第53話 中分けと最強。

「…お前より強い奴なんて初めてだな。」


「…アレは強いっていうより規格外の領域だ。俺達が出会うべき存在ではないのは確かだ。」


 修二と忍はシャツがびしょ濡れになるほど冷や汗を流し、『無間地獄』から感じた力に恐れを抱いていた。


「どうする? ここで大人しく引き下がるか、何かしら体の異常を感じるまで進むか。どっちにする?」


「決まってんだろ! 『地獄』は目と鼻の先だ。ここで引き下がんのも精神を病もうが関係ねぇ! 絶対に進む、それしかねぇだろ!」


 修二は眉をしかめながらも無理にニヒルで笑い続行を望んだ。


「…そう言うと思った。」


 忍も回れ右して帰投したい気持ちを押し殺し、未曾有の恐怖に一歩前へと前進した。

 そして二人はなんとかして光が差した出口を見つけ一気に駆け出した。


「こ、ここが…『地獄』。」


 修二が目撃したのは一面と岩や谷や崖だけで他は何もなかった。その光景を見て修二は驚愕し、初めての地で何か起きないか、気を緩めず警戒していた。


「ここまで来れば、あの嫌な気配も無くなったな…少し…疲れたな。」


 忍は少し疲労した様子で肩で息を繰り返しながら一息ついていた。


「あのさ、この重苦しくて体がかなり重いヤツって重力なのか?」


「あぁ、『地獄』っていうのは人間界とは違って時間の流れも環境が違う。人間界の一日と『地獄』の一日は五百年だ。」


「げっ! それってマジかよ!」


 修二は一日経って老人になるのではないかと驚愕し絶句していた。


「安心しろ、生きている限り少しだけ誤差を感じるぐらいだ。まあ、アレだ。カズが読んでた漫画の…思い過ごしの部屋みたいな便利な代物だ。」


 忍のあやふやな記憶で例えたので修二は思い当たる漫画を探った。が、興味しかない漫画しか読んでこなかったので思い出すのを止めた。


「さてと、ここで何の修行とかするんだ?」


 修二は気を取り直し、黙々と何か準備をしている忍に尋ねた。


「この『地獄』は二万キロある。最初の一ヶ月は本気の俺と戦い、基礎体力を底上げ、筋力増加、簡単に折れない精神力、そして最重要課題…『覇気』の完璧操作だ。」


 修二は忍の言っている事が理解できなかった。


「理解してない顔をしているな。仕方ない、お前が思う『覇気』の使い方を見せてみろ。」


 修二は忍の指示に従い、『太陽の覇気』を四肢に発火させ纏った。


「…桐崎と一緒に修行した時、そこまでしか教えてもらえなかったのか?」


「なんか強い奴が世の中にいるから、雑な説明されて教えてもらった。」


「あの時は三日しか時間もなかったからな…桐崎め、面倒事を押し付けやがって…。」


 忍は桐崎の時間が無いとは言え雑に本質を教えていない事に呆れて不機嫌へとなった。


「…なんかヤバいのか?」


 修二は忍が不機嫌になった理由を恐る恐る尋ねた。


「まあな。本来、『覇気』というのは使い方と鍛え方で強くなれる。俺と輝は『覇気』で体を『闇』と『光』へと変える事ができ、“透過能力”が使える。それは『炎の覇気』でも同様で、“透過”できなくても『炎』になり上手く戦略を立てられる…だが、桐崎がやった事は全てを無視した危険行為だ。取り敢えず、力任せで乗り切ろうという考えだな。」


 忍は桐崎の考えと行動に対し、頭を抱えていた。


「…すまん、専門用語が多くて覚えきれなかったし理解できなかった。」


 修二は忍に申し訳なさそうな表情で謝罪し、もう少し分かりやすく話してくれと頼んだ。


「もう『太陽の覇気』で『限界突破』をせずとも俺みたいになれる事だ。」


 最早、こっちも雑で良いかばかりの説明をする忍だった。


「つまりは『太陽』みたいになれる事なんだな。」


「みたいじゃない、お前そのものが『太陽』になるんだ。何故、輝がお前に『太陽の覇気』を与えたと思う?」


「俺が忍と本気で戦う為だろ?」


「アイツが掟を破ってまで『太陽の覇気』を選んだのは、この先から必ず現れる強敵に対して対応できる為だ。それも俺と喧嘩してまでやったんだ…お前だけだという考えは改めろ、こんな危険を冒してまでやっている気持ちを察してやれ。」


