冒涜的なスカート

「ただの変態じゃないですか。全く……。なんであんな人が……」


 ひーこら言いながら持ち帰った重たいファイルに目を通しつつ、自室で独りごちます。

 一人でセコセコと集めたらしい膨大な資料と証言。

 ドン引きする一方で見直しもします。

 粘着質な根気と熱意は、記者に最も必要な素養ですから。


 問題はそれがオカルト方面にしか働いていないこと。一体何が彼をそうまで突き動かすのか。普段のテストでは学内トップクラスに優秀な彼が、なぜこうも盲目的になってしまうのでしょうか。不思議です。

 香り袋的な実用性すらないお守り巾着を間近に握って思いました。


「のう、照子」

「にゃああああっ?!」

 唐突に肩を叩かれてズテンッと転げ落ちる私。


「お、お、お、お爺ちゃんっ! 部屋に入るときはノックしてくださいって……!」

「今日の稽古はサボりかえ?」

「えっ? あ、もうそんな時間……。ごめんなさい、すぐに降ります」


 お爺ちゃんは乾いた指先で顎骨を摩って、カラカラと笑いました。

「なるほど。時間を忘れるほど愉しみじゃったか。例の小僧とのデェトは」

「ちっ、違います! ただの取材です!」

「その割には、ずーっとニマニマしておったぞ?」

「な、な、なぁっ?! いつから見てたんですか!?」

「巾着を握りしめて、こう……」くんくん。


 嬉々として不埒なモノマネに入る老骨に対し、鉄製ファイルがバシンッ、と。その威力を発揮しました。


   ◇


 翌日の放課後、私たちは部長が持ち込んだ対吸血鬼用の装備を広げていました。

 部室の長机にズラリと並ぶ銃火器や手榴弾に似た何か。

 以前からチマチマとロッカーに何か運び込んでいるなーと思っていましたけど、これか。

 よもや本物ではないでしょう。


 容疑者を尾行するという名目だったはずだったのに戦争でも始めそうな剣呑さ。

 手に取ってみるとしっかり重たい。モデルガンとはここまで質量があるものなのでしょうか。こういった男の子の玩具は初めて触るので良くわかりません。


 先生に没収されるならいい方で、持ち歩いたら銃刀法に抵触しそう。このような金属製のモデルガンは、大昔のハイジャック事件で使用された経緯から今では厳しく規制されているとかなんとか。何かの資料で読んだことがあります。


「なんですか、これ。私達はドラキュラのねぐらでも爆破しに行くんですか?」

「いいや、まさか」

「ですよね。焦った」

「個人名であるからな、ドラキュラは。15世紀のワラキア公のヴラド三世。ドラキュラはルーマニア語でドラクルの息子、という意味だ。日本に縁もゆかりも無ければこの街に居ようはずもない。ターゲットはヴァンパイアの方さ」

 隙あらば私にオカルト知識を詰め込もうとしてくる部長。

 どうでもいい雑学を右から左に聞き流します。


「こんな重武装で街中歩いたら紙面を飾るのは私達の方ですよ! それも学生新聞じゃなくて地方紙、下手したら全国紙ものです!」

「軽装で突撃なんて自殺行為だぞ。吸血鬼を舐めちゃいかん」

「そういう部長は会ったことあるんですか? 実際に」

「これから会うのだよ」

「こんなもん持ち歩いたら社会的に死ぬんです! 会う前に!」

「ふむ。ではこれを着たまえ」


 そう言って部長は真新しい服を寄こしてきます。

 広げてみるとそれはどうやら修道服のようでした。

 宗教関係には疎いのでどこの宗派かは分かりませんが、きっとこんな宗派はないのでしょう。


 だってスカート丈が冒涜的。

 乙女の直感的見地から申し上げて、相当注意しないと見えてしまうやつ。

 これを正装とする宗派があるならきっと邪教か悪魔崇拝です。

 裏地には防刃加工が施され、袖の中、スカートの中にまで内ポケットがたくさん付いていました。


 言わずもがな机に並べられた山のような銃火器を詰め込むためのものでしょう。

 卓越した裁縫センスと機能性が混在するそれは、憚りながら変態的。

 私が言葉を失っているのをいいことに部長は得意気に二の句を継ぎます。


「清廉なシスターを前にして職質しようと思うポリスメンが居るだろうか? いや、ない。そう閃いて昨晩一つ縫ってみた」

「バカですね、ほんとバカですね。そもそも私の服の寸法、知らないでしょう?」

「138cm、88-53-ななじゅう……」さらりと、涼しい顔で乙女の秘密を暴露する夷狄いてき

「わぁぁああ!? なんで!?」思わず服を抱き寄せてしまいます。

「新聞部の情報網を舐めて貰っては困る。文化祭で衣装を作ったろう? その際に計測したデータなど端から筒抜けである」

「明らかな職権濫用じゃないですか! それに、この……デザイン……!」

「うむ。可愛いだろう? 閃いた瞬間から芥川君に似合うと思っていた。やはり我輩も天才であるな」

「……か、可愛いですか? 本当に? ……ぬぬぬ」

「おっと、彼が下校しようとしてるぞ! 急ぎ、変装したまえ」

 技術と暇を持て余したバカが暗幕を開け、窓の外を真剣に見ながら急かしてきます。

「わ、わかりましたから、一旦外で待っててください! そこに居られると着替えられないので!」


 バカの背中を押して部室から追い出します。

 着るのに時間が掛かったのは着方が分からなかったからではなく、寸法の情報は若干古く、所々がキツかったからです。

 年頃の成長力を舐めるなと、私はそう言いたい。

 私の背はまだまだ伸びるのです、去年秋頃の計測などあてにはなりません。

 そう言いたかった。


 いえ、まあ、縦には伸びていなかったのですけど……。

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