第2話「野良PT1募集広場」

 何事も初めてというのは緊張するもの。それが初めて会う人達と初めての共同作業をするなんてなら尚更。でも、真に欲するもののためにはそういうものをいくつも乗り越えていかなくてはならないなんて、辛い現実……いや、ゲームね。


 このゲームをプレイし始めてからそれなりに経ち、各スキルも大分上がってきた。そうなると、今みたいなNPC店や露店で買った、安いその場凌ぎの装備ではなく、より良い武器防具やオシャレな装飾品とかが色々と欲しくなってくる。だが、それよりも差し迫って必要なものがある。それは……

「むぅぅ所持枠がもう一杯だ……」


 現在私の戦闘スキル構成は主に「弓」「罠」「包帯」「工兵」なのだが、弓での攻撃には各種矢を、罠を設置するには技に応じた罠系アイテムを、包帯で回復するには包帯系アイテムを、そして焚き火を起こすのにも木材系素材アイテムが必要になり、さらに飲食物、Mobのドロップ品にその他色々と、とにかく持ち歩かなくてはならないアイテムが多く、もはや所持枠が悲鳴を上げている状態だ。早く何とか改善しないと、今みたいに倒したMobの2種類のドロップ品の内、片方を泣く泣く捨てなくてはならないと言う悲劇にこの先何度も逢わなくてはならなくなってしまう。


 こんな悲劇を二度と起こしてはいけない。そこで情報サイトを見たところ、所持枠を増やすには今いる西部地域では、首都イスカリオテで受注できる所持枠増加クエストをクリアするしか無いようだ。クエスト内容は、各地のダンジョン最深部にいるボスを倒すと手に入る、クエストキーアイテムの納品だが、このキーアイテム、特殊制限トレード不可が付いてるため、露店で買ってお手軽に済ますということは出来ないそうだ。

「自分で直接行って倒すしか無いのか……」


 しかし、ダンジョン最深部に行ってボスを倒すなどソロでは中々難しい。と言うか無理な相談だ。ソロには厳しいゲーム……まぁMMORPGなんだから当たり前か。フレンドとPTを組んで挑もうにも、私のフレンドリストにあるのは彼、ゴッドフリーしか無い。ここはもう、彼はPTくらい余裕で組めちゃうくらいフレンドのいるリア充?プレイヤーだという可能性に賭けるしか無い。一途の望みをかけて、早速彼にtellをした。

「おいもフレンド全然いないよ」

ですよねー。と言うか、そんなにフレンドいたら彼もフーラの森でソロ狩りなんかしてないか。こうなれば最後の手段である。

「ゴッドフリーも所持枠増加のクエストキーアイテム持ってないのなら、一緒に野良PTに参加して取りに行かない?」

野良PTとは、スキル上げやクエストクリアなど、目的のために一時的に赤の他人と結成するPT……いつもはソロ狩りか、PTを組むにしても相手は彼くらいという私には初の体験となるが、もはや背に腹は変えられない。彼と2人で参加なら、ぼっちにならずに済みそうだし。

「行く行くー!おい南方で野良PT参加したこと無いから緊張するなぁ」

お前もか。

「今ゴッドフリーはどこにいるの?」

「椅子借りにいるよー」

椅子借りとはここ西部地方の首都イスカリオテの略称で、他にも椅子とかカリオとも言うが私はあまり使わない。もっとマシな語呂の略称が流行らないだろうか。

「それじゃあ準備完了したらイスカリオテの正門前集合ね」

「了解!」

初めての野良PT……不安しか無いが、なにはともあれ準備しなくては。


 このゲームは狩の前準備がとても重要だ。まずは前の狩での戦利品を売り、そのお金で武器防具装飾品で耐久値が下がっている物を、壊れる前に鍛冶屋で修理を依頼し、必要物資を買い、そして残ったお金を銀行に預ける。お金にも重量が設定されているので預け忘れたりしたら、最悪重量オーバーで動けなくなってしまう。装備は修理する度に最大耐久値が下がるのでいつかは買い替えないといけないし、それに加えて私は「弓」「罠」「工兵」スキル持ちだから、もうお金が掛かってしょうがない。


 その次に、村や首都などの拠点には大抵ある公衆浴場に行き、ひとっ風呂浴びる。つまり、装備を外して浴場内に入ることでストレス値を回復し、各種Debuffを直すのだ。その回復量は焚き火の近くに座るだけよりもずっと大きいので、拠点では入浴しない手は無い。何よりもこの入浴は自キャラがキレイになるので私にとってはとても大切だ。首都の浴場はタイル張りの広々とした浴室で、気分も良いし。大きなデメリットは無いとは言え、操作キャラにハエをたからせてるプレイヤーは私には理解できない。 


 ストレス値が回復したところで、いつもなら最後は酒場に行き、「演奏」「踊り」「歌」の芸能系スキルを持つプレイヤーからそれぞれ攻撃関係、防御関係そしてストレス上昇率抑制や移動関係などの効果がある長期buffを貰うのだが、buffの効果時間を少しでも節約したいので、これは参加する野良PTが決まったらでいいだろう。


 準備が整ったところで、首都だけあって多くの通行人と露店で溢れかえる道を、人だかりをかき分けながら正門に向かうことにした。ここ西部地域は現実世界の中世ヨーロッパをモデルとしているだけあって、オリーブ山の山裾に位置する首都イスカリオテは周囲を城壁に囲まれているという城郭都市を思わせる情景が、正門までの道のりにも表れている。早く装備を整えて、中央部地域や東部地域にも行ってみたいものだ。それら地域は西部地域とはまた違った趣があるそうで今から楽しみである。


 正門には既に彼が来ていたらしく、発言が流れた。

「マグりんおいすー」

また変な渾名を考えたものだ。

「何マグりんって」

「いやぁ親密度の進展具合を視覚化しようと思って。おいのこともゴッディって呼んでいいよ」

アホな男だ。

「ちょっと何言ってるのか分かんないからさっさと行くよ」

「了解ー」


 情報サイトによると、野良PTに参加するには、正門出てすぐの、通称「野良広場」に多く募集チャンネルが出てるので、そこで目的に合ったものを探すのがセオリーらしい。早速回ってみて、実際に募集チャンネルを見てみようと思ったが、"永久氷結晶集め/火魔法持ち1募集"とか、"レギオン狩/主スキル60〜80現在3/5"とか、"試練の山越え/工兵か芸能持ち募集"などの金稼ぎやスキル上げ、隣国マップへの国境越えの募集がまるで樹海のように立ち並んでおり、奥の方のチャンネル看板は見えないレベルだった。目が疲れて仕方ないので、諦めてチャンネル一覧ページから探すことにした。それにしても、これでは正門付近がいつも少し重たいわけだ。

「うーむ、一覧ページで見ても沢山ある……金曜だけあるね……」

もう既に野良PT参加の意思が折れそうである。

「マグりんこれいいんじゃない?"ガリラヤ洞窟ボス討伐スキル値85↑現在8/10"って募集」

ガリラヤ洞窟……確か首都から北東の方角にある魚人のダンジョンらしいけど、行ったことないな。

「残り2で丁度いいしそれにしようか」

彼の前ではなんとなく弱みを見せたくないので勤めて冷静さを装っていたが、いざチャンネルに入室するとなると、指が震えて上手くクリック出来ない……

「それじゃ入室するよ!」

えぇいままよ! いざとなったら彼を置いて逃げちゃえばいいし。


 そしてシステム欄が流れた。

「ガリラヤ洞窟ボス討伐スキル値85↑現在8/10に入室しました」

これが初めての野良PTでの、長い長い夜の始まりだった。

 

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