけまくって、そのうち盗聴器でもつけられるかもしれないな」
「そんなことできるかなぁ? その前に誰かにバレちゃいそうだけど」
「マンションか、一軒家……どっちの方が狙いやすいんだろうな」
「周りの環境にもよるよね」
「……碧は、誰かのプライベートを覗きたいと思ったことないの?」
「えっ? うーん、まぁちょっとは気になったりするけど……そこまでは」
でも、高良さんだったら……? 僕は彼女のことをほとんど知らない。だからといって、ストーカーのような真似をして怖がらせたくないし……結婚した男女間にだって、プライベートな時間はあるだろう。僕だって知らない人はもちろん、本当に好きになった相手にすら全てを曝け出すことはできないかもしれない。それなのに、勝手に一方的に見られているなんて、本当に理不尽な話だ。
「俺はあるよ」
「えぇっ!」
「ははっ、でも特定の誰かじゃない……自分が本当にみんなと同じなのか、確かめたくなることがあるんだ」
「春昭?」
「みんなにとっての当たり前が自分にとってもそうなのか、たまに分からなくなる。……俺、まだ自分が宇宙人説あると思ってるから」
はっ? と呆れた顔をすると、吹き出したように笑った。
「もしかしたらさー。未来にタイムマシンが完成してたとするだろ? そしたらこの時代に来てもおかしく無いわけよ。でもここでそんなこと言ったって信じられはしないだろ? だから何食わぬ顔で混ざっている未来人がどこかにいるかもしれない……みたいな? 俺だって記憶を消されているだけの異世界人だという説を誰も否定はできないんだ」
「まぁー……絶対無いとは言い切れないかもしれないけど」
「あ、碧バカにしてんだろ」
「当たり前じゃん」
「そういう奴が宇宙人に攫われたりするんだよ」
「……今は、人間のことで手一杯だよ」
だな、と二人分のプレートを持って立ち上がった。こうして自然にゴミを捨てに行ってくれるところは、紳士が染みついている。レディーファーストも当たり前にできるタイプなんだ。自分も参考にしなきゃと思いながら立ち上がった。
日が暮れた頃、春昭の携帯に雪乃ちゃんから連絡が入った。
「碧ー……まだ帰ってないなら普通に迎えに来いってよ」
「一緒に帰るってこと? まぁ、ちょっと趣旨とは変わるけど、そっちの方が安心かもね」
気をつけてはいたけど、二人と合流してから家に送るまで、怪しい視線も人影も見つからなかった。高良さんは少し離れたアパートに暮らしているらしい。思ったよりも庶民的だ。
家の電気がついていなかったから、親は忙しいのかもしれない。春昭の家も電気はついていなかった。僕の家だけ母親が普通に待っていたけど、それを素直に喜べはしなかった。ありがたいとは思うけど、何だか彼らの環境が大人に見えて、それこそ子どものようだとは分かっているけど、少し反抗したくなった。
そのまま部屋に直行して、この前交換したアドレスを眺める。
そういえば高良さんはくるりをやってるかな? わら人形のアカウントの友達リストを探してみたけど、本名やそれらしい名前は見つからない。
「……あっ」
下にスクロールしていくと、哀さんもわら人形をフォローしていた。
またドキドキと心臓が鳴り出す。もしかして、もしかしたら……無いとは言い切れないよな? でも聞くとして、何て話しかけたらいいのかな。まずは普通に会話してから? あれから一言二言ぐらいしか交わしてないし……。
『今日は久しぶりに絵を描いてみました。やっぱり海と女の子って合うなぁ。ショートも好きだけど髪はロング派です』
今日は普通の発言だ。鉛筆で描いたアーティスティックな絵を載せている。とはいえ絵の感想って、何て言えばいいのか分からない。うまいって何回も言えば適当に言ってるんだろうと思われるかもだし……あ、この質問ならどうだろう。
『哀さん、いつも綺麗な絵ですね。もしかしてこれって自身のモデルだったりするんですか?』
ちょっとプライベートに踏み込みすぎたかな? 嫌だったら適当に流してくれてもいいんだけど……この女の子が自分自身のモデルなら、やっぱり高良さんと似ている。
『あ、蒼さんどうもー。いや、私の理想の女の子を脳内に作って描いてます。でも雰囲気は近づけてるかもしれません。可愛い女の子を想像していると、きっとがっかりなさると思います(笑)』
