chapter.100 開かれる次元の扉

 ヤマダ・アラシ──最初の真道歩駆──は次元と時空の狭間にいた。


 不老不死の肉体は完全に消滅せど魂だけの存在となり《ゼノン》のコクピットであった卵棺(コフィンエッグ)の中で息を潜めていた。


「……まだ、終わらない。俺は、俺が世界を救うんだァ……こんどこそ、この手で……そうすれば、きっと、必ず、俺を…………」


「この揺り籠が次の世界に行くことはないわ」

 背後に突如、現れたのはジャイロスフィア・ミナヅキの戦いでヤマダに殺されたはずの虹浦愛流だった。


「何を驚いているのよ? ゼノンって機体は魂を集めて強くなるSVなんでしょ。当然、私だっているに決まってるじゃない」

 愛流は卵棺(コフィンエッグ)を愛おしそうに撫でながら言う。


「可哀想なあーくん……貴方の物語はここで終わってしまうなんて絶望的ね」

「俺を、そのアダ名で呼ぶなァ! 俺をそう呼んで良いのはァ……言い、のは…………ァァ」

 ヤマダの言葉が詰まる。

 思い出される“記憶の少女”についてはヤマダにとっては百年も前に起こしてしまった出来事だった。


「こうして触れていると解る。彼女は貴方にとって生きている意味の全てだったのね」


「うるさい……! も、もう一度だァ…………俺はこの力、次元を改変する能力を手に入れたんだァ! 今度こそ礼奈も、ゴーアルターも、何もかも全て俺が…………!」

「じゃあ、どうして貴方は観測者になったの?」

 卵棺(コフィンエッグ)の中を覗き込み質問する愛流。


「貴方は楽しんでいただけ。世界を救ってしまえばそれで終わり。だから自分は引っ込んで、戦いを眺めるだけ眺めて、邪魔をする」

「…………」

「もう、終わりね。貴方が物語を紡ぐことも、新たな世界に行くこともない……!」

 愛流は卵棺(コフィンエッグ)に繋がれたコードを力任せに無理矢理、引き抜くと中のヤマダの魂は輝きを失った。



 ◆◇◆◇◆



 砂の大地に静寂が訪れる。

 長きに渡る苦しい戦いがようやく終わり、真道歩駆は渚礼奈を胸に抱き締め泣いていた。

 

「…………礼奈……」

 次なる世界へと繋がる“扉”の前で歩駆は嗚咽混じりに礼奈の名前を呼ぶしか出来なかった。

 礼奈の謝罪。再会の喜びと感謝の言葉。

 これまであった戦いの日々。ずっと言いたかった事。言えなかった事。

 いざこうして目の前に礼奈と向かいあってみると、考えていた言葉が全て頭から消え去ってしまい真っ白になる。

 そんな歩駆を察して礼奈もそっと頭を撫でて慰める。


「………………あ……歩駆? ねぇ、もういいでしょ歩駆。ちょっと離れて恥ずかしい……!」

 歩駆の肩越しに四人の視線と目が合い礼奈は赤面する。


「み、皆が見てるから! もう、あーくんーっ!」

 パタパタと背中を叩くが歩駆は礼奈を放そうとしない。

 そんな二人を見詰めるマコト、ガイ、トウコ、マモルの四人。


「人の大活躍を横から奪った挙げ句、大胆なことしてくれるよねぇ真道くん」

「なんだァ、マコト? 羨ましいのか?」

「マコトちゃんも素直じゃないですよね本当に」

「うるさいわね! 別に私はそんなこと思ってないんだからっ!」

 マコトも顔を真っ赤させ怒るとガイとトウコを追い掛ける。

 楽しそうな両者の間に挟まれて、マモルは少し疎外感を感じてしまって座り込む。


「いいんだ……ボクは歩駆が幸せならね」

 自分に納得させしばらく二組を眺めていると、不穏な空気を感じてマモルは立ち上がる。

 そびえ立つ次元の門の前に一人の男が忽然と現れた。

 その男はイザ・エヒト。

 ゆっくりとしたテンポで勝者を称えるように拍手をした。


「“二人とも”よくここまで頑張りましたね。これで神の使いである僕の役目もようやく終わりそうです」

「あんた……本当に一体なんなの? あんたが本当の黒幕ってわけ?」

 マコトが訝しげ言う。


「黒幕だなんて……僕は一貫して語り部、観測者として事態を見守っていただけ、でした。この場に来たからには決めねばなりません。さぁ、決着をつけてください。ソウルダウトで世界を創造するのはどちらですか?!」

