ミスター・ウィークの日常は変わらない


 ワイアットが無人島に行ってから五ヶ月後。

 マンハッタンでは治安の悪化がすすんでいた。殺人強盗麻薬売買と犯罪が毎日のように行われ、また半日に一人はどこかで逮捕されているような状態になっている。

 それに加え新しい犯罪が生まれてしまい警察は日々頭を悩ませていた。


 この日、タイムズスクエアから程近くにあるブロードウェイシアターでは、三日目の公演となるミュージカルが上演されていたのだが、生憎そのミュージカルは強制的に中止せざるをえなくなった。


『一班配置につきました』


 ホールに繋がる扉の前に十数人の武装した警官が集まっている。彼等はいつでも突入できるようテイクカバーで待機していたり、扉の斜め前でしゃがんでアサルトライフルを構えている。

 彼等はニューヨーク市警に所属するEmergency Service Unit(所謂SWAT等の特殊部隊)であった。

 

『二班配置につきました。周囲に敵はいません』

『三班配置につきました。いつでもいけます』


 各班の隊長から送られる無線は外の司令車に届けられ、そこに待機している部隊長が受け取って指示をとばす。

 

『よし、三十秒後に突入、作戦通りクロスファイアで仕留めろ』

『『『ラジャー』』』

 

 司令車のオペレーターが残り十秒のところで秒読みを始める。合わせて各人が安全装置を外して扉を凝視する。

 扉の向こう、ミュージカルが上演されていたシアターでは現在凶悪な犯罪者がいる。特殊部隊を派遣しないといけないような凶悪な犯罪者。

 ここ数ヶ月で爆発的に増えたそれは、普通の警官では太刀打ちできないものだ。

 

 それは、銃弾を通さぬ程硬い皮膚を持ち、姿形は千差万別だが概ね悪魔のような造形をしている。

 また元々人間だったものが変異する。変身ではなく変異なのは、元の人間の記憶や意志はなくなるからだ。

 

 新たらしい犯罪者は、俗にデーモンと呼ばれている。

 

 カウントがゼロになると同時に各班が同時に三方向から突入する。

 一班は正面から、二班は東側から、三班は二階から。オーソドックスな張り出し型舞台が目立つシアターの中央、観客席の真ん中にデーモンが立っている。

 シルエットは人だが、右腕だけ異様に膨れ上がっており自身の身長の三倍はあった。

 

「撃て!!」

 

 約三十人弱の手から銃弾が立て続けに発射されデーモンに注がれる。三方向から雨のように浴びせられたデーモンは銃弾が命中する度に身体を仰け反らせ、ステップしている。それはまるで『俺〇ちに明日はない』という映画のラストシーンで見られる死のダンスのようだった。

 

『撃ち方やめ!』

 

 司令車からの指示に従って銃撃をとめる。ピタッと止まったのは流石によく訓練されている。

 デーモンは健在であった。

 銃撃の衝撃に怯む事はあっても弾が皮膚を貫通することはない。つまり無傷だった。

 

「くっ」

 

 各班隊長が歯噛みしている間にデーモンは巨大な右腕を目で追えぬ速度で振るった。瞬間、二班の実に半数が壁に押しつぶされて絶命してしまった。

 潰された隊員は見るも無残で、眼球は飛び出て口から内臓がでてるのもあった。

 

 そこからは再び銃弾の雨が再開された。デーモンは時折銃撃に怯みながらも右腕を振って攻撃する。狙いは大雑把ながら、一撃でももらえば即死間違いなしゆえ隊員達は必死で引鉄を引き続けている。

 

 デーモンの右腕が三班のいる二階に直撃する。幸い死亡者はいなかったが、二階部分が崩れて近くにいた一班は移動をよぎなくされた。そしてそのせいで銃撃が一時的にも緩んだ瞬間を狙って、デーモンが右腕を一班に向けて振るおうとしていた。

  

 隊員達が死期を悟ったが、デーモンの右腕は突然肘の部分で切断されてしまい隊員達は無事で済んだ。デーモンの断末魔がシアターに響き渡る。

 

