異世界のんびり冒険者ギルド生活

みやび

冬ー彼女が街に来た話

冒険者ギルドと雪かきと加入したお姫様(2019.1.26更新)

お姫が冒険者ギルドに来たのは、1年前の冬であった。






冬の年の瀬。まだ日の上がる前。

前日に雪が大量に降り、今日の仕事は一日雪かきだろう、などと考えながら、私は暖炉に火を入れ、お湯を温めていた。


「今日で今年も終わりかぁ」


私の独り言が誰もいないギルドの食堂に消えていく。あとはカチッ、カチッと火打石の音だけが響いていた。年の最後ということで、なんとなく今年一年を思い返したが、特に何もない一年だった。来年もまた変わらないのだろう。

いつものように暖炉の薪に火がつく。薬缶を手に取ると、窓を開けて積りたての新雪のきれいなところをいれて、暖炉の中に置いてある五徳の上に置く。そしていつものように暖炉の前でストールをかぶって温まりながらお湯が沸くまで待つ。お湯が沸いたらのんびり温かいものでも飲みながら、マスターやほかのギルドメンバーが来るまでゆっくり待つ。

そんないつもの、繰り返されるだろう日常は


「たのも~」


という気の抜けた声とともに現れた、彼女によって終わった。







扉を開けて現れたのは、真っ白な少女であった。

色のない白銀の髪に真っ白な肌、白いノースリーブワンピースと白銀の手甲、脚甲をつけた少女。雪と見間違うような真っ白な彼女を見た最初の感想は、すごく寒そう、だった。

なんせ二の腕と太ももが丸見えである。スカートの丈が短くて、下着も見えそうなぐらいだし、上半身も、胸元から二の腕まで丸見えのワンピースである。マントも羽織っていない。まるで夏の暑い時期に暮らす格好であり、間違っても今日のような寒い雪の日に外を歩く格好ではない。


なんて声をかけるべきか、朝から寒そうですね、にするか、いらっしゃいませ、にするか、迷っていると、奥の扉の開く音がする。

まだ寝ていただろうギルドマスターが扉を開けて現れたのだ。寝ぐせで髪の毛が逆立っているし、服装もまだ、私が今年の誕生日にプレゼントしたピンクのパジャマである。

明らかに起きてすぐの格好のマスター。しかし、身だしなみも整えずマスターが慌てて出てきた理由はすぐに気づいた。真っ白で風変わりな格好の少女の頭には、髪の色と同じ色の巻き角が生えていた。髪と一体化しており、最初は気づかなかったが、よくよく見ると立派な角である。

角が生えている種族というのは決して多くない。そしてその数少ない種族はどれも強力な個体の力を持っているものばかりであり、しかもその力は角の大きさに比例する。

まだ14,5歳に見える少女の角は非常に立派である、つまりすごく強いのだろう。魔力のない私には全く感じられなかったが、マスターは寝ていてもその魔力の強さを察したのだろう。緊急事態と思い慌てて出てきたに違いない。

角がある種族、といえば鬼族が有名であり、あとは悪魔族もいる。ただ、彼らは闇の属性を司っていて、基本的に色味が濃い人が多い。その点すべてを白く染め上げそうな少女の見た目は、鬼族や悪魔族には見えないけど……


「あんた、ここは冒険者ギルドだ。神龍族のお姫様が来るようなところじゃねえぞ」


本来ギルドに入ってきた人への最初の挨拶は私の仕事だが、そんな私の代わりにマスターが少女に声をかける。

神龍族、それは私たちの住む水原王国の隣にある帝国の皇族である種族だ。

帝国とはこの大陸の南半分を領土に持つ大陸最大の国であり、先代皇帝までは極めて好戦的な侵略国家であった。今代の皇帝は穏健で、戦争は絶対したくないと公言しているのは有名であるが、そのような歴史と今なお有する強大な国力、軍事力により警戒している国も多い。一方で文化的、経済的な最先端を行く国でもあるのは確かであり、帝都の発展ぶりは、私たちのいる片田舎の町でしかない白雪の町とは雲泥の差であるだろう。行ったことはないが、帝都には30階建てのビルもあるとかいう話を聞いている。

