売られた男 8話「毒薬」

先程の兵の言った通りに階段を降りていくと、一際大きな広間に出た。


電灯がチカチカと光っている。今までの通路に比べると、とても明るい。


広間にはさらに奥へ続く階段と、4つの扉があった。


警護の兵が7人いる。2つの扉に一人ずつ、あとの5人は広間の隅で酒盛りをしている。


「2つの扉のどちらかだろうな。人類の叡智は」


「もう一つは幹部の部屋か、それとも拷問部屋でしょうかね」


この明るい広間で、ひと騒ぎも起こさずに警護兵を始末することは流石に不可能だ。


「クスリで殺るか、それとも侵入者がいると騒いで広間から出すか」


何かあった時の交渉用として、大陸兵の好むアヘンガムとそれに似せた毒薬を持っていた。


「せっかく苦労して持ってきたんですから、クスリで行きましょう。よくやったじゃないですか」


カガミ中尉と組んで、大陸商人の輸送車を襲った時だ。その時は大陸商人に変装し、野営中の商隊に奴隷を売ってくれるよう近づいた。警護の兵は長旅とおそらく幹部の小遣い稼ぎの密輸だったのだろう、士気は低かった。我々が商談の機嫌取りにと差し出したアヘンガムに、彼らは飛びつき、すぐに昏倒した。


ちなみにこの毒薬はカガミ中尉が潜入の際に、「体内に」入れて持ち込んだものである。






僕は広間に歩み出た。


酒盛りをしている警護兵は、酔いつぶれているか眠っている。


僕を見ると、中尉バッジを付けた兵が、ゆらゆらと立ち上がった。


「もう交代の時間か?まだ1時じゃねえか」


「いえ、伝令です。張大佐の命令でして。倭人の集落に早駆けするとかで・・・」


早駆けとは、早朝に行う倭人集落への人狩りである。


この辺り一帯の倭人はほとんど狩りつくされたが、逃亡倭人や山間部の倭人が幾分か残っていた。彼らは大陸軍やアメリカ軍などの勢力圏の隙間で細々と暮らしている。大陸兵は、わざと逃亡させたり偽装逃亡させた倭人の大陸兵(半人とも呼ばれる)を使い、これらの集落を探らせている。早朝に行うのは、奇襲効果と明るいため逃亡者の発見が簡単だからだ。


張大佐は人狩りの責任者であった。


「俺たちの隊が行けという命令か?」


「はい、そう聞いております。7時発なので、警護は3時間繰り上げとのことです」


「くそ、張の野郎、大陸から将校が来てるからって点数稼ぎか」




「どうした」


カガミ中尉がゆっくり歩いてきた。先程の検査役の少佐腕章を付けている。


酔っぱらいの中尉は、怪訝な顔でカガミ中尉を見つめる。


「少佐殿?どちらの隊で?」


「大陸から着いたばかりだ」


急に中尉は直立不動となり、大げさな敬礼をしたあと、寝ている部下たちを蹴りまくり、扉の警護の兵も呼び寄せた。


「倭州では、重要警護区でもこのような有様なのか?」


「いえ、あの、その・・・」


「まあ良い。大陸も変わらぬわ」


カガミ中尉は大声で笑った。少しやりすぎだぞという目で睨んでみたが、ニヤリと笑ったままだった。


「急なことですまぬ。倭人狩りを将軍たちが見物したいと申してな。倭州は湿気が酷いからな、大陸からの随行兵はやりたがらんのだ」


「いえいえそんな」


「それにヤブ蚊も多い」


「そりゃあ、もう、手の平くらいのもいますよ。核の影響とやらで」


カガミ中尉は僕の方を向いてクイッと顎を突き出した。


僕は毒薬を差し出した。


「まあ、これで機嫌を直してくれ。アヘンガムだ。大陸モノだぞ」


警護兵は目を輝かせた。


「大陸モノのアヘンガムですか?いいんですか?」


「そのかわり、その酒と変えてくれ」


「そりゃ喜んで。芋の酒ですが・・・」


「私はアヘンは好かん。あっちのほうがダメになるだろ」


そういってカガミ中尉が笑うと、警護兵も笑いだした。かなりやりすぎだ。カガミ中尉の大陸語はそううまくはない。


「倭州は大漢連邦にとって重要な戦略拠点だ。君たちには本部も感謝しているよ。それは土産だ。じゃあ、酒はもらっていく。幹部の方々はどちらか?」


中尉は左の扉を指さした。


「ではあそこの扉は?」


「あれは・・・例のアレですよ」


「そうか。わかった。上陸したてで眠れなくてな。要塞内の視察を行っているところだ。幹部の方々には、夜分遅いので挨拶は明朝にしよう。まだ交代まで少し時間がある、それで楽しんでおけ」


そう言って我々は階段を登っていった。


少し待つと、広間はシンとなった。


「効いたかな?早くないですか?」


「こんなものだろう。それにしても、お前さっきの演技は危なかったぞ」


「そうかな?」




階段を降りると、警護兵たちは眠るように死んでいた。


「すごいですね」


「原爆人参とアヘンを混ぜた特別性らしい。ハバが作ったやつだよ」


「ああ、それなら納得だ」


警護兵たちを酒盛りして眠っているように並べた。誰か来たらすぐにバレてしまうだろう。時間がない。


扉の前にいた兵のベルトから、鍵を取り上げる。薬指に黒鉛の指輪をつけていた。


「いよいよですね」


「ああ」


僕らはついに辿り着いた。

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