第七楽章 エーデルワイス

Op.61 ワイザムの屋敷

 王城前に停められたガソリン自動車に、ミコトは乗り込んだ。

「ん……」

 かすかに顔をしかめるミコトを見て、運転席のシタンが訊ねる。

「まだ痛むか?」

「傷の方は、もう大丈夫です。それより、ずっと横になっていたので、なんだか節々が固くなっていて……」

「誘ったのは不味かったか?」

「いえ、身体を動かせるので有り難いです。部屋に籠もっていると、どうしてもダラダラしてしまいますし。それに、こうやってシタンさんと出かけられるのは、嬉しいです」

 ミコトは微笑んだ。

「そ、そうか……」

 対して頬を赤らめたシタンは、照れ臭さを隠すようにガソリン自動車を発進させた。


          ◆


 道行く人々の多くが、薄い赤色の紙束を携えている。

「赤い……紙?」

 それを目にしたミコトの呟きに、シタンが答える。

「コルトレイルの準備だな」

「コルトレイル?」

「王都の習わしでな。薄紅色の便箋を貼り合わせて作った小さな気球を、日が落ちた後に空へと放つんだ。亡くなった人への思いと共に、残された者が健やかであることを報せる意味がある。ただ……毎年、火事になるんだ」

「……大丈夫なんですか……?」

「王都の周りを囲む支天樹は、葉や幹に多くの水を含んでいる。その上、森の中の湿度も高いから、倒木や枯葉の類も、まず燃えない。問題は市街地だが、一応、当日は手当たり次第に水を撒いておく上に、燃え易いものは家の中に入れてしまう。それでも、なかなか完璧にとはいかなくてな……しかし、まあ、大事になったことはこれまで一度もない。地区ごとに消防団を組織して、徹夜で見回りも行うからな」

 ミコトとシタンが会話を交わす中、ガソリン自動車は閑静な住宅地を進む。

 シタンは、年季を感じさせる大きな屋敷の前でガソリン自動車を停めた。ミコトとシタンはガソリン自動車を降り、玄関の扉のドアノッカーを叩く。

「ああ、これはシタン様にミコト様、御足労いただき申し訳ありません」

 ほどなくしてワイザムが現れ、二人を屋敷の中へと招き入れた。

「いや、こちらこそ色々と面倒を押しつけてすまない。使用人も通いの者しか雇っていないと聞いていたのに」

「家族だけでは広すぎる屋敷です。賑やかになって良かったですよ。孫たちにも友人ができましたし」

 ワイザムの言葉とタイミングを合わせるかのように、歌療士ノルンの三姉妹がクリファを連れて階段を降りてくる。

「気球?」

「そう、コルトレイルで飛ばすの。これから材料を買いに行くから、クリファも一緒に行こう」

「あ! シタン様とミコト様だ!」

 ララがミコトたちを見つけて声を上げる。

「今日はどうしたんですか? ララたちが恋しくなって会いに来てくれたんですか?」

「うむ。違う」

「「「即答!?」」」

「ライド殿に少し話があってな」

 硬直する三姉妹の横で、シタンはクリファの肩に手を置いた。

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