第二十四話 幻術士は決闘する
「いつでもかかっておいで~クロス。召喚するまでは待ってあげるから」
あくまで飄々とした態度は崩さないリア。
腰に帯びた大刀は鞘に入ったままだ。
もしかして俺は舐められているのだろうか?
だが勿論俺は手加減などはしない。
仲間といえども、舐められたままでいるのは癪である。
ここで力関係をはっきりさせておくのも悪くないだろう。
怪我するかしないかの、寸前の所まで追い詰めるつもりである。
俺はまず、戦闘前の嗜み、ステータス鑑定を行った。
種族:ヒューマン
名前:リア=リンドバル
性別:女
年齢:16歳
職業:剣闘士
レベル:65
HP:13021
MP:10234
攻撃:13089
防御:13107
魔力:10229
敏捷:13589
バランス型の悪くないステータスだ。
しかしこれでは俺と戦うには足りない。
圧倒的に足りない。
きっとリアの狙いは、俺本体を開幕で速攻潰すことだろう。
いくら召喚が強くても、本体が弱いのではお話にならないと、考えていることだろう。
しかしその考えは甘いと言わざるを得ない。
なにせそれをやろうとした、超スピードのローグウェルをして、ヴリトラの攻撃をかわすことができなかったのだ。
「それじゃあリア、スタートだ。――なんでも言うことを聞く件、忘れるなよ?」
「にゃはは、それはうちのセリフだってば」
ヴリトラの結晶に魔力を入れ、速攻で召喚する。
実体化の使用は慣れたもので、今ではコンマ数秒のうちに召喚まで持っていくことができるようになった。
「ウオオオオオーーーーーーーーーーーーーン」
いつ見ても驚かされるほどの巨体の神獣が姿を現し、ギャラリーが沸く。
幻術は嫌われているとはいえ、神獣クラスとなれば、嫌悪より興味のほうが先に来るらしい。大衆とは勝手な奴らである。
さて、後は俺に向かって突っ込んでくるリアを、ヴリトラが弾き飛ばしてゲームセットだ。
勝負所故、緊張の面持ちでリアのほうを見据える。
リアは剣をまだ腰に帯びたままあっけらかんとしている。
「こないなら……こっちからいくぞ。いけ、ヴリトラ!」
ヴリトラの巨爪が一直線にリアの体に向かって伸びる。
「
リアの体を薄い黄緑の幕が覆う。
防御系のスキルだろうか?
しかしこちらは神殺しの龍の一撃。
巨躯から放たれた爪の攻撃は、リアの体を防御ごとなんなく吹き飛ばした。
ズサアァァと音を立てながら、リアは観衆の群れに突っ込んでしまう。
「どうしたリア、もう少し頑張ってくれよ」
口の周りについた赤い血をペロリと舐めながら、リアはほくそ笑む。
「ねえ、勝負っていうのはさー。強いほうが勝つんだと思う?」
「そりゃ、そうだろう」
質問の意図が見えない。
窮地に追い込まれたから壊れてしまったのだろうか?
