Op.64 アイン・ソフ・オウル

 コルトレイルの翌日。

 王城の自室において、ミコトは名刺ケースを慎重に開けた。中には丁寧に折り畳まれたコピー用紙が入っており、タカシの筆跡で〈もうすぐ元の世界に戻してやれる。希望を捨てるな。生き抜いてくれ〉と記されていた。

「帰れる……」

 ミコトの心中で、元の世界に帰れるという期待感と、シタンたちと別れなければならないという寂寥感が複雑に絡み合いながら渦巻いた。

 そんなミコトの晴れきらない雰囲気に気付いたシタンが、エルドの樹への登攀に誘う。


          ◆


 数日後、装備を調えたミコトとシタンは、樹高千七百メートルに達するエルド樹への登攀に挑んだ。

 幾つかの難所を無事に突破して樹頂近くに達した二人は、木の窪みにテントを張り、夜通し他愛のない会話を交わす。

 早朝、まどろみの中にあったミコトは、シタンに起こされ、一本の太い枝の上に連れて行かれた。

 シタンが指差す先に、ミコトは顔を向ける。

 木々の海原を金色に染めながら、日が昇ろうとしていた。

 希望に満ちた美しい光景に、ミコトは我を忘れて目を奪われる。

 最中――ミコトの身体が、ゆっくりと光の粒子に変わって行く。

 帰還の時が訪れたのだった。

 ミコトの様子を目にして、全てを悟ったシタンは告げる。

「さよならは言わない。どれほど遠くに離れようとも、どれほど強固な壁で阻まれようとも、また会える。今の私は、そんな、どこまでも都合が良くて、どこまでも輝きに満ちた未来を信じることができる。信じ続けることができる。だから――」

「はい……だから、約束します。必ず、また会いに来ます」

 再会を約束したミコトとシタンは、涙で濡れた顔を近づけ、どちらからともなく唇を重ねた。

 次の瞬間、ミコトは光の粒子となって霧散した。

 シタンは自らを抱き締めるようにして俯き、それから涙を拭いて日の出に目を向ける。

「ミコト……きっと……きっと、また」


          ◆


 地球。

 国際リニアコライダーの研究室において、空中に突如として出現したミコトを、タカシが抱き留める。

「……ミコト……ミコト……ミコトっ! 良かった……本当に良かった……」

 呟くタカシの背に、ミコトは両手を回す。

「ありがとう、父さん……大好きだよ、愛してるよ……父さん」

 その言葉にタカシは目を見開き、次いで涙を溢れさせて、より強くミコトを抱き締める。

「ああ……俺も愛しているっ……愛しているぞ」

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