『そうなんですか? でも哀さんの絵や文から素敵な雰囲気が滲み出てますよ。日々の楽しみです』
『わわ……恥ずかしけど嬉しいです。私も蒼さんの更新はいつも楽しみにしてます。私のはリア友じゃないからこそ呟ける内容なので、少し恥ずかしいかもしれないけど……自分が思った内容とか、その時感じたそのままを残したいんです。今って後から戻って来られない場所ですから……。こんなこと言うとちょっと情緒不安定なんじゃと思われがちですが、私自身は全く普通です(笑)』
『そういう考えができる方って素敵です。僕と年があまり変わらないのに尊敬します。改めてお友達になれて良かったなぁ……なんて思いました』
きっと実際に会ってもいい人なのだろう。僕とは波長というか、気が合うように思う。でも女の子だしな……男相手と遊ぶのでは勝手が違いすぎる。
『蒼さんみたいな方が近くにいたら良かったのに……。でもこうして話せて嬉しいです。ネット上で思ったことないんですけど、蒼さんとだけはいつか会ってみたいな、なんて思います』
ちょっと嬉しくて、何回か画面を見返した。こうやって知り合うこともあるんだもんな。実はどこかで会っているのかもしれないし。
一度マイページに戻ると、moonさんがお悩み相談を始めていた。
『moonさん。せっかくなので参加してみます。あの……好きな子がいたとして、もし自分よりもその子を好きだろうなという人が出てきたらどうしますか? あ、実際にいるわけじゃないんですけど。お似合いに見えたら、諦めてしまうかもしれないなって』
ストーカーが本当にいるのなら許しはしないけど、この先普通に高良さんを好きな人も現れるだろう。そういう時、自分ならどうするのだろうか。
『蒼くーん、相談ありがとう! 可愛いお悩みだね。なんか青春って感じで羨ましいなぁ(笑)。それにしてもちょっと難しい問題だね。その子のことが好きだけど、自分ではライバルより幸せにできないかもしれない。あいつといた方が彼女の為になるんじゃないか、とかそういうことかな? それでも……やっぱり決めるのは彼女だよね。そこだけは自分じゃどうにもならない。でも彼女に決断をさせるまでにできることはある。徹底的に自分しかできないことをするんだ。相手がお金持ち(昔の王道パターンだね)だったら、自分は彼女に対して親切にするとか、小さなことでも心配して大切にする。そんな真心の部分が伝わるかどうかだよね。って……ありきたりな感じになっちゃうけどゴメンね。蒼くんは優しいし丁寧だから、人気があると思うんだけどなー』
『いやー僕は(汗)。答えてくれてありがとうございます。moonさんはそうやってゲットした人がいるんですか?』
『こら蒼くん! もーうなんだか恥ずかしいなぁ……僕は大切にしたい人は、相手に気持ちが伝わらなくても大事にしたいよ。無償の域に入ってくるのかなぁ。さすがに何十年も片思いってことはないけどね。友人や知り合いとして付き合っていきたいって気持ちに変わっていくかな』
『なるほど……勉強になります。て、ことはフられちゃったんですね』
moonさんは怒りを表したスタンプを送ってきた。どうやら自作したものみたいだ。あの月の顔がぷんすかと漫画みたいに湯気を立てている。クスリと笑っていると、次の質問に取り掛かっていた。
『碧兄ぃ! 十三日って暇かな?』
雪乃ちゃんからのメッセージ。何かあるの? と返すと、やけにノリノリの文面が送られてきた。
『実はねぇ、白河のとこでお祭りがあるんだよ。偶然(という名の強制)祥子姉と雪乃はお休みなのですよー。あ、お兄ちゃんはいつでも暇人だからね。ほら途中で二人になれるかもしれないよぉ? ふふふふ! それでどうかなー? あいてる?』
返事を送る前に春昭に聞こうとしたところで、あっちからメッセージが来た。
内容はお祭りと宿題のことだった。白河のお祭りなら僕も知っているし、自分から誘えばよかったかな。そこまで気が回らなかった。僕は本当に二人に甘えてしまっている。ただ高良さんは突然の誘いに乗ってくるタイプではないと思うので、今の現状に感謝して生かすべきかな、なんて。
あ、もしかして浴衣とか着たりするのかな? お店のはそれに近いけど少し衣装ぽいし、二人とも似合うだろうな……。
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