第17話 傷

 へたり込んで、

「もう無理です。参りました。降参です」

と申告する。

 俺達は今、先輩から剣道の指導を受けているところだった。実際、このヒデにしても誰にしても、体力が化け物じみている。やってられない。

「そうか?」

 軽く息を整えただけで、ヒデはいきなり竹刀を振り下ろして来た。

「ウワッ!?」

 慌てて飛びのく俺に、爽やかに笑って見せる。

「まだまだいけるじゃないか」

「いやいやいや」

「お前は」

 ブン。

「努力と」

 ヒュッ。

「根性が」

 ブン。

「足りないな」

 ブン。

 言いながら、底光りのする目で、追撃して来る。

「あはは。高校生は元気やなあ」

「どこに目ぇつけてるんですか!」

 タカに言い返す俺だったが、

「喋る余裕がまだあるじゃないか」

と、ヒデが笑い、ユウは肩を竦めて苦笑する。

 真理は肩でぜいぜい息をついているし、明彦は壁に凭れて鼻血を止血中だ。

 だめだ。味方がいない。

 と、隊長が腕組みをして笑顔で見ていた。

「最後に立ってる方が勝ちだからな。実力が同じなら、精神力が生き残るカギだ。

 ヒデ、やっていいぞお」

 鬼しかいないな、ここは!

 そして俺は、本当に限界まで追い回されたのだった・・・。


 担任は、俺達を順に眺め、

「しっかりな」

と、万感の思いを込めて言った。

 任務をしっかりとしろというのか、課題をしっかりとしろというのか。

「先生は心配だ」

「先生」

 明彦が感動したように言う。

「さぼるなよ。テストも送るからな」

「は、い・・・」

 そっちか。

 俺達はこれから、ワープゲートの設置とノリブ叩きをしていく事になる。それで、定期テストの度に帰って来られるかどうかはわからないので、一応挨拶をしておけと隊長に言われて、興味はないがクラスの集まりに参加かたがた古巣の基地を訪れているのだ。

 そして久しぶりにクラスメイトと顔を合わせ、お菓子とジュースで皆、集まっていた。

 どうしても皆とは配属先も仕事も違う俺達の話を聞こうと、人が集まるのは仕方が無い。その上、話題のワープゲートである。俺達の周りに、自然とほとんどが集まった。

「ねえねえ、あすかってどんな感じ?」

「ワープゲートを通過する時ってどんな風になるの?」

「試作機ってかっこいいよなあ」

 煩わしいが、まあ、聞いてみたいと思う気持ちはわかる。話せる部分は、話して聞かせた。

 が、それが面白くない人間も当然いる。

「隔離先がラッキーだったな」

「とうとう武尊の親父さんも首相だし、いやあ、忖度ってやつがあるんだな」

「ゴミ班で古谷も降谷もラッキーだったな」

 聞こえよがしに言って来る。

 俺は慣れているので無視、真理は苦笑を浮かべ、明彦はムッとしながらも我慢だ。

 だが、これまでならここで終わったのだが、今回はそのセリフに噛みつく意見が出た。驚きだ。

「何よ、僻んじゃってみっともない」

「言い過ぎだぞ、お前ら」

 おお。味方だ。新鮮だな。

「急に手の平返しやがって。お前らの方がみっともないね」

 成程、そうとも言えるか。

 俺は傍観の構えで、紙コップのオレンジジュースに口を付けた。

「まあまあ、ケンカはーー」

 真理が仲裁に入ろうとしかけるが、もう皆、俺達そっちのけだ。

「何ですって?」

「男の嫉妬ほど情けないものは無いわね」

「本当の事だろう?こいつらゴミ班の模擬戦闘の成績、クラスでビリだろうが」

「それはそうだけど」

「だから、こいつらがコネでいい目を見てるだけなのは明らかだろ」

 コネで、俺達は少しずつ前線に近付いて行ってるのか?それは嫌がらせじゃないのか?

「はあ。あなた達を軽蔑するわ」

 クラス一の人気を誇る女子のリーダー格が引導を渡し、反対派は色めき立った。

「なっーー!

 フ、フン。そのおかげで人気まで出たか。参ったね」

「そういう考えしかできない己を恥じるのね。5553班がいつまでも同じだと思うあなたは、いつまでも同じで成長しないんでしょうけど」

 静かだと思ったら、明彦は我関せずといった感じでお菓子を堪能している。そして真理は、表情の抜け落ちたような顔をしていた。


 真理は、どんどんヒートアップしていく口論に、逃げ出したくなっていた。

 真理の母親は医師で、真理のまだ小さい頃に、騒ぎになった事があった。担当患者の処置を巡って遺族と裁判になったのだ。裁判には勝ったらしいが、相手や詳しい事実も知らない#善意の市民__・・・・・__#によって嫌がらせやバッシングが繰り返され、両親は毎日ギスギスとしてケンカばかりしていた。真理の母親に落ち度がなく、相手が慰謝料目当てのクレーマーだとハッキリ裁判でわかるまでは、そのただ中で、真理は毎日怯えて過ごした。

