1-21

 男の蹴りが効いたのか、フィーブルの一撃で虫の息になっていた誘拐犯は体力の底を押し上げるようにして、動かない体を無理矢理強張らせる。

 男は躊躇い無く続けざまに彼の顔を踏みつけながら、彼の肩のメダルの彫刻を見た。


「鷹(ギース)ンとこの隊か。いい御身分だな。おい、フィー。持っとけ。こいつのこと、会議で突きだしてやる」

「は、はぁい……」


 フィーブルに顎で命令すると、渋々といった様子で彼女は誘拐犯の腕を押さえ付け、メダルの部分を装甲から引きちぎった。

 しっかりと繋がれていたように見えたが、それはシールを剥がすように彼女の手に従った。

 脆弱な性格のせいで忘れかけていたが、スーを抱えながら重そうな武器を振れる怪力の持ち主だ。そのくらい容易いことなのだろう。誇らしげについていた金色の部隊証は虚しくひしゃげてしまった。


「待ってくれ、そいつの、その輝石竜(ミルウォーツ)が……」

「えっ。こ、この子って輝石竜(ミルウォーツ)なんですか……?」


 まだ声が出せたのか。鼻からも口からも血を流して地面を舐めていた誘拐犯が喋ると、フィーブルが驚いた顔で小脇で眠っているスーを見る。


「何なんですか? その……、ミルなんとか? って?」


 俺もまだ誘拐犯が元気だった頃から気になっていた。

 再びその名詞が出てくるまで少し時間がかかったが、今このタイミングなら違和感なく自分の質問を挟み込める。それを逃さない。


「貴方、し、知らないで連れていたんですか……。輝石竜(ミルウォーツ)っていうのは、食べたものを体の中で宝石に変換して排泄する稀少なドラゴンで……貴族の中では嗜好品としての需要があるんです……」

「全部、違法な取引で。だけどな」


 フィーブルの説明に俺が相槌を打つより早く、柄の悪い男がただでさえ宜しくない人相を歪めて誘拐犯を詰った。


「それがどうした? テメェは他人のガキのクソ目当てでクソ吹っ掛けたクソ野郎にかわりねぇだろうが。その肛門みてぇな口、千切ってケツに押し込んでやろうか?」


 クソの言語崩壊が起きているが、意味は一通り違うということだけ俺にも聞き分けられた。

 そんなクソばかり、クソ聞き分けたくもなかったが。おっと、彼の口調がうつってしまうところだった。口からクソを連発している彼のほうが口が肛門な気もするが。上手いことを言っている場合でもないな。

 

 スーの特異体質を聞いた俺はやっと、スーが自分の口から理由を言わず赤くなっていた意味を知った。

 シグマが見立てをと言って満足そうにしていたのも、アプスが何も知らないでいる俺を責めるようにしていたのにも合点がいった。


 スーはこのことを隠していて、体質を使ったことをアプスは言ったのだ。つまり、シグマが手にしていた宝石はスーの体から排泄されたもので、成金豚頭など俺の空想上の仇でしかなかった。

 騎士を名乗る誘拐犯は何らかの方法で、シグマとスーのやり取りを見ていてこのこと知ったのか。悔しいが、俺よりも先にスーの体の秘密を知って行動に出たこいつに苛立ちが止まらない。


 やっと気を失った敵のぐちゃぐちゃになった横顔を見下しながら、俺はその場で今一度財布を持たずに死んだマグを責めるしかなかった。


「あー、もう。クソだな……」


乱暴な男のあまりよろしくない口癖がうつったかもしれない。

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