186 アルファ小隊


 翌日。


 真也たちデイブレイクの面々は、今後の作戦行動のため、作戦会議室の一つへとやってきていた。

 ドアの前に立つ真也は、今日の朝光一から聞いた内容のせいで、心臓が高鳴り、同時に底冷えした気分でもあった。


「失礼します」


 そんな真也の心持ちを知ってかしらずか、光一は部屋の前に到着すると間を置かずにドアノブに手をかける。

 ドアの向こうから「入れ」と短い言葉が返ってくると、光一はドアを引き開けた。


 部屋の奥の長机の前に数名の担当官が立っており、その奥には大きなスクリーン。大量のパイプ椅子がスクリーンに向かって並び、既に多くの『特別訓練兵』たちが着座していた。


 中国支部の『天地乃剣』、アラスカ支部の『テュロック』。そして、イギリス支部の『クイーンズナイト』の面々だった。


 3つの部隊と、真也が所属する日本支部『デイブレイク』は、今作戦で行動を共にする。


 真也は『クイーンズナイト』の隊長であるアリスへとちらりと視線をやったが、アリスは椅子に腰掛けたまま一瞥もせず、じっと正面だけを見つめていた。


 真也は胃痛を感じたような気がして、こっそりと肩を落とす。


(オルコット准尉と、今作戦の間一緒なのか……)


 それは、昨日光一が苛立っていた原因でもあった。

 光一は真也と違いアリスを一瞥もせず、部屋の中を進んでいく。


「『デイブレイク』、全員到着しました」

「ご苦労。空いているところに座ってくれ。時間前だが、初期ブリーフィングを開始する」


 光一の言葉に返答したのは、日本支部の担当官、園口中佐。

 全員が集合したことを確認すると、園口は会議室のスクリーンの電源を入れ、部屋の空気が薄暗くなった。


「では、『アルファ中隊』の初期ブリーフィングを始める」


 スクリーンに地図が現れ、薄暗い会議室内に、マイクを通した女性の声が響く。


 喋っているのは、中国支部の担当官、ショウ朱亞シェア大佐。

 齢30を前にして大佐の位置に着く彼女は担当官たちの中でも最上佐官であり、切れ長の瞳は歳不相応の百戦錬磨の威厳を感じさせた。


「今作戦の上陸地点はアンカレッジ基地のある東側ではなく、西側。そこから隠密行動を続けながら作戦地域、通称『希望の国』を目指す」


 蒋大佐が話している内容を表すように、スクリーンに映し出された地図の西側に矢印のマークが映る。


「今作戦は大きく分けて4つに分類される。撤退のための安全確保、作戦地域の殻獣の撃破、目的地域の開放と、首謀者の『無効化』」


 太く大きな矢印は伸びていき、四つに分かれ、それぞれの作戦内容を表すように枝分かれしていく。


「今回集まってもらった4つの小隊は第一中隊として統合され、我々は『首謀者の無効化』を主な作戦目標として行動する」


 よりも奥深くまで伸びた矢印赤く点滅し、それこそが、真也たちが辿るべき足跡だった。


「そして、我々にのみ、追加で作戦内容に通達がある」


 スクリーンが地図から、隠し撮りであろう荒い画像へと切り替わる。


「これは、全体ブリーフィングで首謀者として発表された、『ブルックスJr.』と『突然死』に続く第三の目標だ。

 全員、この人型殻獣乙種の特徴を頭に叩き込め」


 モノクロ写真に写っていたのは、ぱっと見では真也たちと変わらぬであろう年齢の、垂れ目の少女。

 しかし彼女が蒋の言葉通り『少女』ではなく『人型殻獣』であると一目でわかる特徴が写真に映り込んでいた。


 それは、背中から生えている『節足』。


(クーと同じ、節足が生えているタイプか……)


