chapter.98 生命の尊厳

「くっくっくっ……はァーっはァっはァっはァー!! ここまで来たのは誉めてやる、なァんて言うとでも思ったかァ? 全ては筋書き通りに進んだァ。 この次期世界の主人公たるこの機体には勝てるわけないわなァ!」

 ヤマダの高笑いが《ドラグゼノン》の内部に出来たコクピットに響き渡る。


 攻撃を全てを弾き飛ばす《ドラグゼノン》が放った鈍色(にびいろ)のオーラは《ゴーアルター》と《ゴッドグレイツ》の接近を一切、許さない。

 モヤのように漂うオーラは時折、不規則なタイミングでレーザーが発射される。

 そのタイミングを読むことが出来ず、気付けば戦艦クィーンルナティクスや仲間たちのSVはみるみる内に撃ち落とされ、マコトは阻止することが出来なかった。

 それは歩駆が味方を庇わないと知ってヤマダが攻撃しているのだ、とマコトが気付くのが一歩遅かった。


「……ルナティクス、応答して!? イイちゃん、聞こえてる?!」

 母艦へと通信を送るが返事がない。

 先程までは地面の砂上に墜落していたのを確認したが、その痕跡がいつのまにか消えている。

 注意深く《ドラグゼノン》のレーザーを観察しているが、墜落した後の戦艦クィーンルナティクスに向かったというのは確認していない。


「ちィっちっちっ、 無駄さァ! 既に奴等はこの“次元の最果て”から消え去ったようだァ。次は生き残れる生物に転生できるといいなァ?!」

「くっ、よくも皆をッ!!」

 皆を消されたマコトの怒りで激しく燃え上がる《ゴッドグレイツ》が《ドラグゼノン》へ立ち向かう。

 振るった炎の一撃は《ドラグゼノン》のオーラの中を強引に突破し、目前まで迫った《ゴッドグレイツ》だったが、ここで違和感を感じた。

 しかし、その一瞬の思考停止が隙になり横から《ドラグゼノン》が振りかぶった尻尾に気付けず《ゴッドグレイツ》は彼方まで吹き飛ばされた。


「ぐっ、くぅぅぅ…………なんなの、アイツ?! パワーもスピードもどんどん上がってる気がする……しかも、なんかデカくなってるじゃん!?」

 背部の大型スラスターで逆噴射を掛けてながら勢いを殺し《ゴッドグレイツ》は減速すると体勢を立て直す。


「気がするってレベルではないですよマコトちゃん。確実に敵の能力は確実に上昇しています」

 弱点を探るため戦いながらデータを取っていたトウコは画面に詳細を映した。


「ゴッドグレイツの約二倍の大きさのゴーアルターより更に巨大なあのドラグゼノン。この空間に到着した時と現在の大きさを比べると……そうですね、500メートルはあると思います」