神龍族はそんな帝国において、皇帝になる資格を持つ唯一の種族である。その特徴は圧倒的な強さ。神の如きといわれる膨大な魔力を持っていて、前線に立てばまさに一騎当千と謳われる、そんな種族である。

そんな政治的にも物理的にもやばい人が、冒険者ギルドになんで来たのか、普通に考えればろくな理由ではないだろう。そのためマスターは警戒して、私任せにせずにわざわざ出てきてくれたのだと思う。そんな危険人物を臆しもせずに睨みつけるその大きな背中が頼もしかった。


「わー、ドラゴンキラーで有名なアレスさんですよね!! よろしくお願いします!!」


泣く子どころか不良連中すら泣いて謝ると評判のマスターの睨みを華麗にスルーして、尻尾と羽を嬉しそうに揺らしながら少女がぺこりとあいさつする。

こいつ、人の話聞かねえな、話し全くかみ合ってねえぞ。マスターの睨みをスルーするスルースキルの高さよりも、そっちの方が気になってしまった。

ちなみにドラゴンキラーとは、マスターの持つ称号のひとつである。竜を3体以上狩ると得られるかなりレアで著名な称号である。かなり名誉であり、そんな称号を持ったマスターは本当ならいくつものギルドを束ねる統括の立場といったもっと良い地位につくことも可能である。可能なのだが、この街の北にある森に「森が呼んでいる~」といって入っていったまま帰ったまま戻ってこない妻を待つべく、ここの都市のマスターとしてこの街から離れないのである。


「お、おうっ」

「早速ですがお仕事何がありますか? やっぱり最初は雑用とかですかね!!」

「きょ、きょうはえっと、おい」


完全に肩透かしを食らったマスターは、少女に愛想よく話しかけられて途端に挙動不審になり始めた。マスターは女性が苦手だ。特に若い女性は触ったら壊しそう、とへたれたことしか言わない。前言撤回。全然頼もしくなかった。まったくだめマスターである。

必死にアイコンタクトで助けを求めるマスターに代わって、私はマスターの前に出る。

この少女は冒険者ギルド、特にドラゴンキラーにあこがれてきたお姫様なのだろう。話し方や身のこなしから言っても、育ちの良さが感じられる。確かに冒険者の仕事の中にはドラゴン退治もあるが、そんなの今の平和なご時世じゃ、数年に1回ぐらいの頻度しかない。基本的に、冒険者ギルドは町からお金をもらって雑用をする組織なので、雑用が非常に多い。今日の仕事だって、魔物退治のような仕事は一つもないのだ。

このキラキラした白雪のようなお姫様に、そういった現実のつらさを教えてやろう。新雪に足を踏み入れてぐちゃぐちゃにするようなそんな悪意100%の気持ちで仕事を紹介することにした。

ひとまずきつくて汚い仕事がいいでしょう。いつもならどぶ攫いなのだけど……


「今日の依頼は、雪かきですね」


冒険者ギルドが街から受託している業務の一つに雪かきがある。面積当たりの出来高で報酬が払われるのだが、割はよくなくしかも重労働で人気のない仕事だ。いつもは暇をしているおっさんたちや、近所の子供を動員して処理している、本当の雑務である。南のほうにある帝国出身のお姫様はきっと雪かきのつらさなど知らないだろうから、現実を思い知らせるにはちょうどいい仕事だ。


「雪かきですか! すっごい積もってましたからね!! 大体膝ぐらいまで積もってたよ!!!」

「なかなかの量ですね。ただ、降るのは夜の間ということですし、もう大丈夫でしょう。そういえば、えっと」

「アンジェリーナです! アンジェと呼んでね!!!!」

「アンジェさんはどこにお泊りになっているんですか?」


冒険者ギルドにはどこも宿がついている。アンジェさんがうちのギルドの宿に泊まるつもりでここにきているならば、ちょっと面倒なことになる。うちの宿は向かいの建物で、部屋はまだ余っているが、住民は男性ばかりである。そんな男所帯にお姫様な彼女が住むのはちょっと辛いかもしれない。

