第22話王都編④

ーーーー王城 地下牢獄


 ……ピチャッ


 額に水滴が当たり、意識が覚醒する。

「……おぉ~…こりゃ死に戻りに……はっ、失敗しとるか…」

 牢屋の中で、転ばされながらレンは呟く。


 目が覚めたら、現実世界で良かったのにと。




 その声を聞きつけて、守衛がやって来た。

「…貴様、目が覚めたか。」


「もちっと、優しくしてくれても、ええんとちゃう?」


「黙れ!陛下の元に連行する。」



 …ガチャガチャ…ガキン

 兵士は牢屋の鍵を開けると、レンを立たせて国王の元へ、レンを連れて行く。


 レンは歩きながら、己の身体を見て状態を確認していく。


 …傷は殆ど回復しとるし、痛みも無い、か。

 どうやら、魔法で回復してもろたっぽいけど、何で生かされてるんやろ?

 普通に考えたら、あのまま殺されてるはずやと思うんやけどな


 彼の耳には、シャーロットの最後の叫びは聞こえていなかった。

 …なので、殺されない理由が思いつかない。




…カシャカシャ

 …後ろ手にはされとるし、鉄のゴツイ手錠と、ご丁寧に足にも鉄枷か。

 俺の予定とはだいぶ変わってもうたし…

 さぁて、逃げよかなぁ~。



 レンがそんな事を考えていると、いつの間にか王座の間に着いてしまう。

 思ったよりも意外と時間が無く、考えがまとまらないままあの時の扉の前に立たされる。



 …コンコンコンッ

「罪人を連れて参りました!」



「……入れ。」


 ドアが開かれると、そこには奥の王座まで絨毯の敷かれた豪華な部屋と、整然と並び立つ多数の要人や兵士の姿が見えた。

 案内役の兵士に体を押されて、花道の横を歩かされ…途中まで来ると跪かされる。



 …武器さえあれば、何とかなるんやけどなぁ~

 と、レンは緊張感なく先の事を考える。


 生きていたのは儲け物だったが、死んでしまっても、最悪「死に戻り」の実験になったし、死んでしまったとしても、ゲームの世界なんかに大した未練は無い、と彼は諦めていたからだ。





 ……キィッ

 レンに続いて王座の間の扉が開かれると、兵士とは違った服装の人間が入って来て扉の横に控える。


「…アダド王国、国王。ガイゼフ・ベイオール・フォン・アダド陛下の御出座しです!」


 王座の間に、この城の主人が姿を見せると、先ほどの、白色の政務官服を着た書記官長と言われる男が、王の入場を告げた。



 アダド国王…そして、シャーロット第一王女が、順に王座の間に入り、絨毯の上を通って王座に進む。



 ……


 その場にいる全員が、国王が通り過ぎ王座に着座するのを、頭を下げ座して待つ中…

 レンはシャーロットの様子を見ようと、何気なく顔を上げた。


 ……!?

 そんなレンに気がついた兵士は驚き、無礼にならないようレンの頭を掴むと、無理矢理下げさせる。



 …良くは見えへんかったけど、ちょっと元気があれへんように見えたな。



 ただ、酷い扱いを受けたようには見えなかったので、レンは安堵していた。

 これなら、予定とは異なってしまったが、まだ修正が効く範囲かもと思い直し、二人の着座を大人しく待つ事にする。

 これからあるであろう質疑応答で、自分がするべき発言の内容を吟味しながら…




……

 まず、国王が座り、次いでシャーロットが座る。

 一人だけ立ったまま、王座の前に控えていた、この国の筆頭大臣ゲルノア・ヴォーグ・ダリアスが、頭を下げている皆に王の着座を告げる。


「皆の者、面をあげよ!」


 …バッ!

