王太子様のお散歩

流花@ルカ

第1話 自己否定型令嬢の場合

その日彼は執務の合間の日課の散歩に出た。

ふと、気が向いたので今日は後宮の庭でも見てみようかと足を延ばす。

春を感じさせる陽気の中、色とりどりの花を見ながら執務の疲れを癒してるとなにやら騒がしい声が聞こえてくる。


「またあなたなの! いつもこれ見よがしにみすぼらしい恰好でうろついて後宮をなんだとおもってるのよ!」


「いえ…私そんなつもりじゃ…」


「そんなつもりじゃなきゃどういうつもりなのよ! たとえあなたが裕福な生まれじゃなかったとしても後宮に入った時にきちんとそれなりの支度金が支給されるはずでしょ!」


「そ…それはたしかに頂きましたが私なんかのドレスのために使うなど恐れ多くて…」


「はぁ!? なにをいってるの貴女、ここは後宮なのよ! 王宮の中にある『王や王太子様』のための場所なの! 着飾るのは自分の為だけじゃなくて王族の品位を落とさない為にきまってるでしょうが!

とにかく、今後もその考えを改められないならメイドか下働きでもなさったらいかが!」

そう言い残すと騒いでいた令嬢はいなくなったようだ。


 好奇心にかられてそうっと声がしていた方へ近寄ってみると、花々に囲まれて1人うなだれている令嬢が涙をこぼしていた。

その令嬢を観察してみると、確かに容姿自体は美しいが、その令嬢の恰好はとても後宮にふさわしい物とは思えない。

女官やメイドのお仕着せとはまた違うが、地味な色の質素なワンピースのようなものを身に着け、装飾も皆無なので流石に場違いと指摘されても文句は言えないだろう。

 

彼は少し興味を覚えて話しかけてみることにした。


「ねぇ。」

令嬢はその声を聴きビクリを身を震わせる。


「えっ!? だ…誰かいるの?」

キョロキョロと落ち着きなく令嬢があたりを見回すと木陰から近づいてくる人物が見えた。


「うん。ゴメンね、聞くつもりじゃなかったんだけど散歩して通りかかったら聞こえちゃってさ」

そういいながら彼は令嬢の近くまで歩いていく。


その姿を見て令嬢は驚きながら

「あ…貴方様はもしや王太子様では…。」

と慌てて彼に礼をとる。


「そんなにかしこまらなくていいよ、誰もいないし僕は気楽に話してほしいな。」

ニコリと屈託のない笑顔で話しかける。 


「いえ!?そんな恐れ多いことなどとてもできません…」

令嬢は蒼白になって横に首を振る。


「まぁまぁ、そんなこと言わないでさっきの話きかせて?」

そういいながらビクビクと震えている令嬢を近くのベンチへと座らせ自分も横に座った。


「ところで君、もしかして平民なのかな? あ、別に平民でも後宮に入る女性自体は珍しくはないけどちょっと気になってね?」

小首をかしげながら令嬢に問いかける。


令嬢は手に持っていたハンカチを握りしめ、震えながらも少しづつ話し始めた。


「はい。幼いころに両親を村で起きた大きな事故で亡くしまして、その時、たまたま領地の視察に一緒にいらしていた、領主様に同行されていたお嬢様と村で色々お話ししているうちに気に入られまして、それ以来ずっとお屋敷でお嬢様の身の回りのお世話などをさせていただいておりました。」

と、遠慮がちに令嬢はポツポツと話続ける。


「本当は、この後宮へはそのお嬢様が入られる予定だったのですが、お嬢様本人が大変嫌がられまして…お嬢様を溺愛されていらっしゃる領主様も、『無理強いはしたくない』とおっしゃいまして…どうしても領地から後宮へ娘を出さねばならない事に頭を悩ませた領主様に、お嬢様が『ならば代わりにこの娘を』と領主様に、私を後宮へ行かせたいと説得を始められまして…私自身も幼少よりお世話になった恩返しになればとここへ来ることを決意いたしました…」


「へぇー大変だねぇ。 まぁそう言われたら普通断れないもんね」

王太子は興味深そうに話を聞いている。


「いえ! 私も納得して参りましたので後悔してるわけではありません。」

令嬢はフルフルと首を横に振った。


「ならなんでそんな恰好してるの? てっきり『無理強いした領主への恨みを晴らしたい』っていう意味でもあるのかとおもったよ。」

王子は目を見開いて令嬢に問いかける。


「そっ!そんなめっそうもありません!? 領主様には後宮に入るときに沢山綺麗なドレスやアクセサリーもいただきました! けど…私のようなものが綺麗なドレスを着ても似合いませんし、汚してしまってはと、恐れ多くてとても着る気分になれなくて…」

令嬢は指が白くなるほどハンカチを握りしめながらうなだれる。


それを見ながら王太子はちょっと眉をひそめる


「うーん…。 それは平民としては正しいのかもね、でもさっきの騒がしい令嬢もいってた通りここは後宮なんだよね。 その意味は分かるかな?」


令嬢は俯きながら


「申し訳ありません…良くわからないです。」

令嬢はますます深くうなだれてしまう。


「そっか…まぁしょうがないよね。 君後宮向いてなさそうだし」

王太子は苦笑する。


「そう…ですよね…。 本当は自分でもわかってるんです、こういう華やかな場所にいること自体間違いだって。 もっと普通の生活ができたら幸せなんだろうな…。」


令嬢はまた涙をこぼしながらそっとため息をつく。


それを見ていた王太子は令嬢に向き直り両肩に手を置いた。

「もし僕がその願いを叶えてあげるって言ったらどうする? もちろん、それを叶えてあげたとしても君がお世話になったっていう領主に迷惑はかからないよ。 君は領主の願い通り後宮に入ったんだからね! それに、別に王族の寵愛を貰えなんて言われてないんでしょ?」

