098 彼の武装(下)

 実際に公崇の作った武装を見るため、公崇の案内で真也たちは二階の試用室へと向かうことになった。


 公崇は一同を連れ、一階の販売店舗の奥にある階段を登り真也たちを試用室に案内する。

 公崇は真也に武装を取りに行くと告げ、エレベーターに乗ってさらに上の階へと消えていった。


 結城武装店の試用室はビルの二階と三階をぶち抜いて作られ、武装を振り回しても問題がないように広いスペースを設けられていた。


「なんか、すごい空間だな」


 真也は、誰に言うでもなくボソリと呟く。


 高い天井からは強い照明が焚かれ、壁に掛けられた練習用の武装がその光を反射する。

 試し切り用であろう角材や鉄クズが部屋の隅にまとめてあり、メンテナンス用の機器もいくつか置かれている。


 そのどれもが、武装店に初めて足を運んだ真也にとっては目新しく感じられた。


 真也が興味深そうに周りを見回しているうちに戻ってきた公崇は、巨大な箱を台車に乗せていた。

 公崇は部屋の隅に台車を移し、箱の中から取り出したパーツを組み立てる。


 あっという間に真也たちの前に『それ』が姿を現した。


 公崇は、驚いた様子の学生たちにニヤリと笑いかけると真也に持ってみるように促す。

 娘の夢子と違いオーバードではない公崇には、その武装は持ち上げることすら困難なのだ。


 真也は周りの目線を受けながら、恐る恐る武装を持ち上げる。大きな刃がついているため、丁寧に扱わなければ誰かに怪我をさせてしまいそうな気がした。


 武装を持ち上げた真也に、公崇は「ハルバードだ」と説明する。


 ハルバード。


 それは15世紀にヨーロッパで生み出されたとされる武器の一種であり、槍斧とも呼ばれる。


 槍のように長い柄の先に斧がついている武器であり、斧の他に槍と、そしてパイクと呼ばれる棘がついているものが主流だ。

 鎧の隙間を縫って槍のように突き刺すことも、斧のように重量を生かして斬ることも、パイクを使い、相手の足を引っ掛けて倒すこともできる。


 当時のヨーロッパで主流であった、硬い甲冑相手に大きなダメージを与えることを主眼に作られた武器。


 それは、ある意味『硬い殻』を持つ殻獣相手には理想的な武器のようにも思われた。


「ハルバード……ですか……」


 しかし、武装を実際に手に持ち、ハルバードと説明を受けた真也の感想は、別のものだった。

 真也はハルバードという武器を知らなかったが、それでも目の前にある『これ』には、もっとふさわしい名前があるように思えた。

 たしかに公崇の説明通り、すらりと長い槍のような柄の先に殻獣の甲殻合金の、硬く、それでいて粘りのある刃が3つ付いている。


 一枚は天を衝くような槍、一枚はハルバードであることを表す斧。そして、その斧の反対側に座する最後の一枚は……


「……鎌?」


 真也の率直な感想に、公崇が咳払いをする。


「ハルバードだっつってるだろ。

 ……まあ、武装として大鎌や戦鎌って登録基準が無かったからなんだが」

「やっぱ鎌じゃないですか……」


 最後の一枚は、ハルバードという武器における『パイク』というには大きすぎた。本来は突き刺したり引っ掛けたりするための部分にもかかわらず、真也の手にあるハルバードのパイク部分は大きく湾曲した刃。80センチほどもあろうかという大鎌は、見るものに畏怖を与え、死を予感させる形をしていた。


「まあ、どう見ても大鎌だよねぇ☆」


 夢子がケラケラと笑い、伊織が驚いて声をあげる。


「おやっさん、こんな実用性のなさそうなもの作るんだ。意外」


 二人の反応に公崇はバツが悪そうに頭を掻く。


「だから、趣味で作ったっつったろ。ハイエンドってのは、正直武装を扱わなくてもいいようなオーバードだ。

 だから『象徴的』な武装、ってコンセプトだ。いや、もちろんエンハンスド7でも扱える耐久性もあるし、武器としても使いやすくは作ったつもりだ……が、どうだ、お前、これ扱えるか?」

「うっ……」


 公崇の指摘に、真也は呻く。

 自分が扱うには玄人向けすぎる。というよりも、果たして実践で使えるような代物なのかすら怪しいと思えた。


 真也は慎重に武装をテーブルへ乗せ、遠くから見つめる。


 真っ黒な大鎌は真也の手に負えるのか、扱いきれるのか。悩み真也に公崇が言葉を続ける。


「お前はエンハンスド7なんだろ。なら、武装が機能しなきゃ戦えねぇんだ。だから、1から作り直す時間をだな……」


「真也」


 公崇の言葉を遮り、レイラが真也の方に手を置く。


「いい。長い武器、とても、いい」

「……レイラ?」


 意外な人間からの推薦に、真也は狼狽える。

 

「私は、いいと、おもう。これに、しよう……! かっこいい!」


 かっこいい、それが武装に対しての言葉であったとしても、真也の心は完全に鷲掴みされた。

 レイラの青い瞳がすぐそばまで迫ると真也は目をそらすことができず、衝動的に『はい』と返事しそうになる。


 真也とレイラの距離が近くなり、伊織はコホンと小さな咳払いをして口を開く。


「レオノワ、間宮妹の武装、メンテ出すんだっけ?」

「ん? うん」

「夢子さん、下で受け付けてやってよ。おやっさんロシア語話せないし」

「いいよ☆ さあ行こうかぁ、かわいこちゃぁん……☆」


 伊織の言葉にノータイムで返事した夢子は、手のひらをわきわきとさせながらレイラへと近づき、オーバードらしい素早さで腕を取った。


「あ、ちょっと、引っ張ら、ないで……」


 夢子に半分引きずられるように、レイラは一階へ降りていく階段の先へと消えていった。


 伊織は二人を見送ると、今度は直樹に対して目線をやる。


「ねぇ、葛城、桐津さん、レオノワについて行ってあげてよ」

「え? 間宮のはいいのか?」


 今回、直樹は真也の武装購入の手伝いとしてきている。

 それなのに、自分もこの場にいなくてもいいのか、という確認の言葉だった。


 しかし、にやりと頬をあげた伊織は、直樹に対してつぶやく。


「困ってるレオノワを助けてやれよ」


 伊織の言葉に、直樹は目を見開き、「おう!」と力強く返事をして、二人を追って試用室から出て行った。


「い、伊織!?」


 ひらひらと手を振って直樹を見送る伊織に、真也は声を上げる。

 真也は合宿中に「レイラが好きだ」と伊織に相談した。その上で、レイラをわかりやすく狙っている直樹を彼女の元に送るという伊織の行動の真意が分からなかった。


 伊織は友人であり、きっと真也とレイラが付き合うための援護をしてくれるとタカをくくっていたが、そうではないのだろうか。


 真也が眉を寄せる間にも、伊織は行動を止めない。


「というわけで、桐津さんはブレーキね」

「うん、いいよぉ」


 姫梨も二つ返事で伊織の提案を受け入れる。


「真也クン、妹ちゃんの武装はぁ?」

「え!? あ、そこに置いてる、こげぶたのキーホルダーついてるやつ……なんだけど」


 反射的に真也は姫梨に返事し、姫梨はカバンを手に持つ。

 まひるの武装は短剣だが、コピーと予備の分も合わせて8本入っており、カバンもそこそこに大きい。


 しかし姫梨は、全く重さを感じさせない動きでそのカバンを持ち上げ、確認するように真也へと目線をやる。


「うん。それだけど……」


 未だ釈然としない真也の言葉を遮るように姫梨は告げる。


「おっけぇ、持ってくねぇ。モノも持たずにあの子たちどうするつもりなんだろうねぇ、あはは」


 そうして伊織のそばへ行くと、真也に聞こえないようにボソリと呟く。


「……いおりん、悪いコだね?」


 姫梨のにやりとした表情に、伊織はどこ吹く風といった表情で言葉を返す。


「言ってる意味がわからない」

「そっかぁ」


 相変わらず微笑む姫梨の目には、ぴこぴこと落ち着きない伊織の耳が写っていた。


「時間は有限だからね。メンテ出すの同時進行でもいいだろ」

「んふふ、そだねぇ。有限だねぇ」


 姫梨は言葉の上では納得したように、意味ありげに言うとカバンを担ぎ直して一階へと去っていった。



 広い試用室には、真也と伊織と公崇だけ。



 しいん、と場が静かになったところで伊織が口を開く。


「……おやっさん、ボクはこの武装でいいと思う」


「坊主、それ本気で言ってんのか?