日の出前に来たし、おそらくどこかに泊まっているのではないかと思うのだが、ホテルあたりだろうか。


「昨日は竜神教会で泊めてもらったよ。ご飯がおいしかったねぇ」

「教会ですか」

「子供たちと一緒に寝たんだけど、温かかったよ。子供たちはかわいいよね」


竜神教会は神父さん一人とお手伝いの人たちで運営されている小さい教会だ。ただ、孤児院を併設していたり、行き場のない人が止まれる部屋もあったりするので、寝泊まりは可能な場所である。神父さんが人格者なのも手伝って何かと弱者に頼りにされる場所だが、正直あまりきれいな場所ではない。このお姫様がそんなところに長くとどまれるのか、若干心配になる。


「それで、今日からはどうするんですか? うちのギルドの宿舎、部屋は開いていますが、男性ばかりですよ」

「宿舎も楽しそうだけど、ひとまず教会でしばらくお世話になるよ」

「あんまり神父さんに迷惑かけないようにして下さいよ。うちの評判にもかかわりますし」

「大丈夫大丈夫、神父さんもずっと居ていいですよ、っていってたし!!!」


それは単なる社交辞令というやつだと思うのだが…… 押しの強いアンジェさんに神父さんもたじたじなのではないか。迷惑をかけてないといいのだけれども。

そんな感じで私は依頼状況の手帳を確認しながら、彼女にデカい金属製の雪かきスコップを渡す。丈夫に作られている分ずっしりと重いスコップである。これで大量の雪を掬うと本当に重くなるので、使い方には結構コツがある。

嬉しそうにスコップを受け取るアンジェさんに、私は依頼の内容を告げる。


「報酬は場所によって変わりますが、ひとまずギルド前の広場をお願いします。1回500ゴールド。雪はゴミ捨て場が臨時の雪捨て場ですのでそこにお願いします。」

「了解だよ、あ、これ、預かっておいてね」


気軽に引き受けた彼女は、腰に帯びた剣を私に預け、質問も何もせずにスコップを担いで出ていった。





彼女が出ていくのを見送る。暖炉の中がぱちぱちと音を立てて燃えている。

彼女はどう考えても普通の人ではない。朝が弱くてめんどくさがり、基本私に全部丸投げのマスターが慌てて出てくるぐらいの人間だ。魔力とか気配とかを感じられない私にはわからないやばいオーラが出ていたのだろう。私から見たらただのポンコツの世間知らずにしか見えなかったが。


「それでマスター。彼女何者かわかる?」

「神龍族は人数が非常に少ない種族だ。外見年齢と名前から言って、現皇帝の娘、第一皇女のアンジェリーナしかおもいつかん。そんな大物が来るとは思えないのだが……」

「第一皇女って、どれくらい偉いの?」

「次期皇帝最有力とか一部では言われているな。兄がいるし、性別の問題もあるから普通は候補にも挙がらんのはずなのに、それでも兄を押しのけてでも皇帝になれるぐらい優秀と聞いているが……」


マスターの説明する皇女様というのは、今私が聞いただけでもすごいお方に思える。きっとお姫様然とした美しい人……というだけでは次期皇帝にはなれないだろうし、私の想像できないぐらいすごい人なのだろうと思う。

一方先ほどの少女を思い浮かべる。確かに見た目はすごくかわいかった。ふわふわだし、最初見た時に雪の妖精かと思うぐらい見た目がよかったのは確かである。でも喋り方はアホっぽいし、人の話は聞かないし、なんというか、単なるダメな子だった。どうしても同一人物とは思えない。


「いや、どう考えても頭おかしい格好した世間知らずのふわふわちゃんじゃない。別人じゃないの?」

「別の人間と思いたいがな。お前が受け取ったその剣、たぶん聖剣ドラゴンファングだ」

「え、これが? 無造作に置いていったけど」

「剣の持つ気が違い過ぎる。柄と鞘の形状からいってもそうだと思う。帝国にあると聞いていたが、そんなやばい聖剣持ち歩けるのなんて、やはり第一皇女ぐらいじゃないだろうか」


