Memory White

@kanade115

第1話 始まり

歌を聴いていた。イヤホンから流れ出る声は最近死んだ歌手のものだ。


どうして死んだのだったかは知らないけれど。


随分と唐突な死だったという。


僕はこの歌声の人間についてはよく知らない。その人柄も、哲学も。


でも、今聞いている一曲だけは気に入っていて、もう何度も聞いていた。


そうして一曲を聴き終わるうちに、白い箱のような建物にたどり着く。


今日は月曜日。25回めの弟との『初対面』だ。


僕の生活は学校と病院の往復だ。

といっても、治療を受けるためではない。


この病院が僕の家なのだ。


「ただいま、先生」


「ああ敬太(けいた)くん、おかえり」


彼は弟の主治医の忍壁(おさかべ)先生だ。

僕たち兄弟の親代わりでもある。


「敬二(けいじ)は起きた?」


「うん、無事に目覚めたよ。体調も悪くないようだ。ただ、やはり、今回も...」


「覚えてない、か......」


「残念ながらね...君のことは伝えてあるよ。『挨拶』するかい?」


「うん。行ってくる」


白い廊下の先の1番奥にある病室。弟の敬二はそこにいる。


ノックをすると、どうぞ、と落ち着いた声が聞こえた。今回は取り乱すようなことはなかったようだ。


扉を開けると、僕と同じ顔がベットに座っていた。


「…こんにちは」


「…ああ、君が……『お兄さん』?」


「うん、今の君にとっては初めまして、なのかな」


僕にとっては半年間に会ってから1日もかかさず顔を合わせている相手だけれど。


「そう、だね。ごめん、何も覚えてないんだ」


「気にしないで。分からないことがあればなんでも聞いてよ」


「僕は八坂敬太。また1週間、よろしくね。敬二」


「……よろしく」


これが僕の双子の弟。八坂敬二。

彼の記憶は、1週間で消えてしまう。


彼に始めて会ったのは半年ほど前。

9月の半ば頃の話だ。


帰るなり見つけたのは自分と同じ顔の人間だ。かなり面食らったことを覚えている。


保護者代わりの忍壁さんは、『君の双子の弟だよ。遠方の施設に預けられていたのを見つけて、引き取ったんだ』


『いきなりですまないね。驚かせようと思って』


なんて平然と言ってのけた。


戸惑ったのは最初だけで、だんだん喜びのほうが大きくなった。


物心つく頃から身寄りがなく天涯孤独だと思っていた僕は、血の繋がった存在にずっと憧れていたのだ。


そう、喜んだ………のだが...。


『ひとつだけ、あの子には問題があるんだ。原因不明の病というか…』


そして語られたのは、件の記憶障害についてだった。彼は1週間で自分に関するすべての記憶を忘れてしまう。


心因性のものだろうと言われているが詳しい原因は分からない。


言葉の話し方、文字の読み方なんかは忘れてないので生活に支障はないものの、精神的に不安定で体の方もあまり丈夫とはいえなかった。


だから彼はまともに学校に行かず、ほとんど病院で過ごしたという。


『とにかくね。彼は次の月曜日には君のことを忘れてしまうんだよ』


『それでも、彼と仲良くしたいのなら止めはしないけどね』


…僕は、彼に接触した。迷うことなど何もなかった。








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