 真也が人型殻獣の画像を見つめていると、数秒ののち、蒋が再度言葉を発した。


「該当殻獣が、今回の『同時多発バン』を引き起こした『特殊能力』をもつ個体と考えられる」


 蒋大佐の言葉に、会議室内がざわめく。

 しかし、その反応を無視し、蒋大佐は言葉を続けた。


「宇宙からの殻獣の襲来の際、奴らは狙ったかのように防御設備を破壊し、衛星を破壊した。

 そのように指示を与え、地球へと殻獣を誘引したのは、この殻獣の能力である」


 殻獣を呼ぶ殻獣。真也が戦ったプロスペローやキャシアスも操るように指示を出していたが、遠くから『呼んでくる』ことができる個体というのは、間違いなく脅威である。


「殻獣を操作する異能。その所在を公にすることなく、秘匿特殊部隊『アンノウン』、さらにその中の一握りの『アルファ中隊』のみでこの個体を無力化する」


 蒋大佐は机に爪をたて、こんこん、と音を鳴らして注意を集めると、低い声で最重要事項を伝える。


「最悪、他二人はどうでもいい。こいつは必ず『殺せ』」




 引き続き作戦について、大まかな行軍ルート、必要装備、貸与装備、識別コードや緊急時の手続きについて共有がなされ、真也は必死にメモし、頭に叩き込んだ。


 初期ブリーフィングの説明が終わると、スクリーンが暗くなり、それと相対して部屋の明かりが戻ってくる。


「以上が初期ブリーフィングの内容だ。質問は?」


 蒋の言葉を受け、同じ中国支部の紫釉が手をあげた。


「その殻獣ないし、異能物質の回収は? 捕獲は試みないのですか」

「紫釉。それは一切『許されていない』。必ず駆除し、異能物質に変じるまで待機、粉は散らせ」

「了解しました」

「蒋大佐、私も質問よろしいですか?」


 続いて手をあげたのは、光一。蒋は手を向けて発言を促す。


「該当人型殻獣が『殻獣への指示』が可能であるという情報は、確かなのですか?」

「信頼のおける情報だ。情報源については明かせない。他には?」

「……私からはありません」


 他の質問が上がらなかったことに蒋は頷くと、園口へと視線をやる。

 蒋から場を引き継いだ園口は、全員を見渡した。


「では、小隊を発表する」


 園口の言葉の意味を掴みかね、全員の頭の中に疑問符が浮かぶ。


「一つの中隊となった『第一中隊』は、作戦目的、異能バランスごとに、再度4つの部隊に分けることになった」

「メンバーの、シャッフル……ですか?」


 疑問の声を上げるレイラに対し、園口は頷く。


「そうだ。他ならぬ、中将の指示だ」


 場にいる全員が、分かりやすく鈍い顔をした。


(アンノウンの部隊は、一つ一つの小隊で完成されるように選抜されている。それをバラバラにして組み直す意味はあるのか、と言ったところだろう)


「諸君らは、各国から選抜されている。全ての国、地域が混在し、協力することに意味があるのだ」


 各国の生徒が、一つの作戦を遂行する。


 国別で集まった彼らに、帰属意識はない。『デイブレイク』と『ブルカーン』の懇親会など、二日目からそれぞれの確執もあらわになる程だ。

 今後の『アンノウン』の活動のためも、お互いを知ることは必要だろう。


 園口はそのように心の中で論じたが、同時に一つの感想がこぼれ落ちる。


(我ながら嘘くさいな)