聖剣ドラゴンファングといえば私でも名前を聞いたことがある。いくつもの魔王退治の伝説に出てくるかなり有名な聖剣だ。物語に謳われる聖剣の中でも、一二を争うぐらい有名なものであり、その剣、天を貫き地を裂くともいわれる、すごくかっこいいやつである。剣には正直あまり興味がないが、物語が好きな私としても、ちょっと感動するぐらいの代物だ。

現在どこにあるかなんて言うことは、私は知らなかったが、帝国にあったのか。そうすると帝国の国宝とかなのか、と思いながらまじまじと見つめる。


「売ったら白銀堂のケーキいくつ買えるかな」

「その剣見てそういう感想が出てくるお前もたいがいだよ」


ギルドマスターはあきれたようにつぶやいた。




15分後、彼女はヴォルヴさんと一緒にギルドに帰ってきた。雪国に慣れていない人がやる雪かきの範囲としては、ギルド前の広場は広いため、15分でとても終わるとは思えない。さっそく根をあげたか、とも思ったのだがヴォルヴさんの様子を見るにどうやらそうでもないようだ。


「この嬢ちゃん、新入りなんだって? いやぁ、いい速さしてるぜ。そこの広場の雪かき、すごい勢いで終わらせたからな」

「そういうヴォルヴさんもいい速さしてるんでしょう? 次の場所で勝負しましょう!!」

「おう、いいぜ。雪かき一本、適当な場所のを頼む」


いつの間にヴォルヴさんと仲良くなったのか、二人して次の依頼を受けるようだ。

ヴォルヴさんは冒険者ギルドの最古参のひとりである。疾風の異名を持つ彼は、仕事が早くて正確、まじめなので信用もできる人なのだが、気に入らない相手をとことん嫌うので、気難しいと評判だ。特に若い女性が嫌いなようで、ヴォルヴさんが女性と話しているのなんて、奥さん以外には私ぐらいしか見たことがない。なんでこの20分たらずで仲良くなっているのかさっぱりわからない。

なんにしろ当ては外れたが、ちゃんと仕事をしてくれるなら問題ない。雪かきの依頼は結構消化が難しいのだ。誰もやってくれないとマスターと二人泣きそうになりながら雪かきする羽目になるのだから、やってくれるなら幸いである。ヴォルヴさんと一緒なら虚偽報告の心配や、仕事の出来が中途半端、なんてこともないだろう。ということで、次の地区を二人に割り振る。


「ではギルド前広場から大通りにつながる道の雪かきをお願いします。報酬は1000G。合計ですので一人500Gです」

「ヴォルヴさん!! 競争しましょう!! 道を半分に分けて、どっちが早く雪かきが終わるか勝負です!!」

「はっはっは、新入りに負けるほどこの疾風のヴォルヴは遅くないぞ! そうだな、嬢ちゃんが買ったら何でもおごってやろう!!」

「じゃあボクが勝ったらココアおごってくださいよ!! あまい奴! 絶対ですからね!!!」


ココアとは、最近この街で流行中の苦い飲み物である。薬効があるココアパウダーという粉を液体に溶かして作る飲み物であり、そのまま飲むには苦いが、甘い味付けをしたり、ホットワインに溶かしたりすると結構おいしい、この街の流行の飲み物だ。うちのギルドでも提供していて、糖蜜を入れた甘いのは1杯200Gである。彼女はヴォルヴさんにそれをたかろうとしているらしい。

騒ぎながら楽しそうに出ていく二人。彼女がすぐに根をあげるだろうと思っていたのだが、どうやらその推測はどうやら外れそうである。






15分ぐらいたって、日が昇ったころ、彼女がヴォルヴさんと、子供4人を連れてギルドに入ってきた。子供たちには見覚えがある。彼女が泊まったという教会の孤児院の子たちであった。