 それからだろう。ケンカが心底嫌になったのは。自分が謝って済むのなら、悪くなくとも何でもいいから謝ってしまうようになったのは。

 真理は、取り敢えず謝ってしまおうと、口を開きかけた。


「おい、もうやめとけ」

 そう、真理より先に言ったのは、田中トリオだった。

「田中・・・ズ」

「ズは要らねえよ。

 こいつら、強くなってるぜ。少なくとも格闘戦は」

 田中達は、どちらにも属さずに静かに聞いていた。

「嘘だ」

「だと思うならやってみれば?」

「おい」

 俺が焦る。本気にされたら困るだろ。

「試してみるか、いいぜ」

 余裕で笑う反対派に、お腹も膨れたらしい明彦が笑い返す。

「お、やるか!この頃はオレ、ナイフと槍とヌンチャクをやってるんだ!どれにしようかな!」

「いや、落ち着け、明彦。この後帰ったらすぐに出港して警戒監視だし。今度こそヒデにバレたら大目玉だぞ。傷とか付いたらバレないわけないだろ」

「だったらシミュレーターでやろうぜ」

 一瞬ギョッとしたような顔をしていた反対派はニヤニヤとして、1人は手回しよく、

「先生に許可取って来る」

と出て行く。

 真理はオロオロとそれを見送った。

「明彦ぉ、どうするんだよぉ」

「楽しそうだな!」

 明彦はウキウキと答え、皆、足早にシミュレーションルームへと移動して行く。

 田中トリオは、

「ここらで反撃してやれよ。俺達だけが驚いたってのは、面白くないからな、特尉」

と言って、後を追っていく。

「はあ。まあ、仕方ないか。明彦、真理、やるぞ。いつものやりかたで行く」

 俺も、やるしかなさそうだし、好き好んでバカにされ続ける気も無い。

「砌ぃ」

「田中トリオの、精一杯のお返しだろう。

 それに、どうせこのままうやむやにしたところで、しこりが残る。俺達のいない所でな。だったら、やっておくしかないだろう。ぶつかる事から、逃げ続けるわけにもいかないしな」

「真理、やろうぜ!俺達がいつまでもゴミ班でいると、あすかの皆や他にも迷惑がかかるしな」

 真理は少し考え、溜め息をついた。

「ボクは、もめるのが、嫌いなんだ。もめるくらいなら、ボクが謝って済ました方がいい」

 明彦は困ったように眉を下げ、俺は真理の食いしばった口元を見た。

「それでは、通じない事もある。今もだろう。それに言うなら、今現在も、俺達はもめている」

 真理はハッと顔を上げた。

「でも、これは話し合いだ。それに、多少意見が食い違って言い合っても、それは良い結果を探すためのもの。なら、それで終わりにはならない。だろ、真理」

「砌ぃ」

「それに人は、仲直りという事も可能だ」

 真理は肩を竦め、言った。

「わかったよぉ。じゃあ、いつも通りで」

「おう!」

 俺達は、シミュレーションルームへ向かった。

 結果から言えば、てんで相手にならなかった。流石にここに試作機のデータは無いのでハニービーになったが、リミッターを外せばまだ使えるし、ヒデ達にしごかれまくっている甲斐もあり、クラスの連中に後れを取る事は無かった。

 それは、見学していた教官にしても驚くほどの変化だったらしい。

 クラス全員でノリブ200匹に挑んで殲滅すると、ケンカ腰だった事もすっかりなかったように、皆で乾杯し、上機嫌で盛り上がった。

 そして俺達は時間があるのでお開きとなり、皆に見送られて基地に戻った。

「意見がぶつかるのも、悪い事ばかりじゃないねぇ」

「いい事ばかりでもないけどな」

「それでも、闇雲に怖がることも無いんだねぇ」

「ああ。友達だったらな!」

 俺達は気分よくあすかに戻った。


 隊長、ヒデ、春原は、定期的に行っている学兵のメンタルチェックの報告会をしていた。学兵を預かっている以上、欠かせないのだ。

「仮説ですが、ダイレクトリンク適合者の共通点が見つかりました。3人共、幼児期に心に傷を作り、それを自覚も修復もできないままに成長し、ある種、自分を外から他人のように見ているところがあります」

 春原が言うのに、2人が首を傾ける。

「普通心に傷を負うと、自然に、忘れるでも言い訳するでも反省するでも多重人格になるでも、それなりに自己防衛がなされます。しかし3人共それがなく、それを受け入れ続けて、傷のまま成長したようです。

 砌は家族との関係がうまく構築できずに愛情を受け取れず、自分の存在を家族からも自分ですらも否定して来ています。明彦は目の前で妹が死に、それを見た母親がしばらく精神に異常をきたした事で、妹の死も母親の異常も自分のせいだと思い込みました。真理は母親の仕事上のトラブルから両親のケンカや世間のバッシングに晒され、人と争う事を恐れています。

 それがどういうプロセスを経てそうなったのかはわかりませんが、自己を外から分析して操るとでもいうのか、そういう傾向が見受けられます」

「もしそうなら・・・」

「ええ。これを発表すれば、最悪、子供にストレスを与えてダイレクトリンカーを作ろうとする実験が、行われるでしょう。でも、同じ経験をしたって傷の程度なんて人それぞれだし、防衛反応だってそれぞれです。いたずらに子供を苦しめるだけになる。

 でも、実験しようとするのは、確実でしょうね」

「はああ。この件は封印だな」

 隊長が陰鬱な溜め息をついた。

「そうですね。科学者が最近怖いですよ、僕は」

「では、この件はカルテに乗せませんので」

 3人は頷き合って、報告会を終了した。


 そして出港していくあすかを見送り、報告する人間が1人。

「今、出港しました。例のテストパイロットと試作機もです」

 あすかを、3人の学兵を取り巻く状況は、混沌としていた。






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