 そこに居る家臣達は綺麗に揃って顔を上げ、そして立ち上がる。



「其の者を前え!」

 ゲルノアが言うと、今だに一人跪いていたレンは立たされ、国王の直線上に立たされる。


 もちろん、彼の両脇には屈強そうな兵士が二人側にいて、レンを見張ってはいるが…




「大罪人よ、名を名乗れ!」

 ここからは、書記長が質問していくようだ。


「……ぇっ?俺か?…あぁ、俺はレン、菖蒲蓮や。」

 あぁ、この世界ならレン・ショウブか?と付け足して答える。


「…貴様の狙いは何だ!?理由を述べよ!」


「…その前にひとつ、国王様に聞きたいんやけど、ええか?」

「きぃぃさぁまぁ!!なんたる無礼な物言いだ!己が立場をわきまえよ!」


 小柄な大臣が、自分の状況を考えないレンの失礼な発言に、髭を震わせ顔を真っ赤にして怒鳴る。


「…よい。で、儂に何を問おうと言うのだ?」

 ゲルノアを手で制すと、先を促す国王。


「あぁ~、そこの姫さんの事や。この城に来るまで色々と話を聞いたんやけどな?なんや…随分な扱いを受けてるって聞いてなぁ。実際問題、国王さんは、我の娘の事をどない思ってるんや?」

 その質問にシャーロットはビクリと肩を上げると、俯きながら横目で国王の様子を伺う。


「……これは、アダド国王としてでは無く、シャルの父ガイゼフの言葉として聞いて欲しい。皆も良いな?」

 彼の言葉に意を挟む者はいない。


「儂は…私はシャルを危険な目には合わせたく無い。今の任務も即座に解いて、王宮で平和に暮らせるようにしてやりたい。」

 国王は真っ直ぐレンを見つめて言った。

 それを受けて、レンは頷き、言葉を続けさせる。


「…しかし、この国…王家には悪しき風習と規則がある。呪いもな…」


「…呪い?呪いてなんや?」


「シャルの持つ特殊な力の事だ。私の兄がそうだったように、一代に一人、必ず呪いを受け継いでしまうのだ。」

 さらにガイゼフは語る。兄の死と入れ替わりで生まれたシャーロットが呪いを継いだと知り、何とかしてその事実を隠し守れないか?と…

しかし考え行動した結果、出来なかったと言う事。

 そしてその行いは、大貴族や他の王家の人間の反感を買ってしまい、国王と言えど娘の事に口出し出来なくなる事態を招いてしまった事を。

 …彼は目に涙を浮かべながら語った。



「…なるほどな。だからせめて、お供は姫さんを女として見ない上に、腕の立つ人間を付けたっちゅー訳か。」


「…そこまで分かるのか?」


「あぁ、分かる。あの目は人の"死"にだけ興奮する変態のもんやったし…こっち来てからの一年ちょいで、どの程度が強さの平均かぐらいは分かるしな。」

 あの異常者は、この世界の基準なら結構強いはずや、と付け加える。



「せめて、シャルが安全に帰って来れるよう、出来るうる限りの事はしているつもりだ…」

 ガイゼフは自分の弱さに俯く。



「…よっしゃ!ほんなら、ええ話があるで?俺が姫さんのお供をしたる。俺はLV90くらいあるし嫁さんもおるから、あんたの娘に手ぇも出さんしな!…どや?」


 ……90!?…凄い!…ありえないっ!

 レンの若干サバを読んだレベルに、衛兵や兵士、文官達が騒ぎ出す。



「ふざけるな!貴様のような罪人を、シャーロット王女の守護にするなど、この私が許さん!!」

 そんなレンの提案に物言いを付けたのは、王国騎士長オリバーであった。



 彼は、レンに近づいて行き、さらに怒声を浴びせる。

「どうしてもと言うのなら、この私を倒して見せよ!!」



「あぁ、そんな事か…かまへんよ?…はぁぁ、ふんっ!!」

 バキーンッ!

ガシャン…!

 レンは力を込めると、当たり前のように頑丈な手枷と足枷を引き千切り破壊した。



 ……

 見ていた者達は、我が目を疑い黙り込む。



「…よかろう。おい!武器を貸してやれ。」

 オリバーは平静を装い、衛兵の一人に命令する。

 衛兵は腰に下げた片手剣をレンに投げ渡す。



 …カシャン


「…西洋剣はあんま好きや無いんやけど…まぁ、贅沢は言えんか。」

 剣を受け取ると、「ほな、始めよか?」と軽く言い、片手剣をレンは居合の姿勢で構えだす。


「…ふん。負けたのを武器のせいにするなよ。」

 オリバーは、淡く光を放つフランベルジュを抜いて正眼に構える。

 普段は盾と共に扱うのだろう、その剣はレンの持つ片手剣を一回り大きくした程度のサイズだ。

 盾を使わ無いのは、彼のプライドが許さなかった為だ。





 ……じりじりと互いに間合いを詰めて行く。



「はあぁぁっ!!」

 先に動いたのは、オリバーだ。


 飛び込みと同時に、縦に一閃鋭い打ち込みをする…が、レンはそれに合わせて居合から横薙ぎに剣を弾き、返す刃でオリバーの首元を狙う。


 …ガキンッ!