「嬢ちゃん、援軍はずるいだろー」

「人の力は偉大なのですよ、圧倒的にボクたちのほうが早かったでしょう? あ、えっと、受付ちゃん、甘いココア6つ、ヴォルヴさん持ちで」

「まったく、しかたねえなぁ」

「受付ちゃんではありません。エリスです」


子供たちを暖炉近くの椅子に座らせている彼女を尻目に暖炉で沸かしたお湯でココアパウダーと糖蜜を溶かし始める。値段は同じだがココアの分量はいつも私が適当に決めている。彼女含めたお子様たち向けだと苦いココアパウダー少な目でかわりに糖蜜多めの甘いココアがいいだろう。決してココアパウダーが高いのでケチったわけではない。


「それにしてもそいつらも早かったな、普通手伝わせると遊んじまうから余計遅くなったりするんだがな。何を仕込んだんだ?」

「単純に担当エリアをきめて、自分の範囲だけ頑張ってもらっただけですよ。わかりやすい目標と報酬があると人の仕事は早くなるんです。そうやって割り振って、あとは時間のかかる、雪捨て場から遠いところは私が雪を投げて対応すればいいわけです」

「子供なんてものの数じゃないと思ったのになぁ、戦略の差かよ」

「でもヴォルヴさんもすごい早かったですよ。1対1ではとてもかなう速度ではありませんでした」

「ははは、そうだろそうだろ。疾風の異名は伊達じゃないんだぜ」


楽しそうに話しているところにココアを置いていく。

それぞれココアを受け取り、おいしそうに飲む彼女と子供たち。一方ヴォルヴさんは一口口を付けると私を見てくる。ココアパウダーをケチっているのがばれたようだ。値段割り引くので許してくださいとアイコンタクトをすると、ヴォルヴさんも飲み始めた。許されたようだ。

この辺の経理は私に裁量があるし、ひとまずさっきの道の雪かき報酬と、ココア代を相殺ということにしておくべく、帳簿に書き込む。


「あ、受付ちゃん、次はどこ行けばいい? 大通り?」

「大通りはメンバーがそろってからでお願いします。そろそろ皆さんそろうでしょうし」

「ああ、報酬でもめないようにかな」


ギルドの報酬は、複数人で受注する場合は基本的に人数で頭割りである。昔はパーティに丸投げしていたそうだが、場合によっては殺し合いまでするぐらいもめることがあったため、現在は規則でそのように決められている。だが頭割りのため、途中参加がいるともめるのだ。だから途中参加を入れるわけにもいかず、かといって少人数で行かせてしまうと時間がかかり過ぎてしまう。範囲の広い場所はそのため人が集まるのを待つようにしている。


「この子たちはボクと一緒ってことで、報酬の数え方は一人分でいいから参加させてもいいよね?」

「いや、二人ぐらいはこっちによこせ。人を使うと楽なのはわかったからこっちにもほしい」


孤児院の子供たちも、冒険者ギルドには一応登録している。ただ、大人のメンバーと比べれば当然仕事量が少ないので、同じ仕事につけるのが難しい場面が多かった。それを考えると、お姫は子供たちをうまく使っているようだ。


「えー、でもヴォルヴさん顔怖いし、みんなお姉ちゃんと一緒がいいよね?」

「俺を手伝ったら終わった後にもう一杯ココアと、あとお菓子おごってやる」

「ああ!! なんでみんなそっち行くのー!! うらぎりものー!!!」


子供たちの取り合いを始めたヴォルヴさんと彼女。

顔が鋭いヴォルヴさんより丸っこい雰囲気の彼女のほうが子供受けがいいかと思っていたのだが、子供たちは簡単に物につられた。

あ、でも一番小さな女の子、リリーちゃんはアンジェさんにくっついている。やっぱりヴォルヴさんがこわいのかな、と思っていたら「ケーキでいいよ」といっていた。やり手のネゴシエーターだったようだ。





その後、彼女はギルドに出てきたメンバーであるベアさんと、手伝いに来てくれた八百屋のおじさんと一緒に大通りの雪かきに出ていった。

いつもなら、もう少し人を呼ぶのだが、今回はヴォルヴさんが大丈夫といっていたので大丈夫だろう。

マスターと私はギルドに残った。飲み終えたココアのカップを片付けていると、マスターがポツリと話し始めた。


「あれが帝国をまとめる奴らってことか。恐ろしいな」

「恐ろしい? どのへんが?」

「あの七面倒くさいヴォルヴとすぐ意気投合したり、孤児院の子たちとすぐ打ち解けたりするところがまず恐ろしいな。どういう人間観察眼をしていて、どういう立ち回りをしているんだか。それを自然とやっているか、わざとやっているかは知らんがな。人心掌握術という奴だろう」