ニコニコと笑顔で聞く王太子に、令嬢はハッと顔をあげて


「ほ…本当に? 確かに領主様には、後宮に入る以外は何も言われておりませんが

私ここから出てもいいんでしょうか…」

令嬢は不安そうに王太子に問いかける。


「もちろん!というか後宮自体は希望制だから嫌ならでていっても罰せられることなんてないよ?」

不思議そうな顔で皇太子は答えた。


「えぇっ!? そうなんですか!?」


「あぁ 知らなかったんだね。 

この国の後宮は、まぁいってしまえば『王族の男子のお見合い場所』みたいなものなんだよ、ここで気に入られた女性は王族それぞれの住む宮に連れていかれるんだ。 そうなったら出るのは無理だけどここにいる状態ならまだ出られるんだよ」

まるでイタズラが成功したかのように王太子は満面の笑みで令嬢を見た。


「そうだったのですか…わたし……私ここから出たいです!」

しばらく考え込んでいた令嬢は、意を決したように王太子に宣言した。

それを見た王太子は深く頷き

「分かったよ。君の幸せ応援してあげる。 手続きや領主への通達、…あぁそれとドレスやアクセサリーは持っていけないだろうし僕がちゃんと換金して、ここから出る時に渡すからそれを持って元気に頑張ってね!」


「王太子様…この御恩一生忘れません…なんて感謝申し上げたらいいのか…」

令嬢は、泣きすぎて赤くなった顔を上げて立ち上がり、深々と王太子に礼をとる。


「気にしないでいいよ! 市井に降りたらきっといろんな事が君を待ってるだろうけど強く生きてね」

王太子は礼をとる令嬢の頭をポンポンと軽くたたきながら言う。


「はい!」

晴れやかな笑顔になった令嬢をしばらく見送ったあと、気分よく彼も執務に戻ることにした。






* * *



 トントンと執務室の扉をノックする音が響く

「どうぞー」

と王太子が答えた。

「失礼いたします」

と王太子筆頭侍従が執務室へと入ってきた。


「あぁ もしかしてしばらく前に頼んでた例の後宮の令嬢の件かな?」

「はい。本日はその件でご報告にあがりました。」

侍従は報告書をうやうやしく王太子へと渡す。

王太子は受け取った報告書をめくりながら侍従へと聞く


「で? 様子は?」


「特にお体に不調は見えないとのことなので、お元気なのではないかと」


「ふーん。 まぁ頑張ってるならそれでいいんじゃないかな、本人が希望した市井での生活だろうし」


「娼婦としての生活が幸せなのかは 分かりかねますが」

侍従は苦笑する。

「そういうものなの?」

報告書から顔を上げ、キョトンと王太子は侍従に聞き返す。

「ああいう仕事は向き不向きがございますし、くだんのご令嬢の性格を存じ上げませんのでお答えしかねます」


王太子は首をかしげる

「でも後宮にいるより市井に戻るのを希望したのは本人だよね? 

そこでしょうもない男に引っかかって、全財産貢いだ挙句に身ぐるみ剥がされて娼館に売られたんでしょう? さすがにそこまで面倒みられないよ」

王太子は苦笑する。


「で、その馬鹿な男の始末は?」

表情を消した王太子が侍従へと問いかける。


「万事ぬかりなく、背後関係も特にありませんでした」

侍従は声を潜めながら答える。


「領主からの返事は?」


「当方とは一切かかわりのない娘だと」


「そうか。 他の貴族や他国とのかかわりは?」


「探らせましたが、とくに見られませんでした」


「そうか…このに後宮で騒ぎを起こすなんてどこかの工作員かなっておもったんだけどなぁ…。 まぁ彼女、後宮の常識もしらなかったし、結局違ったみたいだけど、結果として彼女は市井に帰れたし、僕は後宮がになってお互い希望通りになったんだし良かったよね!」

ニコニコと侍従に笑顔を向ける。


「確かに、病にむしばまれた王の容態がおもわしくない現状で貴族連中や他国にいらぬちょっかいをかけられては困りますからね、用心にこしたことはございません」

重々しく侍従は頷く。


「うん。 報告ありがとうね、もう彼女の監視はしなくていいから」

報告書を破り捨てながら侍従へといいつける。


「かしこまりました」


「じゃあ僕は日課の散歩にいってくるね!」

いそいそと執務机から王太子は腰を上げる。


「お一人で行かれるのは危のうございますぞ」


「やだなぁ、一人でいくからこその意味があるんじゃないか」

ニッコリと侍従に笑いかけ


「ちゃんとはつけてるから心配しないでー」

パタンと扉を閉めながら王太子は答えた。


「左様でございますか、いってらっしゃいませ」

侍従は苦笑しながら送り出した。


 





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



・本編では書きませんでしたが実は後宮自体からもそう簡単にはでられません。


犯罪を犯したとか伝染病にかかったなど、よほどの事情がないとでられない設定です。(ただし例外中の例外として、臣下への下賜や王太子様直属の影のお仕事へのスカウトがあったりはします)


・今回の令嬢の場合どっちにも使えそうもないので、この腹黒王太子様がご令嬢の無知につけこんで上手く後宮から排除したわけですねぇ…。


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