「……それで、そんなドラグゼノンが小さく見える山のように大きなあの扉はなんだってーのよ!」

 急いで“扉”前まで戻ろうと《ドラグゼノン》の姿を正面に眺めながら飛行する《ゴッドグレイツ》のマコトは愚痴を溢す。

 一体どれだけの距離を吹き飛ばされたのか、どこまでも真っ白な背景に覆われた世界では距離感が狂って、最高速で近付いているのに近付いてないように感じた。


「マコト、もう音(ね)を上げるのか? 俺に操縦を変わってやってもいいんだぞ」

 と、ガイは呟く。

 元はガイの愛機であり今や胴体だけとなっていた《ブラックX》は《ゴッドグレイツ》に吸収されて背面に出来た第二のコクピットと化していた。


「冗談言わないで。私がやる……だって、相手が父さんなんだもん」

 マコトは《ゴッドグレイツ》を通して《ドラグゼノン》から感じる父・ユウシの存在が気になっていた。

 三人の魂が混在する《ドラグゼノン》で大きな邪念を放つヤマダと、ヤマダの意思に塞がれて感情が読めない渚礼奈。

 そんな中で父だけが優しくも厳しいような不思議な感覚をマコトは受け取ったのだ。


「父を越えろ、多分そんな気がする。だったらそれに答えてやるまでだよ」

 勘違いでないことを祈り、マコトの《ゴッドグレイツ》は弾丸の如く飛行スピードを加速させる。


「………………おい、マコト! 良い考えがある、耳を貸せ!」

「トウちゃ……オボロちゃん?! 急に何?!」

 突然、入れ替わったトウコ──中身はオボロ──がマコトに耳打ちをする。


「……そんなこと出来るの? それにオボロちゃんが……」

「この魂がフワフワしている今だからこそさ。さぁ時間がないぞ、やってくれ!」

「…………わかった! 父さんを、お願いね」

 オボロからの提案を飲み、決心するマコト。

 精神を集中させ生み出した渾身の火焔弾を《ゴッドグレイツ》は思いきり投げ放った。


 ◇◆◇◆◇


「ふふふ……魔神はままだだやる気みたいだが、なァ?」

 ヤマダは《ドラグゼノン》の目を通して《ゴーアルター》を見詰める。

 エネルギーを溜める《ゴーアルター》の全身から放たれた閃光が拡散して《ドラグゼノン》にビーム弾の雨が降り注ぐ。

 障壁となっているオーラを突破して《ドラグゼノン》の装甲に傷を付けるも、蚊に刺されたようなレベルであった。


「あそこ行けそうだよ、歩駆?!」

「ヤマダ・アラシ!」

 マモルが指を指したオーラ障壁の薄くなった所を突き破って中に入り《ゴーアルター》が向かったのは《ドラグゼノン》の背だ。

 超巨大化した《ドラグゼノン》であったが背ビレに下半身だけ埋まった《ゼノン》本体のサイズはそのままである。


「オーラを突破したのは誉めてやろう……だが少年、最初に言ったはずだァ!」

「うるせぇ! 一度はお前を倒したんだ。今度こそやられてろ!」

 背後から《ゴーアルター》は《ドラグゼノン》の頭部から吹き出した漆黒の火炎ブレスを浴びる。


「あ、熱く……ねえんだよ!!」

 地獄のような業火に機体を通して背を焼かれながらも、やせ我慢する歩駆の《ゴーアルター》は頭を《ゼノン》の額にぶつける。

 そこは礼奈の捕らわれているクリスタル状のコクピットだった。


「礼奈! 俺だ、歩駆だっ! 俺はずっとお前の気持ちを考えずに勝手な行動ばかりしてきた。それについては本当に申し訳ないと思っている。すまないの一言で済む話じゃないのはわかってる。でも、何でヤマダの側に付く必要がある? 何が不満だ? これ以上、俺に何をして欲しいんだ? 教えてくれよ、礼奈!!」

 こだまする歩駆の叫びに《ゼノン》の中の礼奈の表情は不機嫌な様子で睨んでいる。


「あァー!! もう本当にツマラナイんだよ少年ンン!! 君は愛想を尽かされてしまったのさァ! 彼女の心はもう君を向いてなんかいないんだァ!!」

 黙る礼奈の声を代弁するヤマダ。


「お前に礼奈の何がわかる?!」

「わかるさァ。彼女が《ゼノン》を操っているということ……この機体は三代目ニジウラ・セイルやその信者たち、他にも散っていった皆の命を吸って動いている」

「お前が元凶で、死んでいった人達だろうが!!」

「そう。だから、渚礼奈には背負ってもらう。この“真道歩駆ゼロ”の罪を償うために、次こそは人類を脅威から救う世界の救世主になってもらわないといけないんだよなァ」

 埋まる《ゼノン》を引き抜こうと引っ張り上げる《ゴーアルター》に向かって《ドラグゼノン》のオーラレーザーが降り注いだ。

 しかし、全身に直撃をくらいながらも《ゴーアルター》は全く怯まない。


「さあ、これでトドメを……」

 しぶとい《ゴーアルター》を仕留めようと《ドラグゼノン》の口が開かれ、食い千切ろう頭を下げた。

 その瞬間、一発の火焔弾が《ドラグゼノン》の頭を直撃して爆裂した。


「ふん、あんな遠いところからまぐれ当たりというわけだァ」

 攻撃の出所は遥か彼方。肉眼では豆粒にしか見えない距離の《ゴッドグレイツ》からである。

 黒い煙を上げる《ドラグゼノン》だったが、派手な爆発の割りにダメージはそれほどでもなくヤマダは拍子抜けした。


「全く、しつこい奴は嫌われるんだよなァ」

「お前が言うな!」

 《ゴーアルター》だったが《ゼノン》を一向に取り上げることは出来ない。逆に《ゼノン》の身体は更に沈んでいくようだった。

 

「少年、君は本当に見所のない人間だったァ。昔の自分を見ているようで腹が立つ。だから君には取って置きの世界にご招待しよう」

 パチン、とヤマダが指を鳴らすと《ゴーアルター》の背後に異空間への穴が開くと大量の手が飛び出した。


「また冥王星に帰るがいい! さらばだ、真道歩駆のデキソコナイ! そこで一生、終わることのない戦いに明け暮れるが良いさァァーッ!」

 叫ぶヤマダ。

 おぞましい形をした手の正体は異空間の牢獄でさ迷う《擬神》だ。

 礼奈を救うことに夢中で無防備な《ゴーアルター》の身体中に絡み付く。

 抵抗する暇もなく引きずり込むと、異空間の穴は閉じられてしまった。



 ◆◇◆◇◆



 果てなき白い世界から一変、暗闇の世界に閉じ込められた《ゴーアルター》と歩駆たち。

 自分の姿すら見ることの出来ない漆黒の空間に歩駆の心は溶け出してしまいそうになっていた。


 ──あ……さん……ある……さ……歩駆さん!


 そこへ一筋の光と共に声が歩駆の頭の中に響いた。

 消えかかる意識をはっきりと保ちながら声のする方へ歩駆は飛ぶ。


 ──歩駆さん、聞いてください。擬神は敵じゃありません。


「その声は……マナミ、なのか?!」


 闇に浮かぶその人はマナミ・アイゼン。


 冥王星の戦いで歩駆たちを地球へ向かわせるため単身で《擬神》の大群に立ち向かった月の防衛騎士団長だ。


 ──私の魂は今、彼らと融合しています。だからこそすべてがわかったんです。


「何を言ってる!? やっぱりここは冥王星なのか?!」


 ──そうですが違います。ここは彼らの胎内。私も彼らと一体化しているのです。


「胎内?」


 ──擬神は、イミテイトは、生命のなりそこねた存在なんかじゃありません。彼らだって生まれ変わりたかった。そうなったのも、この繰り返される世界のせいなんです。


「なりそこね……そうだ、ヤマダ・アラシだ! 俺は早く、あそこに戻らなきゃいけないんだよ!」


 ──だから歩駆さん、受け取ってほしいんです。変われなかった彼らの代わりに、この力を、尊厳を……終わらない輪廻を断ち切ってください。


 歩駆の周囲を覆っていた闇が一斉に晴れた。


 広がる無数の光点が《ゴーアルター》を照らす。

 それは全て生命の光。

 次なる生命へと転生することが出来なかった彼らの魂が《ゴーアルター》に注がれていき、新たな姿へと“進化”した。

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