セーラー服と眼帯うさぎ

膕館啻

電車には数人しか乗っていなかった。その数人は座って、静かに目を閉じている。一人だけ座席はガラガラなのに突っ立ってゲームをしていたが、それもいつものことである。

上野矢駅という一般的にはマイナーな駅で降りた。住宅街というわけでもない。あるのは雑居ビルばかりだ。

駅から降りて何度か小道を曲がったところ。初めてこの駅に来たものでは分からないだろう、灰色のビルが立ち並ぶ一角にそれはあった。エレベーターはないので、階段を使って二階へ上がる。

細い階段を抜ければ、申し訳程度の小さな看板が見えてくる。

《煉獄喫茶 わら人形》

和紙に赤いライトが浮かび、その上に奇妙なわら人形らしきキャラクターと、和風というコンセプトだからか、シルエットで蝶や兎が映し出されている。

私は少し息を整え、真っ黒の扉に手を伸ばす。

店内は相変わらず照明が暗い。赤い提灯の下に小さな頭が見えた。

「……おかえりなさい」

出てきた彼女はぼそりと呟き、頬をかいてから右手で小さく椅子を指差した。今日はテーブル席だ。

「じゃあこれ……どうぞ」

袴風のコスプレをした彼女は、くたびれたぬいぐるみを片腕に抱きながら、メニュー表をぺしゃんと机に置いた。広げてその一ページ目をめくる。


漆黒の闇に眠れ、迷える子羊冷珈琲

燃え盛る愛に溺れろ、骨の髄までしゃぶりつきたい〜肉紅ドリア〜

深淵に迷え堕天使よ、貴様の目玉を生贄と称す⇩堕天☆魅裸繰琉羽風ヱ


などのメニューが五ページほどあるが、頼むものは決めていた。因みに堕天ミラクルパフェは目玉ゼリーが乗っているので、苦手な人は注意した方がいい。

「サイダーと煉獄のオムライスで」

「……はーい」

この長い料理名を言うより普通に頼んだ方が分かりやすいとは思うが、彼女達が頑張って考えたであろう姿を想像すると、少しでも言ってあげたくなる。だけど難しいので全部言えはしない。

酒類も少々置いてあるが、酔う為には来ていないので、私は頼んだことがない。

注文を受けた彼女は、眠そうに返事をしながら奥へと入っていった。


豆電球の光と怪しげに灯る提灯。店内はテーブル席が四つと、ソファー席がギリギリ二つ置けるぐらいの広さ。

奥にはVIPルームに当たる、通称君の部屋という畳の個室がある。私がこの店にハマってから数ヶ月……そろそろあの部屋に行ける日も近い。高揚感と期待を渡された冷や水で流した。

今の客は、私を含めて三人ほどしか来ていなかった。

ソファーに座っているのはかなり通っているらしい、普段何をしているのか分からない謎の男性だ。彼だけは私より前に通っていた。

私の二つ横に座っている彼はまだ若い。最近来るようになったのだけど、どこで知ったのだろうか。彼は緊張した面持ちで、拳を膝の上に乗せながら待っていた。

「……どうぞ」

その彼のところに料理がきた。

グラタンか、だったらみきたん推しかな。 頼んだ料理で担当が分かる仕組みだ。もちろん食べたいものを頼んでもいいのだけど、それぞれ担当のメニューがいくつかある。それを頼むとボーナスポイントが貰えたり、一緒に写真を撮れる、お話できるなどのサービスが追加される。

運ばれた料理を冷ましていると、今日は巫女さんの格好らしいみきたんがやってきた。

「ほわー、もうちょっとやんかー」

いつものみきたん節をキメながらスタンプカードを覗き込み、彼の目を見つめる。それに対し彼は恥ずかしそうに俯き、うんと頷いた。

恐らく手作りパフェが食べられることだろうなと、懐かしい記憶を蘇らせる。スタンプカードが五枚になってから、メニューにはない特典を受けられるのだ。

微笑ましい光景に薄く笑みを浮かべつつ、私は二十枚になった束を出して、奥から出てきた人物に視線を合わせた。

「……どうも」

長い真っ直ぐな黒髪に赤い浴衣。この店ではクール系担当になるだろうか。紅ちゃんが現れると場が華やかになる。

「うん、こんにちは。今日は雨が降りそうだから、お客さん少ないかもね」

「……まー、いいんじゃない」

「でも食材とか余っちゃうんじゃないの」

「それはそれで……私達で食べるし……」

「だったら甘いものばっかりなくなりそうだね」

「……まぁね」

初めは『くれない』と名乗っていたが、長いので『べに』ちゃんと呼ぶことになった。だんだんこれが定着してきたけど、本人はあまりが関心なさそうだ。

ラムネとオムライスを置くと、慣れた手つきでスタンプを押した。

「……次ぐらいに来るの?」

「そうしようと思ってるけど、少し緊張してて」

「別にそんな気負うもんでもないけど」

「分かった。じゃあ明日と言いたいところだけど……明後日に行くね。夕方ぐらいでもいいかな」

「メシ前ならそれがいい」

この店では割と混むであろうディナータイム前に、奥に行ってしまいたいという素直な態度も可愛らしい。

蜘蛛の巣の絵がケチャップとマヨネーズで描かれたオムライスを食べながら、ふと隣の彼を見ると、目が合ってしまった。

「あっ」

「……っ」

そそくさと目を逸らした彼は何度かちらちらと落ち着かない様子でこちらを見ていたが、やがて覚悟を決めたように、自分の座っていた一つ隣の椅子に移った。少しだけ近くなった距離で会釈を交わす。

「……その、よく来ていらっしゃいますよね」

「そうですね。でも私なんかまだまだですよ」

「俺なんか知ったばかりで……」

「そんな……年月も来た回数も関係ないですよ。好きな気持ちが大事ですからね」

少し格好つけてサイダーを煽る。どうでもいいが、ラムネのボトルってなぜこんなに飲みにくいのだろう。少し飲んだだけで、すでに半分ほど減っているような量も気になる。しかし紅ちゃんやみんなにはこのボトルが似合う気がするので、ついつい頼んでしまう。

「あ、あの……カード見てもいいですか?」

いつの間にかもっと近づいていた彼は、興奮した様子で言った。こうして見ると結構若い。まだ学生かもしれない。

「いいですよ。みきたんが好きなのですか?」

「あ……は、はいっ」

暗い照明でも頬が赤くなるのが見えた。夢中でカードを見ている彼に好印象を持ち、もう少し話をすることにした。

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