 オリバーも弾かれた剣を引き戻し、レンの一撃を防ぎ飛び退く。



「…ほぅ。中々やるようだ。」

「…あんさんもな。」

 互いに実力を図った感想を述べると、


「…筋力上昇、鉄壁、属性発動。」

 オリバーは近接ジョブが持つスキルと武器の力を解放する。

 すると、彼の体を一瞬淡い光が包み、手に持ったフランベルジュが紅く光る。


「…ほんじゃ、おーれも。疾風迅雷、獅子奮迅、耐性強化」

 レンの体も同じく淡い光が一瞬包む。



「…炎燼切りっ!!」

「陽炎!!」


 スキルで強化されたオリバーの攻撃は凄まじく、火属性を発動させたフランベルジュが袈裟斬りでレンの体を捉えた!

…と思った瞬間、レンの姿は掻き消え、その場にいた全ての人間が彼を見失った。



 …ヒュンッ

 直後、オリバーの後ろで剣を振るう男がする。


「…ふぅ~、上手くいった上手くいった。武器がちゃうと加減がムズイくて大変やわ。」


 ドサッ…

 全員の視線がレンに行くと、オリバーは前のめりに倒れこんだ。



 ……まさか、オリバー様が…

 騎士長様が…そんな!

 …一体、何が……



「…まさか、王国最強の騎士長を倒してしまうとは…」

 国王が驚きを隠せず呟く。


「まぁ、俺はLV90やし、LV差もあるからな。それに…近接戦は俺の十八番(オハコ)やで?」


 ソードマスターと暗殺者のジョブを取っているレンは、通常であればLV80を超えると、1LV差が絶対的に広がるAAO(アースアートオンライン)の世界において、2LV上のナイトロードにも勝利する程、近接の戦闘に長けていたのだ。


 それ故、80レベルと言う、この世界なら高位に入るオリバーですらも、レンの相手は務まらなかった。






 ……辺りが静まり返る。



「…お主はLV88じゃけどのぅ……」

 王座の間の扉から、一人のローブを纏った老人が歩いて来て、レンのLVを言い当てる。


「なっ!?爺さん…俺のLVを、…えっ、ええやないか!ちとサバ読んでも大差ないし!90の奴にも勝った事あるしなっ!」

 子供のように言い訳をし始めなるレンに、その老人は「まぁ、そうじゃのぅ」と返しつつ、国王を見て告げる。



「…陛下よ、こやつが暴れ出せば、軍を派遣せねばならんような…災害レベルの事態になりますぞぉ?」



 国王は頷き、

「…そっ、そうじゃな…ドラゴンキラーであるお主が言うのだ、オリバーの件もあるし認めねばなるまいな。」

 兵士達に介抱されるオリバーを見やって、国王は深く溜息をついてレンを見る。



「…では、儂からも質問じゃ、貴様は我が娘、シャーロットを守り…傷付けないと誓えるのか?」

「おっ!お父様っ!?」

 横から真っ赤な顔で自分の顔を見てくる、娘の気持ちを代弁して、アダド国王はレンに問う。


「あったりまえやんか!俺に任せたらんかい!!ただし、一つだけ条件がある。俺は異世界から来たんやけど、元の世界に戻りたいんや…だから、俺が戻る為の協力は惜しまんって約束して欲しい。」


「…へっ、陛下……」

「……お父様」

 ゲルノアとシャーロットは、別々の不安を言葉に乗せて国王を見る。



 国王は暫く考えると、レンを見据える。

「…よかろう。儂とお主との約束じゃ。…それしかないの、アールヴ魔法士長?」


「はい、陛下。それしかございませんのぉ」

 ローブを着た老人が国王に笑みを浮かべ答えると、シャーロットは喜び、ゲルノアは悲観する。


「お父様!」

「そっ…そんな……」



 ……まさか!…いや、しかしあれでは…

 …シャーロット様は…

 周りに居た者達から、様々な声が上がり、色々な思惑が交錯するが……




「…ほんなら姫さん!これからよろしゅうな!」

 レンは飛び切り良い笑顔で、シャーロットに言うのであった。

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