162 葬儀屋
『
東日本異能研究所と日本支部の上層部によって承認された特務官であり、その正体は不明。
日本支部からの公式発表で知らされているのは、『
そして『エンハンスドマテリアル:ハイエンド』という異能強度のみ。
未だ続く世界同時多発バンにてその存在が表舞台へと上がった、謎多き存在。
日々発生する断続的な災害において神出鬼没に現場へと現れ、たった1人で殻獣を破壊し尽くす。
漆黒の装いと、敵対するものに死をもたらす『大鎌』。
そして引き連れる『棺の盾』は不吉でありながらも、彼と対峙した殻獣にとって逃れえぬ死を表す。
そんな『死』の匂いのする彼が現れた災害現場では、二つ名や装いに反して誰ひとり死者は出ていないという。
未だ続くバンの恐怖、そして今まで『最強』と言われていた『トイボックス』の敗北。
世界が混乱に包まれる中、新たな『英雄』の登場に、テレビ、新聞、ネットニュースにSNS。
その全てが『葬儀屋』一色に染まった。
世界同時多発バン。その発生日から一週間が経った。
最初の日以来、人型殻獣たちが災害現場に現れたことはない。
しかし断続的な宇宙からの襲来、営巣地の殻獣の連鎖的な暴走、そして元々殻獣たちが活発になる夏季という要素が最悪に噛み合い、正規軍人はもちろん、東雲学園を始めとする異能者士官学校の生徒たちも夏休みを返上し、殻獣の駆除に保安活動と東奔西走が続いていた。
目が回るような出動の中、レイラ、伊織、そして美咲はアンノウンの召集が掛かり、ラウンジへと集まる。
殻獣災害に参加するよりも優先されたその指示は、三人にとってひとときの休息でもあった。
各々、ラウンジに併設されたバーカウンターの冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出し、大型のテレビを囲む。
元々はソファと作戦会議用のプロジェクターしかなかった専用ラウンジは某狼のエボルブドの手によって娯楽品ばかりが増えていた。
テレビの画面には『葬儀屋、名古屋でも大活躍。その異能の強さの秘訣は!?』という文字が踊る。
「おーおー、また特集。飽きないねー」
伊織は、アンノウンのラウンジでソファーにもたれながら辟易した声を上げた。
流石に連日同じような番組しかないとなると、ニュースのチェックすら億劫になる。
やる気をなくし、ソファーに深く体を埋めた伊織の横で、レイラも鈍い面持ちだった。
「真也、時の人」
「だねー。ボクはフェイマスとやらの方が気になるけど、どっこもやってないなー」
人型殻獣の出現と同時に、各国で噂になっている『フェイマス』という謎の組織。
今後、人型殻獣たちと戦うデイブレイクの面々にとっては『葬儀屋』よりもそちらの方が気になって仕方がないが、テレビはおろか、どのような媒体でもその名前を見ることはなかった。
「フェイマス、人型殻獣は、報道規制、かかってる。らしい」
「そんなの、どこまで保つのやら。SNS相手じゃイタチごっこじゃん」
伊織はつまらなさそうに口を尖らせ、レイラは1人がけのソファーに腰掛ける美咲へと視線を移す。
「喜多見」
「ふ、ふぁあい!?」
急に声を掛けられた美咲は、びくりと体を震わせる。
「トムは、大丈夫?」
レイラの言葉に、美咲は首をぶんぶんと縦に振る。
「あ、あ、はいぃ! えっとぉ……。影武者だった、ということにするみたいですぅ。
右腕を破壊されちゃったのでぇ、中身が見えたことを逆に利用するってぇ」
アメリカでの『ハーミア』との戦いでトムは腕を破壊され、その内部の機械構造が露わになった。
そのため、アメリカ支部はその場にいたトムは『異能によって作られた
「じゃあ、またトムを作りにアメリカに行くの?」
「い、いえ、既にアメリカには何体かトムのスペアを用意してますからぁ……」
「へぇ、意外と用意周到じゃん」
珍しい伊織の褒め言葉に、美咲はだらしなく破顔した。
「えへへぇ。ね、念のため、ですよぉ……。
と言っても、全部エージェントさんの指示だったんですけどねぇ……あっ」
自慢げな美咲は、一転顔を真っ青にする。
「ト、トムのスペアがあるの、こ、こここ、これ国家機密でしたぁ……」
「いや、喜多見さんの正体知ってる時点でそんなもんどうでもいいよ」
ツッコミを入れる伊織を置いて、レイラは言葉を続ける。
「そういえば、なんで、あんな機械、つくった?」
「え? トムですかぁ?」
レイラの言葉の意味を掴みかねる美咲に対して、伊織が補足に入る。
「あれだよ、ナイトとかいう、間宮にそっくりのポンコツのことでしょ?」
『ナイト』。
ウィズリーキャッスルで真也が『葬儀屋』として活躍する間の影武者として現れ、2人によってシェルターの一つに置いてけぼりにされ、黙々と仕事をこなした、悲しきアンドロイドのことだ。
「あ、あぁ……ナイトのことなんですねぇ……。
え、ええとぉ……そのぉ、ま、間宮さんのぉ代わりに……」
「それはポンコツから聞いたよ」
「ううぅ、ぽ、ポンコツ、ってぇ……。
あのぉ、間宮さんが、正体を、か、隠したいって言ってたのでぇ……作りましたぁ」
「ふぅん」
美咲の言葉を聞いた伊織は異能の耳によって彼女の嘘を見抜く。