「ふーん、まあ確かにすごいよね」


ヴォルヴさんがそこまでめんどくさいかどうかは私からは何とも言いにくい。あの人はまじめに仕事をする人が好きだ。そういうところをちゃんと抑えれば、打ち解けるのは難しくないような気もする。孤児院の子たちは、基本的に大人に不信感を持っているので、仲良くなるのは結構大変だ。私もあの子たちと仲良くなれるまでは時間がかかった。全体的に見ると、人と仲良くなるのがうまいというのは同意する。


「まあ、お前さんは流されにくいからな。気にするほどじゃないだろう。一応気に留めておいてくれ」

「はいはい、マスターのほうが心配だけどね」

「だから余計に気に留めておいてくれ」


マスターは結構情に流されやすいタイプだ。そして懐く年下に非常に弱い。すぐに懐柔されそうだな、と思ったが、きっとそのあたりも含めて私にそんな話をしたのだろう。

アンジェさんがどれだけギルドになじむかは知らないが、業務は業務で別である。特別に便宜を図ったりはするつもりもないし、ちゃんとやれるだろう。

外から雪かきをしている連中の楽しそうな声を聴きながら、私は自分用に入れたココアを飲み干した。糖蜜の入れすぎでちょっと甘すぎた。





結局彼女とヴォルヴさんが、雪かきのかなりの部分をこなして、午前中には雪かきが終わった。ただ、二人の報酬は、お菓子とケーキとココア代で消えていった。


「アンジェさん。報酬これだけになっちゃったけど」


私は暖炉の前に座るアンジェに清算した報酬の残り、150Gを渡す。正直これだけじゃ1食どころか、ココア1杯すら飲めない。やはりケーキを子供たち全員におごったのは勢いがよすぎたのではないか。あれだけで5000Gぐらい使っていた。


「いーのいーの。あの子たちに必要なのはね、溺れるぐらいの愛だから。それを物で買えるならやすいもんだよ~」

「そういうもんかな」

「そーそー。私はそれにお金持ちだしね」

「第一皇女様だもんね」

「あれ? そんな話までしたっけ?」

「マスターがそういってただけだよ」

「ふーん、じゃあこれも金持ちの道楽とか思う?」


一瞬暗い顔をするアンジェ。ああ、もしかして言葉選び失敗したかなーとか思わなくもないけど、このままだと面倒なので、ほっぺをつかんでぐにぐにと揉みしだく。


「にゃにするにょー」

「そんなにひねなくても。ちゃんと雪かきしてくれたみたいだし、子供たちのこともちゃんと考えてくれてるいい子だなーと思うよ。それ以上でもそれ以下でもないかな」

「にゃあなんれほっぺもむにょしゃー」

「いやー、なんかやわらかくて、やめられない止まらないなーって」

「はにゃしれー」

「えー、やだー」


案外こいつはこいつで苦労しているのだろう。そんな苦労知ったこっちゃないが、暗い顔されるのはやめてほしいので、存分にほっぺを揉みしだいてやるのだ。というかこいつのほっぺ柔らかくて気持ちよすぎである。しばらく揉みしだいてから離すと、不満そうな顔をしていた。無視して適当にソファに座るとアンジェは私の膝に当然のように横になった。解せぬ。


「ふん、受付ちゃんはほっぺ代として、しばらくボクの枕になるのだ」

「なんでそうなるのよ」

「私は皇女様だぞー、偉いんだぞー」


ぐりぐりと顔を私の太ももに押し付けてくる。まあ、しょうがないと思いながら頭をなでていると、アンジェはうつぶせの体勢のまま、寝始めた。このままだと仕事にならないので、代わりにクッションを彼女の下に置いて私はそっと抜け出した。

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