なやみごと2「霜月七の忘れがたい葛藤」
本当にこのまま好きになってもいいのかしらという葛藤が、延々彼女につきまとっていた。好いては離れ、好いては離れを繰り返してどれほどの日が経ったろう。もう陽も落ちかけた教室。廊下側一番前の席で彼女は考える。高校3年生の始まりは、もうすぐそこに迫っているというのに。
華の高校二年生。
例の彼との出会いは、本当にただの偶然だった。偶然でしかないはずなのだが、それを必然と見てしまうのが、正体不明の感情の効能だった。
桃色の下ろし立てのハンケチーフが制服のブレザーから忽然と姿を消した、昼下がりの出来事だった。最近になって洒落っ気付いた七が、お小遣いで用意したはじめてのハンケチーフだった。
「霜月さん。」
廊下側一番前の席で机に顔を伏せて涙目の七に、後ろから声をかけたのはそれほど仲良くもないクラスメイトの男の子だった。
いつもはつらつとして、雪の中を走り回る犬のような、冬だと言うのに少し肌の焼けた彼女。そんな彼女の午前と午後との違いを心配して声を掛ける者は少なくなかった。だから七は、心配させてしまって申し訳ないと思いつつもめんどくさいと思ってしまっていた。しかし、彼の持ちかけた話題は七の予想していたものとはすっかり違っていた。
「文化祭の払い戻しのことなんだけれどね…。」
彼と七は、年のはじめに二人揃ってクラスの文化祭実行委員になっていた。彼女は、そのことをすっかり忘れていたのだった。それから二人は、放課後に教室に集まることを約束したところで、予鈴のために席についた。
七はなんだか、ハンケチーフを思い浮かべれば思い浮かべるほどその桃色が濃く強く自分を染める気がした。例の彼との会話は、なぜだか桃色のハンケチーフを思い出させた。彼女はそれを悪く思わない。放課後、教室の隅で話す七と例の彼。ぎこちなく始まった会議も、次第にほぐれていく。時折笑顔を見せる彼と、その口から覗く白い歯が七はたまらなく気に入った。
「ねえ、あなたは彼女はいるのかしら。」
七の気まぐれに付き合ってくれる彼の優しさは、どこか温かい布団を感じさせる。
「いないよ。霜月さんは?」
「私もいない。あなた、好きな人は?」
「言わないでおこうかな。」
含みをもたせてそういった例の彼の笑顔は、七の鼓動を加速させた。
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