 各国の代表として参加している彼らを、上部の言葉で騙せる気はしないが、それでも本当のことを言うわけにもいかない。


 そんな中、目をキラキラとさせ、やる気に満ちる真也に鈍い笑顔を返してから、園口は言葉を続ける。


「では、新たな小隊を発表する。その後は、小隊ごとにミーティングと訓練を続けてくれ」




 『第一中隊』は小隊ごとに別れ、それぞれが別の作戦会議室へと向かう。


 そんな中、9人の隊員とともに最初の作戦会議室に残った、『アルファ小隊』……つまり、一番目の小隊の隊長に任命されたアリスは、文字通りに頭を抱えながら呟く。


「……小隊再編とか、聞いてないんだけど。私、『クイーンズナイト』の隊長なのに」


 心なしかしっぽがしょんぼりと項垂れ、耳もへにゃりと力なく俯く。


 アリスは顔に当てていた掌の指を少し開くと、端の席で行儀良く座る、『葬儀屋』へと視線をやる。

 アリス率いる『アルファ小隊』のメンバーには、日本支部から『葬儀屋』と『おもちゃ箱』、そしてレイラと透の4人が選抜されていた。


 ハイエンドが、3人。

 『切り込み隊アルファ』の名に恥じぬ面々は、間違いなく、『突然死』のいる本陣へと切り込むことになることを予感させた。


(あれだけ啖呵切って、『葬儀屋』と同じ小隊とか地獄でしょ。自分の隊員が信用できないって……ほんと地獄)


 アリスは少し唇を突き出し、そして横に座るエボルブドの少年へと話しかける。


「というか、貴方は『テュロック』の隊長じゃないの? なんでこっちにいるの」


 アリスの横に腰掛けていたのは、アラスカ支部『テュロック』の隊員であるイアン・ノースフィールド。

 潜水艦の中で常に行動を共にしていた『テュロック』のメンバーの先陣を、いつも彼が歩いていたようにアリスは記憶していた。


 イアンは、顔も尖ったエボルブドの耳もじっと前に向けたまま、無表情で呟く。


「……俺は、隊長じゃない。隊長はシアーシャ・サリバン特練上等兵だ」

「ふぅん。そうだったの」

「隊員リスト、見てなかったのか? 頼むぞ隊長」


 イアンは鼻を「ふん」と鳴らすと、腕を組んで瞳を閉じ、顔を俯ける。


「なまいき……」


 苛立つアリスの元に、彼女が知る人影が近づいてくる。


「あ、アリスちゃん、よろしくお願いしますねぇ」

「ええ、ミサキ。スリランカ以来かしら?」

「そうなりますねぇ、えへへ」


 美咲はアリスへと手を伸ばし、アリスも笑顔を浮かべて美咲に握手を返す。

 アリスにとって心休まりそうもないメンバーの中で、美咲は唯一の癒しとなりそうだった。


 アリスと美咲が微笑み合う中、作戦会議室のドアが開く。


 隊員たちが入り口の方へと振り返ると、そこに立っていたのは津野崎だった。

 ツナギに白衣姿の津野崎は、いつもと同じニヤニヤとした表情で、隊員たちを見渡す。


「どうも、失礼しますネ」


 そのまま作戦会議室へと入ってきた津野崎の後ろに、大きなコートを羽織り、フードを目深にかぶった小さな人影があった。


「『アルファ小隊』のみなさん、どうも。日本支部の津野崎です、ハイ。

 この隊には、さらにもう一人、隊員が増えますので、その挨拶をさせていただきますネ」


 こちらの返答を待たずにずかずかと進める津野崎に、アリスは少し眉を潜める。


(なに? 追加人員? ほんと、私は何にも聞いてないんだけど……!)


 アリスは苛立ちながら、津野崎の横に立つ背の低い人間へと目線をやる。


「さ、自己紹介してくださいネ」


 津野崎から挨拶を勧められた背の低い人間は、ぶかぶかコートから腕を出し、『緑色の手で』フードを持ち上げた。


「なっ……!」


 アリスは驚きの声を上げる。


 フードの下にあったのは、深緑色の髪と、薄緑の肌。


「くー、でーす。よろしくおねがいしまーす」

「人型殻獣!?」


 部屋に残っていた隊員たちは、立ち上がり、構え、臨戦態勢を取る。


 そんな彼らに対し、津野崎は動きを制するように両手を挙げる。


「皆さん、安心してください。彼女は味方です、ハイ。

 今回の作戦において、『殻獣を呼ぶ特殊能力』の個体の情報は、彼女からのリークです。今作戦では、彼女も『道案内』として参加します」


 津野崎の言葉を受け、アリスは自分の任された隊の異様さに、卒倒するかと思った。

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