「戦いってのはね、強さだけじゃないんだよ。始める前に何をしてきたかで、実はほとんど勝敗は決まってるの。うちは勝つべくして勝つように、準備してきたんだから」
「まだ諦めないってわけか。そういう気概は嫌いじゃないぜ」
ヴリトラに攻撃を命令しようと手を挙げたところで、はたと気付いた。
今リアを攻撃したら、観客も巻き添えにしてしまう。
「リア……まさか初めからそこに行く目的で攻撃を受けたのか?」
「ふふーん、今更気づいたみたいだね。肉の壁って結構有効な手段なんだよ」
観客を集めてきたのもそういう理由か。
何も考えていなさそうで、その実結構なキレものなのかもしれない。
「汚いぞ……リア!」
感情を揺さぶるつもりで声をかけるが、リアの返事はない。
群衆に紛れこまれて、声も姿も見失ってしまった。
仕方なく防御を固めるため、レッサードラゴンとアンフィスバエナを召喚して時間をつぶす。
「幻獣よ! リアが出てきた瞬間を狙うんだ! 絶対に見逃すなよ!」
俺が叫んだ瞬間――広場を取り囲む大きな円形の光が地面から天空へと立ち上った。
「まぶ――し――!?」
一瞬の閃光、その視界が開けた時に、俺は愕然とする。
リアに後ろから羽交い絞めにされていたのだ。
「いつの間に……」
「にゃはは、閃光の
「そうだな、【幻術士】の俺が接近戦で勝てる相手はいない……」
ならば取れる手段はただ一つ。
「――ヴリトラ! リアを尻尾で全力で締め上げろ!」
リアと密着している状態だから、俺自身も締め上げられるのは覚悟の上。
何もしなくてもどうせリアのチョークスリーパーで落とされるのだ。
ならせめて一矢報いたい。
「あんた――馬鹿ぁぁぁ!?」
リアは俺の首を全力で締め上げながら、奇声を発する。
リアが焦っているのを初めてみた気がする。
これだけでもこの勝負の意味はあった、と思いたい。
混濁する意識の中、背中にリアの乳房がぎゅっと押し付けられるのを感じる。
もう前が見えないが、ヴリトラの攻撃が間に合ったのだろう。
満足の笑みを浮かべてから、俺はすとんと意識を失った。
◇ ◆ ◇ ◆
「肋骨がほとんど折れてるね。生きているのが不思議なくらいだよ」
目を覚ますと、病院のベットの上にいた。
「優秀な【
「ありがとうございまーす」
「ありがとう」
医者の話を聞いていたリアとリィルは、深々と頭を下げる。
「……な、なあ?」
うわ、なんだこれ。
喋るだけで胸に激痛が走るんだが。
でも勝負の結果を知りたいので無理して言葉を紡ぐ。
「……結局あの勝負……どうなったんだ? ごほっ」
「クロス! 無理して喋らないで!」
貴重なリィルの怒り顔である。
目には泣き腫らした跡が見て取れる。
「なんかねー、うちもクロスも気絶しちゃったらしいよ。うちは怪我はしてないんだけどね」
リアは無傷か。防御力の差が赤子と大人くらいあるから、それは仕方ないとはいえへこむなぁ。
「……ということは、あの勝負引き分けってことでいいな?」
「えー!? うちのが全然早く起きたからうちの勝ちでしょ」
「引き分けだ!」
「うちの勝ち!」
一歩も譲らない押し問答が始まった。
それを見かねたリィルが口をはさむ。
「今回はクロスの負け……もうあんなに危険な事……しないで」
俺の右手を両手で包み込むように握り、懇願してくる。
「くそっ、わかったよ。今回はリィルに免じて俺の負けでいいよ」
「いえーい! リアちゃん最強!」
調子に乗って飛び回るリア。
振動が伝わると体が痛むからやめて欲しい。
「で、何でも言うことを聞いてくれるんだったよねー?」
う、やっぱり覚えてやがったか。
何を言われるかわかったもんじゃないが、約束なので仕方ない。
「不可能なことは言うなよ?」
「明日一日デートしてくれるだけでいいよ。うちはルーミナ神より寛大だね。うん、うん」
「デートだって? そんなことでいいのか。俺は構わないが……」
若干一名、銀髪の少女が名状しがたい顔になっている。
「リアは、クロスの事好きなの……?」
「え、まあ好きか嫌いかで言ったら好きだよ! でも安心してリィル、うちもそこまで野暮じゃないから」
何を言っているのか今一掴めない女子の会話を流し聞きながら、俺は空想に耽っていた。
今回リアに負けたことで(引き分けだと思ってはいるが)はっきりわかった。
俺はまだ最強なんかじゃない。
リアの鼻をへし折るつもりが、逆に俺の鼻がへし折られてしまって正直悔しい。
【幻術士】の貧弱ステータスをどうにかする方法を考えなければならない。
明日から情報収集に励んでみようと、思ったのだった。
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