 マコトと歩駆を顔を交互に見ながらイザは問い掛けるが、二人は黙って何も答えない。


「ひとつ質問しても良いですか?」

 沈黙の中、手を上げるのはトウコだ。


「許可します」

「ありがとうございます。では、私たちがいた世界……今の2101年の地球に帰して欲しいと言うのは無理なのですか?」

「それは出来ません。正しくは“イヤ”です」

「あぁそう……なら、あんたをぶん殴っても文句は言えないわけだ」

 イザの否定的な言葉に噛みつくマコト。


「まぁまぁ落ち着いて」

 袖を捲って殴る準備万端のマコトをイザは宥める。


「ボクたち一緒に次の世界に行くってことは駄目なの?」

 今度はマモルが質問する。


「剣に込める思いは一つだけ。真道歩駆、サナナギ・マコト……二人の意思が同じと言うならそれも出来るでしょう……しかし、ヤマダ・アラシの残した問題も片付いていません」

 イザは“扉”に向かい手をかざす。

 すると砂の大地を震わせるほどの音を響かせながら“扉”はゆっくりと開かれていく。


「この次元の全てのイミテイトを吸収した今のゴーアルターの力なら真道歩駆の望む世界になるでしょう。しかし、サナナギ・マコト……貴方が次の世界を創造すればその問題も引き継ぐことになる。ゴーアルターは擬神となって人類の脅威となり立ちはだかる……」

 そして“扉”が完全に開ききった時、歩駆たちの身体がふわりと浮き上がって“扉”の中へ吸い込まれていった。


 ◇◆◇◆◇


 意識が一瞬、飛んで気が付くと歩駆はいつの間にか《ゴーアルター》のコクピットにいた。


「…………礼奈、マモル!?」

 操縦席の後ろを振り返ると二人は意識を失い、ぐったりと横たわっていた。

 呼吸はしているようで歩駆は安堵する。


「……ここは真芯市の……いや違う、ここは」

 前方に見える景色に見覚えがある。

 2030年代の建物に懐かしく思えたが、よく見ると町の一部分が切り取られたかのように宙へ浮いていた。

 歩駆と《ゴーアルター》が立つ浮島は、かつて歩駆が通っていた学校である。


「……ここから全てが始まった」

 学園祭の派手な飾り付けやポスターが至るところに貼り出されるも、人気のない校舎を眺めて操縦桿を握る手に力が入る。

 さらに周辺を移動しながら見渡すと直ぐ隣の浮島で巨大なビルの前に佇んでいる《ゴッドグレイツ》を発見した。


『次元を安定させる為には決めなくてはならない』

 頭に直接、響いてくる声を感じ取り《ゴーアルター》と《ゴッドグレイツ》は異次元の空を見上げた。

 銀色の鍵。

 イザ・エヒトの操る《ソウルダウト》だ。


「勝手な事ばかり言ってんじゃねえ!」

 歩駆の叫びと共に《ゴーアルター》の目が閃光し、虹色のレーザーが迸る。

 しかし、レーザーが《ソウルダウト》を貫くことはなく通過する。


『運命です』

「それが勝手だと言ってるんだよっ!! 俺の運命は俺が決める!」

『あなた方ならきっと乗り越えられるはず』

 そう言って《ソウルダウト》は人型から鍵の形に変形すると左右に分離した。


『受け取りなさい』

 二つに分かれた《ソウルダウト》の剣先が《ゴーアルター》と《ゴッドグレイツ》に向かい、避ける暇もなく胸に突き刺さる。

 だが、それは攻撃ではなかった。

 痛みは全く感じず、体内に吸い込まれるようにして《ソウルダウト》は両機と融合した。


「な、何をした?!」

『時間は限られていますよ……ごらんなさい』

 嫌な予感を感じて歩駆はゆっくり背後を確認する。


「……き、汚え…………汚えぞ、てめェ!!」

 歩駆が見たものは礼奈とマモルの身体が光り半透明となっていた。

 苦しいうめき声を上げ、足先から少しずつ消失しているようだった。


『さぁ始めましょう。模造(イミテイト)では描けない物語の結末を!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る