傲慢であれど戦う理由は一つ
博物都市バリエステス、海に面しており主な産業は貿易。気候は寒冷地であるゆえに年中寒い、冬になると凍死する者が現れるため夜の往来は禁止される。
そんなやや住み辛い土地ではあるが、物の保管には向いており、貴重な遺産や調度品なんかを保存する施設が点在している。
街の中央には、バリエステスにおいて最も古く、最も大きな保存施設ミレニアムがある。
「して、どれだけ集まった?」
ミレニアム最高責任者の館長は、ミレニアム内の廊下を歩きながら隣に並ぶ秘書へ尋ねた。
「国から派遣されてきた
「なんと! あの
「はい、しかし……その
「あの若くして
「はっ、実はその」
隣を歩く秘書は視線を下にやり、言い辛そうにしている。言いたくないというよりはどう言葉にすればわからないといった感じだ。
いつの間にか館長室の前に来ていた。扉の前でまごまごしているのは中々ストレスが溜まる。
「まだ何かあるのか?」
「実は……もう、来ておりまして、この館長室で待っています」
「なに?」
慌てて館長が扉を開けて中へと入る。部屋に入ってすぐ応接間があり、普段はそこで客の応対をするのだが、クラウザーの姿は見えない。
訝しみながら奥へとゆくと、執務机の向こうにある椅子がユラユラ揺れているのが見えた。その椅子が不意にくるっと回って座る者と館長達が目を合わせる事になった。
「よぉ、あんたがバリエステスで一番偉い奴でいいんだよな?」
不遜な態度の青年、いや人によっては少年に見える年頃だろう。薄茶色の髪は随分洗ってないのか油が浮いており無造作に跳ねている。
服装も決して上品とはいえず、ヨレヨレの白いシャツの上からポケットの多い頑丈そうなジャケットを羽織り、同じ素材でできたズボンと底の擦り切れたブーツを履いていた。
そして机の隣にあるコートをかけるハンガーには、この男の物と思われる暗色のローブが掛かっていた。何故か一部が焼け焦げている。
「いかにも、私がバリエステスの市長でもあるミレニアムの館長だ」
男の態度に苛立ちを覚えながら、館長はゆっくりとソファへと座る。
「君は……クラウザー君……でいいのかね?」
「おう、頭にマスターをつけてくれると喜ぶぜ」
「ではクラウザー君、正直君の無礼な態度は不愉快だが、この際水に流して本題に入らせてもらいたい」
マスター・クラウザーと呼ばれなかったので少しガッカリした様子を見せるが、直ぐに不遜な顔に戻してニタァと笑った。
「俺もまどろっこしい前置きは苦手だからな、手早く状況説明と方針を頼むぜ」
「うむ、ではまず砂の魔王についてから……」
――――――――――――――――――――
砂の魔王がバリエステスへ進軍を開始したという話が出たのは二週間程前になる。貴重な博物資料が大量にあるバリエステスが盗賊等の悪漢に狙われるのはよく話であるが、今回はいつもと違う。
今までの悪党は捕まえたり殺害する事ができたのだが、砂の魔王はそのどちらもできない。
何故なら、圧倒的な数の魔物を従えているためほとんどの場合魔王の元まで辿り着けないうえ、運良く倒すこと自体はできても、何故かしばらくすると別の場所で蘇ってくる。
つまりどうやっても殺す事のできない最悪の敵なのである。
そして、砂ないしは大気中の粒子や埃ですら操って生命のない魔物を生み出すこともでき、それらを操って軍隊として行動している。最早災害と言ってもいい。
砂の魔王の行動原理は一つ、マジックキャスターやマジックマスターが使う魔法の源、魔晶石を求めている事だ。それも巨大な魔晶石を。
――――――――――――――――――――
「んで? その巨大魔晶石はミレニアムに保管されてんだな?」
「ああ、宝物庫に」
「後で見せてくれ、それと貴重な博物資料は今のうちに街の外に出しておくんだな。まず間違いなくこの街で戦う事になる」
「わかっている。政府から貴様への宝物庫の出入りが許可されているから自由に見て構わん。だが博物資料を全部運び出すにはまだ一月はかかるぞ」
ちなみに砂の魔王の接触予想日は七日後である。
住民の避難は六割終わっており、資料の運び出しも四割終わっている。だが全ては間に合いそうにない。
「諦めろ、今は残った住民の避難を優先して……資料は捨てる覚悟でいろ」
クラウザーの正論を受けて肩を落とす館長、市長とミレニアム館長、どちらか一方であったならどちらを選ぶかでこんなにも悩む事はなかっただろう。
市長としては住民を守らねばならないし、館長としては資料が何よりも大事だ。
「わかった。ほんとに貴重な物に絞って博物資料は諦めよう。住民の避難は警衛隊に任せれば明後日には終わるだろう」
「物わかりのいい人間は好きだぜ」
「一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「君は何故今回の戦いに参加する? 金か? 他のマジックマスターは砂の魔王と戦う事すら拒んだぞ」
不遜な笑みがクラウザーの顔から剥がれ落ちる。突如真剣な眼差しを向けるクラウザーに館長は戸惑うも、毅然とした態度でその瞳を見つめ返した。
クラウザーはフゥと息を吐いて答える。
「砂の魔王が通り過ぎた街や村は全て壊滅しているのは知ってるだろ? その中に俺の故郷もあったんだよ。去年の事さ、俺の家族も友達もみんな奴に殺されちまった」
ギリッとクラウザーが歯ぎしりする。
「金なんざどうでもいい。だが俺様の大事な物を奪った奴だけは必ず殺す!! その為の戦いだ。
そしてこの街に集まった命知らずな奴らはみんなそういう奴らなんだろ?」
館長は頷いた。実際募兵に応じて集まった者は皆砂の魔王に親類縁者を殺された者ばかりだ。それ以外は概ね報奨金狙いか火事場泥棒といったところ。
「それじゃ早速、巨大魔晶石とやらを見せてもらうか。それと戦闘に使えそうな博物資料があれば貸してもらいたい」
「わかった、案内しよう。それと博物資料の貸出は物による」
クラウザーは立ち上がり館長の元まで近寄ると、右手の甲を向けた。館長も同じ様に立ち上がってから右手の甲をクラウザーへと向ける。
そして両者はどちらかともなく甲同士を軽くぶつけるのであった。
これはお互いを認めたという一種の儀式みたいなもの。
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