Op.59 現実からの独立
「世界安全保障機構には、その名とは異なり、個々の国の安全保障が確実に担保されていない。国家間の関係において誤解は少なからず生じるものだ。誤解によって悪であると裁断され、不当な制裁を科せられた場合、誰がその国の国民を守ってくれる? あらゆる状況において国民を守護する。それが安全保障のあるべき姿だ」
「世界安全保障機構は、国家を認識しません」
論争が続く国際会議の中、ガルベルトの主張に対して、カムラが横槍を入れた。
「国家を認識しない?」
「世界安全保障機構は、国家の枠組みを透過し、人類そのものに寄り添う組織です」
「暴論だ……言語、法律、通貨、教育……人類社会を構成する主だった要素は、国家の枠組みに基づいて形成されている。それを無視した組織が正常に機能するわけがない」
会議場の至る所から「その通りだ!」「空想の域を出ていない!」など、辛辣な野次が発せられた。苦境に立たされ、重ねられた疲労を隠せなくなったカムラが表情を歪める。
その時だった。
会議場の扉が静かに開かれ、ミコトとシタンが姿を現した。
会議場にいる全ての人々の視線を浴びながら、ミコトたちはゆっくりと演壇へと向かう。
「みなさん……」
カムラと交代して演壇に立ったミコトは、おもむろに口を開いた。
「初めに、伝えておかなければならないことがあります。僕は、女神ではありません。異なる世界からユグドラシルに来た――人間です」
続けてミコトは、父親のこと、母親のこと、そしてユグドラシルでの経験を蕩々と語った。そして最後に、重大な事柄を告白する。
「セフィロトシステムは、操作方法こそ覚える必要はありますが、誰にでも扱えるシステムです」
ミコトが口にした言葉に、各国の首脳たちがどよめいた。しかし続けて発せられた言葉に、一転して彼らは凍りつく。
「誰もが、世界を滅ぼすことができるのです」
「……!」
「みなさんが求めているもの。それは兵器ですか? それとも平和ですか?」
静寂に包まれる中、ガルベルトが答える。
「平和だ。しかし、それを勝ち取り、維持するための力として、兵器が必要なのだ」
「……悲しいですね」
「それが現実だ。我々は個であるがゆえに、完全に他の思惑を察することはできない。軍事力を強化し、牽制を繰り返しながら勢力の均衡を図ることこそが、薄氷にも似た平和の上を進む唯一の手段なのだ」
「共に歩けはしないのでしょうか?」
「歩ける。自身の価値と優位性を誇示しながらであれば、だが」
一拍を置き、ガルベルトは続ける。
「無政府という大地に国際社会は築かれている。限りなく野性に近い社会だと言える。太古の昔より、威嚇や捕食のために生物が備えてきたように、国家の生存という究極の目的を達成するためには、爪と牙が必要なのだ。
我々は孤独であることを理解しなければならない。孤独であることを前提にして、周囲の状況を正確に把握し、二本の足で直立できるよう、建設的な手段を講じてバランスを取り続ける。もたれ掛かったところで、そこには何も存在しない。倒れるだけだ。
国家は独立の維持を志向する以上、国際関係を力学的に捉え、何者にも依存することなく、国益を守護する力を磨き続けざるを得ないのだ。
世界安全保障機構……確かに理想ではある。しかし、十分な効果を発揮することはないだろう。国家は国益を優先する。ゆえに、歩調が完全に合うことはない。国家が牽制を繰り返す舞台が増えるだけだ。しかも兵器の共同管理は、一部の理性に乏しき未成熟な国家に対し、不相応な力を与えてしまうという危険を生み出す。
先ほど、セフィロトシステムは、誰もが扱える兵器であると伺った。ならば、この場で議論すべきは、いずれの国家がそれを管理するに相応しいかであろう。
政治とは、理想を形にするためのものではない。現実の形に対応するためのものだ。なぜならば、現実というものが、世の理を形にしたものであるからだ」
再び一拍。
「異界の少女よ。我々は例外なく、現実の中で生きているのだ」
諭すようなガルベルトの言葉が、会議場に響いた。
暫しの静寂。
「それなら僕は、現実から独立します」
厳しい光を湛えるガルベルトの目を見据え、ミコトは、はっきりと告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます