四人の始まる前

「ここが! あの! セントラルぅぅぅ……パァァァアク!」

「うるせぇ」

 

 マンハッタンの北部にある巨大公園ことセントラルパーク、三•四キロ平方メートルもある公園で日本から来た二人の男女が騒いでいた。時刻は朝の五時、ニューヨークの朝は早い方だが普通の人は寝てる時間だ。

 加えるなら今は一月、新年も幾らか過ぎた頃の真冬である。つまり寒い。

 

「全くお兄さんは情けないなあ、震動めっちゃすれば火もまた涼しだよ」

「心頭滅却すればだろうが、つかさみぃんだよ」

 

 こんな寒くて日も昇っていない時間に外へ出るなど割と正気ではない。

 最初に言い出したのは若い男女のうち女の方、リルカという名の少女だった。

 

「チッチッチ、我々に残された時間は少ないのだよホームズ君。いかに効率よく観光するか、それが大事。名探偵ワトソンことリルカに任せて貰いたいねぇ」

「いや逆だろおい、なに主役入れ替えてんだよ、任せられるか」

 

 男の方、光太郎は比較的良識はあるのでリルカの突拍子のない言動にツッコミを入れながら何とかホテルに帰ろうとしている。

 結局説得は聞き入れられる事は無かったのだが、とりあえずせっかくだからとセントラルパークを一回りする事になった。

 

「足……痛い」

「おめぇあれだけ言っときながら体力ねえな!」

 

 四分の一くらい歩いた頃だろうか、確かに大きいが十代の快活な少女が半分も歩けないのは流石に貧弱を疑う。

 近くのベンチに腰掛けて休憩する事に。

 

「あぁ、座るだけで心地いいよぉ……ねぇ、お兄さん」

「なんだよ」

「私ベンチと結婚する」

「……おめでとう」

 

 彼女のボケに付き合う気は無い。

 

「そういえばさ」

「なんだよ御祝儀ならやらねぇぞ」

「違うって、昨日ベルカ研で色々調べてもらったんでしょ? 私昨日はホテルについたら直ぐ寝ちゃったから聞きそびれたんだよね」

 

 だからこんな朝早くに起きたのかと光太郎は呆れ果てた。

 

「つっても大した事はわかんなかったぞ、なんかレントゲン? 的な検査とか、あと俺自身の聴取とか……ああそういえば気持ち悪いロボットに話しかけられたな」

「なにそれ?」

「何かライオンの顔から馬……いや山羊かな、まあそんな動物の脚がワサワサ生えてきてるやつでさ」

「えぇ、話聞いてるだけで気持ち悪い。なんでそんなロボット作ってるんだろ」

「知らね。そのロボットに『朕を覚えておるか?』なんて聞かれたんだよ」

「知り合いなの?」

「いや知らねぇよ? でも何処か懐かしい気持ち悪さだったんだよなあ」

「懐かしい気持ち悪さってなに?」

 

 それはむしろ光太郎の方が聞きたいくらいだ。

 

 

 ――――――――――――

 

 

 デオンがギアナからアメリカへ帰る途中のこと、特別にチャーターした飛行機が空をかけている。

 機内にデオン以外の人間はおらず、オートパイロットなのでパイロットもいない。キャビンアテンダントなど居るはずもない。

 ベルカ研が作ったこの最新機は乗り心地よろしくないが、気楽に使えるのでこれからも重宝したいと思っている。


「ふぅ、やはり一人は落ち着くな」

 

 他に重宝したい理由はデオンが一人を好むからである。長い事生きてると人付き合いが億劫になってくるというか、若い頃に比べて人の密集度が高いので少し疲れる。

 何より、一人だとこういう時周りに迷惑をかけなくてすむ。

 

「やれやれ、高々度で戦うのは初めてだな」

 

 飛行機の外、窓にどこから現れたのかデーモンが張りついていた。まだ機内に入り込んでいないようなので対処するなら今のうちだろう。

 音や窓からみえるデーモンの動きから察するに数は二体程か、ひとまず窓に張り付いているデーモンが丁度よく狙撃できそうなので、ほぼ至近距離から光の弓で狙い撃つ。

 光の矢はまっすぐデーモンの額を貫き、そのまま後ろへ飛んでいき、エンジン部を破壊した。あろうことかエンジンの爆発に巻き込まれてもう一つのエンジンまで故障してしまったらしく、完全に片側のエンジンが停止してしまった。

 

「あっ……」

 

 飛行機は墜落した。

 

 

 ――――――――――――

 

 

 夕刻、マイソンシティのアーチボルト邸に今日もマシュが訪れた。彼自身の体調が優れない時やスケジュールが合わない日以外はほぼ毎日やって来ている。

 いつも同じ時間、太陽が沈みかけているこの時間に彼は来るのだ。インターホンを押して、数分待って帰る、最早ルーティンとなったこの行動。

 

「今日も駄目かな」

 

 インターホンを押したマシュは諦めと共に呟く、あと数秒したら踵を返すだろう。いつもの事、だが今日はいつもの事とはいかなかった。

 

『マシュ様で御座いますね、お待ちしておりました』

「!?」

 

 反応が返ってきた、この一年近く全く反応が無く、時には追い返されたりもしたのだが、この日ついに迎える文句がきたのだ。

 声の主は執事のレイノルドだろう。

 

「その声はレイノルドさんですね、エヴァンは会ってくれるのですか?」

『実はエヴァン様は先程ニューヨークへ発ちました』

「そうですか」

『これは私の独断なのですが、マシュ様にお願いが御座います』

「はい、何でしょうか?」

『詳しくは中で説明致します』

 

 それからアーチボルト邸の重い、そう一年かけても開けなかった重い門がゆっくりと開いていく。マシュにとっては待ち望んだ光景、ただ、何故か彼の心には不安が渦巻いていた。

 

「どうやら、ただ事ではなさそうだな」

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 式典が始まる。

 エンパイアステートビルの惨劇から半年と一ヶ月、今日まで封鎖されていたエンパイアステートビルがついに営業を再開する。その再開式典に加え、惨劇の被害者を追悼する催しも開かれる。エンパイアステートビルの前には惨劇を忘れないためのモニュメントが設置された。

 

 式典に参加すべく、エンパイアステートビルにはニューヨークだけじゃなく世界中から多くの人が訪れていた。流石に独立記念日の時のような盛り上がりには及ばないものの。普段より人口密度が高まっていて誰もがこの日を楽しみにていたと思われる。

 

 だが、そんな大事な日であっても、ワイアットにとってはどうでもいいものだ。彼はテレビで流れる式典のニュースを耳に入れながらコンシューマーゲームに興じていた。

 床に無造作に置かれたゲーム機の隣には、半年前にリサとカオリから貰った誕生日プレゼントがある。まだ袋からすら出しておらず、あの日以来ずっとそこに置かれている。

 

「……よし! ボスを倒した!」

 

 画面ではワイアットが操作するヒーローがヴィランを倒したところだ、イベントストーリーが始まり、ヒーローはカッコよく動いてヴィランをやっつけて民間人を救出した。

 助けられた民間人はヒーローに感謝を述べて……耐えきれずワイアットがゲームを終了させた。

 

「くそっ、なんだよ、まだダメなのかよ」

 

 悪態をつきながらコントローラーをタオルケットの上にほおり投げる。ぞんざいに扱わないあたりまだ理性はある。

 ゲームの中のヒーローと自分を重ね合わせてしまって辛い、ゲームではカッコよく民間人を助けていたヒーローだが、自分は大事な家族を目の前で死なせてしまう体たらく、持ってるモノに違いはない筈なのに彼らに近づくことができない。

 

 事件以来、ワイアットは一度も変身していない。

 

「あーあ、はぁ」

 

 やるせない溜息がでる。そんな時、ワイアットのスマホにカオリから通知がきた。

 

『式典にいきませんか?』

 

 デートのお誘いだ。姉を失って以来カオリはよくワイアットを気にかけてくれている。自分が残っていれば助かったのにと、彼女は彼女で責任を感じているらしい。

 かつてのワイアットなら好きな女の子から誘われたら奇声をあげながら了承の返事をしていただろう、しかし今は『ごめん、やめとく』と淡々とした返事しかできない。

 別に彼女の事が嫌いになったわけじゃない。多分今でも好きだ。でも何故か会うのが躊躇われる。


『わかりました。私はエンパイアステートビル近くのレストランにいるから気が変わったら来てください』

『はい』

 

 それだけ返してカオリとのやり取りは終わった。ワイアットの青春はあの日からずっと止まったままだ。止まったまま、熱意が消えている。

 

「はぁ……」

 

 式典開始まで、あと三時間。

 

 

 


 

 

 

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