「まさか」

 

 誰かが呟いた。

 

「こんばんは、ミスター・ウィークです」

 

 隊員達の視線の先にNINJAモチーフの衣装を纏った男がいた。赤いマフラーがスポットライトを浴びて一層明るく見える。

 

「前も言ったじゃないですか、普通の銃で倒そうとするなら先に塩水かけなきゃだめだって」

 

 ウィークは呆れたとでも言いたげに肩を竦めてみせる。

 それからデーモンの右腕を手に持っていた剣で肩口からバッサリ切り落とし、痛みで身体を大きく反らした瞬間を狙ってデーモンの胸に剣を突き刺した。

 デーモンは程なくしてグッタリと力尽きてその場に崩れ落ちる。しばらくするとデーモンは灰のように崩壊していき、人間の姿になった。

 

 あれだけの銃弾を浴びせても傷一つつかなかったデーモンをあっさりと切り刻んだウィークに対して、Emergency Service Unitの隊員達は口もだせなかった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「結構前からデーモンの弱点は塩水だーって言ってるのにぜーんぜん信じてくれないんだけど」

「それはあんたが信用されてないからでしょ」

 

 お昼休み、ワイアットとその姉リサは共にカフェテリアで食事をとっていた。ウィークとして本格的に活動を始めてから、こうして姉弟で食事をする機会が増えた気がする。

 それもこれも、始めてウィークとして街にでて暴力事件を起こした時に速攻で身バレしてしまったのが原因なのだが。

 朝起きたらWebニュースに掲載されたウィークの写真を見せてきて「これあんたでしょ」て言ってきた時はホントに背筋が凍った。

 

「いやでも僕って結構人のためになることしてるじゃん、そろそろみんなの人気者になってもいい頃じゃないのかな」

「そう思うならジェイソン警部に信頼されるようになったら?」

「あの人と僕はほら、ルパ〇三世と銭〇警部みたいな関係だから……心では通じてるんだって、多分。

 あっ、そういえばどっちも警部だ!」

 

 ジェイソン警部とはもう長い付き合いになるなとワイアットは思った。まだ一ヶ月ぐらいだけど。

 初めて遭遇した事件は宝石強盗だった。たまたま現場にでてきて直接指示を飛ばして先に突入したジェイソン警部を、あろうことか強盗と間違えてロープでグルグル巻きにしてしまったのだ。

 以来、警部なのに現場へ積極的に出てきて何かとウィークに絡んできてる。

 

「今日もウィークになるの?」

「うん、今日はチャイナタウンあたりをウロウロしてるかな、なんかあそこで事件がおきるんだって」

「ふぅ〜ん、それって前あんたが言ってたヒトデの予言てやつ?」

「そうそう」

 

 無人島から帰ってきて最初に驚いたのは、ドクターからヒトデを紹介された時だ。ブエルと名乗るそのヒトデは、ドクター曰くデーモンの一種らしい。

 ブエルは持ち前の知識と知恵、そして予言によってあらゆる助言を与えて研究に貢献してきたという。

 正直紹介された時は自分かドクターのどちらかが頭おかしくなったのではないかと疑った。


 そのブエルの予言によって、ウィークは事前に事件が起きそうな場所に向かって介入しているのだ。

 

「ていうか、ただのテストなのに何でヒーロー活動してんのよ」

「それ今聞いちゃう? ドクターはプレゼンも兼ねた社会貢献て言ってたけど……そういえばなんで僕がやってるんだろ」

 

 今更ながら疑問になってきてしまった。

 

「一度ちゃんと話ときなさいよ」

「そうする」

「それと今週末って空いてる? ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけど」

「え? 空いてるけど姉さんに付き合うのはめんどくさいから嫌だ」

「カオリも来るわよ」

「是非同行させてください!!!!」

 

 こうしてワイアットは期せずして憧れのカオリと外出する機会を得たのだった。

 リサさえいなければデートになっていたのだが、それは仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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