嘘は、『あの場で作った』という部分だ。つまり、真也の『初陣』よりももっと前にナイトを作っていたということ。
「よくあの短時間で作れたね?」
伊織は『そんな嘘気づいているぞ』と言外に美咲に告げる。
「な、う……ま、まあ、はいぃ……そ、そういうわけでぇ……あのぉ……。
ゆ、遊園地では! ご、ごごご協力ありがとう、ご、ございましたぁ!」
美咲は伊織の言葉にあたふたとし、ソファから立ち上がって2人に深々と礼をする。
「そういう事、先に、教えて欲しかった」
「す、すいませぇん。間宮さんから、ひ、秘密にしてほしいと言われたの、でぇ……はいぃ……」
「ふぅん」
レイラも伊織もその存在を全く知らず、また、2人が気づかなければナイトが自白したかも怪しい。
本来なら、同じ部隊員であり味方である美咲の秘密主義な行動に、レイラと伊織は不信感を持っていた。
「すいませぇん……」
しどろもどろな返答であるが、美咲はそれ以上、『ナイト』について語ることはなかった。
しっくりとこない宙に浮いた空気に居心地が悪くなり、三人とも視線がテレビへと吸い込まれる。
すると、ちょうど、テレビの画面には葬儀屋が……顔の下半分を隠した真也が大きく映し出されていた。
「しっかし、『
「かっこいい名前だと、お、思いますぅ……」
「本人は顔真っ赤にしそうだけどな」
「たしかに」
画面には続いて、『投稿者映像』と書かれたウィズリーキャッスルの映像が流れる。
空に浮く真也が両手を広げ、あっという間に空を埋め尽くす殻獣をなぎ払う、象徴的な映像。
『葬儀屋の初陣』として、彼の特集では流さないことがない、有名な映像だった。
「この時だけどさ」
テレビを眺めたまま、伊織が呟く。
「喜多見さん。ここの人型……『キャシアス』だっけ。こいつ、喜多見さんが
「え……? えぇ……と」
日常会話からの刺さるような指摘に、美咲は目を丸くして驚きの声を漏らした。
伊織はきょろきょろと視線を泳がせる美咲に向き直すと真っ赤な瞳をとがらせ、言い放つ。
「銃声、ボク、聞こえてたんだけど。
……なんで間宮の邪魔した。横取りしてんじゃねぇよ」
伊織はその場で何が起きていたか知らない。
しかし、真也であれば問題なくキャシアスを倒せていたであろうと、伊織には予想できた。
「……横取り……ですかぁ?」
ゆっくりと視線を上げ、静かに口を開いた美咲の目は、どこを見ているのか定かではない。
いままで見てきた『美咲』とは違う、底の見えない、薄暗い雰囲気だった。
本能的にひるみそうになった伊織は、負けじと言い返そうと立ち上がる。
「ああ、そうだ——」
「喜多見、それでいい。真也は、死んだり殺したり、そんな事、見なくて、いい」
伊織と美咲が刺々しい空気を作り出す中、レイラが割り込んだ。
その言葉に、腰を折られた伊織は語気を荒げて噛みつく。
「いや、テレビ画面見えてる? 今も虫ども殺しまくってるだろ?」
「虫の駆除……それくらいならいい。でも、人型は……人と似てる。真也の心、傷つくかも、しれない」
「あいつも、『ここ』で戦うならいつかは必要だろ。
参加の時に園口少佐に言われてた。間宮は、その上で参加したんだ」
レイラと伊織の視線が、交差する。
『ハイエンドとして活動する覚悟した真也も、殺すことを経験すべきである』
『真也の優しい性格から、人間やそれに近い者との命のやり取りなどすべきではない』
お互いの意見がぶつかり合い、ピリピリとした空気がラウンジを包んだ。
「それに……喜多見が殺す分には構わないわけ?」
真也は、真也は、と
美咲がキャシアスの脳天を打ち抜き、真也がとどめを刺すことはなかったが、それは同時に『美咲が手を汚した』ことになる。
真也と同じ部隊の仲間であり、同じ歳の少女が殺すことに関しては構わないのかという
伊織とレイラの視線が美咲へと集まり、美咲は重苦しい空気の中、ぶんぶんと手を振って弁解する。
「わ、私は大丈夫ですよぉ……『いまさら』ですぅ……」
なぜか恐縮するように顔を伏せた美咲は、忙しなく振っていた手を止めて、ボソリと呟く。
「そ、それより、間宮さんがぁ……間宮さんの『ハジメテ』が、あんなじゃあ、ダメですよぉ。
緊急避難的に『殺す』なんてぇ……もっと、ちゃんと、考えて、決めて、殺さないとぉ……」
様子のおかしい美咲の顔を覗き込むように、レイラが美咲へと顔を寄せる。
「……喜多見?」
美咲の顔は、仄暗く、しかし興奮しているような、不気味な顔だった。
レイラに気がついた美咲は、再度顔を赤くして驚いた声を上げる。
「ふぇ? な、ななななんですかぁ? れ、レイラさん近いですよぅっ!」
「なんで顔赤らめてんだよ」
美咲の顔を見ていなかった伊織は2人のやりとりにぶっきらぼうに突っ込む。
「……そろそろ、他の人、来る。テレビ消して?」
レイラはゆっくりと姿勢を正し、この話を終わらせることにした。
話し合ったところでこれ以上何も変わらない気がしたし、なにより、美咲の顔にどこか『見てはいけない』ものを見た気がしてしまったからだ。
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