 昔の忍なら修二なんて放っておいて勝手に修行を始めていた。が、今は他人の事まで考えて修二に説教していた。


「…悪かった。ちょっと自分勝手すぎた。」


 修二はさっきまでの行為を反省していた。


「謝る相手が違うぞ。生きて帰って輝に言え…それまで俺が強くしてやる。」


 説教し終わると得意気な表情で忍は修二に言った。


「待ってろよ! そのドヤ顔を驚愕させてやるからな!」


「できる物ならな。」


 修二は何時もの調子を取り戻し、忍に宣戦布告する。

 宣戦布告された忍は動じず、余裕綽々と修行の挑発を返した。


「さて、無駄話している時間が勿体ない。さっさとやるぞ。」


「おう!」


 忍と修二は『覇気』を完璧に扱うため、出口となる洞窟から離れ、中心まで談笑しながら向かった。


「…それじゃあイメージしてみろ『太陽』は何で構成され、どんな物なのか。」


 立ったまま修二は目を閉じ想像していた。何も無い暗い空間に一つ、燃え盛る橙色の球体を思い浮かべた。


(『太陽』はプロミネンスを放射する。それは突発的な行為であり自然の一部。宇宙空間にただ一つ、縛られない自由な星…。)


 修二が集中していると体は紅く燃え上がり、宇宙空間にある『太陽』になっていた。


「良し、その感覚で今から投げる石を破壊もしくは体を透過させるか、何かしらのアクションを起こしてみせろ。」


 忍は丁度近くにあった程よい石を見つけ、修二へ向けて軽く投げた。

 敵意がない投げられた石は修二の顔付近まで接近すると自ら粉々となり消滅した。


「これが『覇気』と一体になる事だ。それじゃあ、それを応用しながら本気の俺と実戦だ…『闇帝の翼』。」


 忍は修行を始めるため背中から『闇帝の翼』を展開させ修二と向き合う。

 本格的に修行が始まると感じた修二は目を開き、戦闘態勢に入った。


「……。」


「……。」


 二人は本気で黙って睨み合い、どちらかが先に動くのか間合いと行動を予想していた。


 そして一人でに離れた何処かで転がった石の音と同時、忍と修二は接近しあった。接近すると同時に互いは右拳を突きだし、ガッツリと合致した。

 お互い必死な表情で、手押し相撲の様に押し合い、どちらかが先に折れるまで膂力を込めていた。

 若干、忍が力で押されると咄嗟に左手を出し修二の右腕をガッチリと掴み、左腕のみの力で持ち上げ後ろへ放り投げた。

 空中に放り出され無抵抗な修二は両足を突きだし、数秒後には地面へ着地し、反っている上半身を起こし忍と再び対峙する。


「まさか力負けするとは――少しショックだな。」


「…俺も咄嗟の判断で投げるとは思わなかったぜ。」


 忍は修二に力負けした事に本気で悔しそうな態度を見せていた。

 一方、修二も輝と五年間という長く修行したのに、忍は五年というブランクあるにも関わらずテクニックで負かされ悔しそうだった。


「最大火力で返上してやるぜ。」


 修二は両手に『太陽』の炎を纏い、微笑みながら忍を見ていた。


「無理すんな。あくまで『覇気』を完璧に扱う為の修行だ。だが、このまま負けっぱなしっていうのは納得できねぇのは確かだ。」


「じゃあ、倒れるまでとことんやろうぜ。」


 忍と修二は楽しげな表情で構え、再び戦闘を開始しようとしていた。

 だが、戦闘再開する間もなく修二の立っていた場所が突然と地割れを起こした。そして大地が二つへと別れ、忍と離す様に急降下し始めた。


「品川!」


「神崎!」


 咄嗟にと互いは手を伸ばし掴もうとした。が、落ちるのが速かった為、修二は一部の大地と共に暗く奥深くへと落ち…姿が見えなくなっていた。

 忍は突然の出来事で呆然と立ち尽くしていた。


「この深さは…まさか! 『無間地獄』から攻撃してきたのか、あの悪魔は!」


 忍は『地獄』に何が起きたのか、即理解し対処しようと動こうとした。が、それを妨げるよう大地は修復し始め、瞬く間に穴が塞がっていた。


「…もう頼みの綱は『無間地獄』にいる悪魔に品川を保護してもらう事だな。」


 手段を封じられ、なすすべが無い忍は『無間地獄』にいる悪魔を頼る事にした。

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