chapter.62 失われたメモリー
「この距離から狙えるか?!」
「自信がないなら止めておけ、レーナ様に当たるだろ」
「あの小僧、人一人を背負ってあの早さはなんだ?」
「くそ、地球の重力には馴れねぇな」
廊下を通行する統連軍人を押し退けながら、月のSP達は月の女神レーナを誘拐したマモリを必死に追跡するが、一向に捕らえる事が出来なかった。
「鬼ごっこは得意なんだ! 捕まえられるものなら捕まえてみろー!」
SP達を煽るマモリ。
肩に人を抱えるハンデを背負った子供相手に、訓練を受けた大人四人が本気を出しての追いかけっこ。
舌を出して挑発するマモリが通路の曲がり角に消え、数秒遅れてSP達は後を追うと、そこにマモリの姿は何処にも見えなくなっていた。
複数の扉がある一本道の廊下。そこに居たのは、掃除道具の入った大きなカートとモップ掛けをする清掃員の女性が一人。
「アンタ、ここに女の子が走って来なかった?!」
「女の子? さぁ……ずっと下を見ていたもので何も」
「チッ、何処かの部屋に入ったのか?」
「まだ遠くへは行ってないはずだぞ、くまなく探せ! このままでは解雇処分じゃ済まないぞ」
◇◆◇◆◇
「…………気付いて……ないね?」
穴を開けたゴミ袋の隙間から周囲を確認しながら小声でマモリは言う。
清掃員の引くカートがドタバタと騒ぐSPの横をノロノロと通り過ぎた。
姿を消したように見せたマモリ達は、とっさに清掃カートの中に隠れていたのだ。
「……ちょうど掃除前でよかったぁ。おばちゃん、ありがとね」
「あいよ。どこのお偉いさんの子か知らないけども、こんなところでかくれんぼなんて駄目だよ?」
「ほーい! 行くよ、れーちゃん!」
SPから遠ざかったの確認するとカートから飛び出し、マモリたちは清掃員に挨拶をして走り出した。
「あ、あの……待ってください」
「逢いたかったんだよ。マモリ思い出したんだ、れーちゃんを助けられなかったこと」
マモリにとってレーナ──渚礼奈──は地球で出来たもう一人の母だ。
記憶を無くし、成長もしない奇妙な自分を我が子のように世話をしてくれた。
「今度は離さない。マモリがれーちゃんを守るんだ。それでお母さんも」
「止まって、止まってください……い、息が」
マモリのハイペースで走るには体力が続かず、レーナは呼吸を整えるため立ち止まった。
「あの、誰かと勘違いしていませんですか?」
「何で? れーちゃんのこと、マモリが間違えるわけないよ」
「私の名前はレーナです」
「違うよ、れーちゃんは渚礼奈だよ?」
互いに困惑するマモリとレーナ。
「いいえ、私はレーナ・ルミエルです。月の女神と人は私を呼びますが、世界の行く末を憂う、ただの観測者にすぎません」
「…………何を言ってるの? もしかしてアイツらに洗脳されたの?!」
レーナの額に手を当てるマモリ。それは熱を測る時にするものだ。
「私は私です。私の意思で月と地球の和平を結びにやってきました」
「れーちゃんはそんなこと言わないよ!?」
「何なんですか? 先程の赤い眼鏡の方といい……赤い、眼鏡……うっ」
頭に鋭い痛みがレーナを襲う。
自分の中の記憶に見知らぬ少年が浮かび上がる。
それが忘れかけていた大事な記憶であるように思えたが、黒い靄が少年との記憶の光景を覆ってしまい、どうしても思い出すことができない。
「れーちゃんは、れーちゃんだよ! ほら、よく思い出してよ!」
壁にもたれ倒れそうになるレーナに寄り添い、マモリは呼び掛ける。
その時、地響きのような音と共に建物がハゲシク揺れ動いた。
「……来ます。異次元の彼方より災いを運ぶ来訪者が」
◆◇◆◇◆
「一体なに事だ?!」
「上空より高エネルギー反応を確認。これはネオIDEALで観測された物と同じ現象です」
管制室のオペレータが慌ててやってきた司令のイシズエに報告すると大型モニターに外の映像が流れた。
雲一つ無い青空が大きな裂け目が現れる。
裂け目の中から何の先端が見えたかと思えば、その巨大な物体は一瞬にして滑り落ちて海中に落下した。
「どうなった……? 何が出てきた?」
いつの間にか裂け目は消え去り、大きな津波が海上基地の防波堤の高さを越えて襲う。
「怪物体、海面に出ます!」
波しぶきを上げて飛び出す金色の巨大怪物。
長い尻尾に背中に映えた鋭利な背ビレは一見、魚のような姿形をしているが、その頭部は虎のような野獣の相貌をしている。
「あれも……擬神なのか?」
イシズエは呆然とモニター画面を見つめる。
その姿は一部地域で有名な城の屋根に装飾される《鯱鉾》のようだった。
『イシズエ司令』
映像が切り替わり、現れたのは織田ユーリ・ヴァールハイトだ。
「こ、これは織田代表?!」
『くれぐれもクィーンルナティックに傷を付けないでもらいたい。地球と月の友好の為にね』
「もちろんですとも! 必ずや敵を倒して見せますっ!」
『期待してるよ』
ペコペコと頭を下げるイシズエを見て、笑みを浮かべるーリからの通信は終わった。
「…………ふん、月の小娘風情が……各機、正体不明の怪物体を殲滅せよ! この基地に一歩たりとも近付かせるなよ!」
小声で悪態をつきながら、イシズエは命令を下した。
◇◆◇◆◇
「こっちかも……急いで、れーちゃん」
迷いに迷って辿り着いたのは戦艦の停泊するドックだった。
「敵がやって来てるんだ! すぐ機体を出せるように急ぎな!」
よく通る大きな女性の声が聞こえる。
一隻の戦艦が後方ハッチが開け放たれているのを見付けてマモリたちは向かうと、そこにマモリがよく知る人物がいた。
「あら、マモリじゃない? 危ないよ、こんなところにいちゃ……って、もしかしてその人、ナギサ・レイナ?」
突然の出撃に慌てて作業する整備士たちをテキパキと指示する年配のベテラン備整備士長のナカライ・ヨシカだ。
「なんで月にいるはずの子がこんなところにいるの?!」
「わ、私は……」
「今は説明してる暇なんてないの! ヨシカちゃん、乗れるSV貸して!」
「マモリが? 駄目に決まってるでしょ?! 子供の玩具じゃないんだから」
「敵が来てるんでしょ? マモリやれるもん!」
「それよりもマコっちゃん達を呼んできて。いつでも発進できるから……ほら、そこ口よりも手を動かす!」
適当にあしらわれ仕事に戻るヨシカ。
残されたマモリは頬を膨らませ地団駄を踏んだ。
「もういいよ! ……あれは」
何か乗れそうなSVはないかと振り向くマモリの目線の先に赤い魔神、マコトの《ジーオッド》が見詰めていた。
嫌な過去の記憶がフラッシュバックする。自分が記憶を失う切っ掛けになった忌むべきマシンだ。
づかづかと近付いて睨み返して一発、装甲に蹴りを入れるマモリは、その隣に佇む《Zアーク》に目をつける。
いち早く連絡の付いたトウコの到着を待っていた為、コクピットは開かれていた。
「アレ借りてくよ! ヨシカちゃん、れーちゃんを頼むね!?」
「……え、あ、ちょっと待って! 待ちなさい、マモリ?!」
ヨシカの制止を無視してマモリが搭乗する《Zアーク》は外の《擬神》を倒すために動き出した。
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