 作った本人が言うのも何だが、これ一本で戦うのは初心者には無理だろ」


 公崇の意見に対して、伊織はにやりと笑う。


「本当に間宮が武装以外の攻撃手段が無いなら、ね」


 ハイエンドを隠し通そうとした真也の意図すら、伊織は気にせぬように言葉を重ね、真也は「伊織!?」と驚きの声を上げる。


 そんな真也を手のひらで制すると、伊織は言葉を続ける。


「間宮、どうせ最後の武装の購入申請の時にバレるんだ。何のためにレオノワを囮にしたと思ってんのさ?」

「……ああ、そういうことだったのか」

「うん。……その、間違っても、ボクが間宮の邪魔をするわけないだろ、うん」


 伊織は直樹と姫梨に真也がハイエンドであると知られないように、レイラを利用したのだと真也は気づく。

 真也はやはり伊織は頼りになるな、と笑みをこぼすが、それを受け取った伊織は恥ずかしげに頬を掻いて目線をそらした。


「……何言ってるかさっぱり分からんぞ坊主」


 真也と伊織のやりとりについていけない公崇が困惑したように声をあげ、伊織は公崇に向き直すと横に立っている真也を指差す。


「おやっさん、こいつハイエンド」


 まるで日常会話のように伊織の口から出た言葉に、公崇はその言葉の意味を理解するのに数秒を要した。


「……はぁ?」


 伊織の言葉の意味を理解し、大声を上げた公崇に、真也は申し訳なさそうに頭を掻きながら伊織の言葉に補足を入れる。


「あ、あの、本当は本当に防御系のマテリアルなんです。……ハイエンドの」


 おずおずと真実を申告した真也に、公崇は無言で右手を差し出す。


「えっと……」


 真也が公崇の行動に頭をひねっていると、公崇が真也を急かすように口を開く。


「腕。バングル寄越せ。確認する」

「え、あ、はい」


 真也は自分の腕からバングルを外し、公崇へと渡す。公崇は壁際の作業台からスキャナーを引っ張り出すと、真也から渡された識別バングルに当てた。

 公崇はスキャナーに取り付けられた画面を睨み、首を傾げながら声を上げる。


「……エラーじゃねぇか」

「そらそうでしょ、一般の武装販売店の強度スキャナーに『ハイエンド』の項目あるわけないじゃん」

「……マジ、なのか?」

「……はい」


 伊織の堂々とした態度、そして公崇自身初めて見るエラー表示に、目の前の少年が『ハイエンド』かもしれないと公崇は思い始めていた。


「見せてみろ、お前の異能」


 真也は公崇の言葉に従い、異能の盾を発現する。一瞬で13枚の棺の盾が現れ、公崇は威圧感から一歩仰け反った。


「この間宮の盾は測定不能の硬度を持ってる。

 それを自在に操って攻撃したり、防御に至っては全自動、って異能」


 簡潔に説明した伊織は、本当にハイエンドたる異能なのか示すため、手近な鉄の棒を握ると真也に目線をやる。


 真也が伊織に目配せを返し、それを合図に伊織は異能を発現、速度を高めて攻撃を始めた。


 そしてその全ては、完璧に防御される。


 公崇の目には追いきれないものの、その全てを完全に遮断する真也の盾は、非常に強力に見えた。

 攻撃を防御している真也が、目を瞑っていることも含めて。


「こりゃ……すげぇ」


 公崇はこっそりと手近にあったナットを真也に投げつけてみたが、それも棺の盾に遮られた。


 真也の『棺の盾』は、主人の『ハイエンドであることを示す』という意を完全に汲んで行動を果たしたのだ。




 ものの数分の戦闘の後、まるで自分のことのように自慢げに伊織が胸を張って公崇にベコベコになった鉄の棒を渡す。


「どう? すごいでしょ。間宮の防御は『絶対』なのさ」


 ふふん、と鼻を鳴らし、自慢げな伊織は、さらに告げる。


「盾の隙間から突く、盾の裏側の相手を長い鎌で斬る、巨大なやつ相手なら、甲殻を斧で叩き割る。これほど間宮向きの武装は無いと思う」

「なるほどなぁ……長物特有の近距離戦の不利は、この盾があるから考えなくてもいい、か」


 伊織の言葉を引き継ぎ、公崇は顎に手を当てて頷く。


「しかし……なんで武装が必要なんだ? こんだけ強力な異能で、攻撃もできるってんなら、お前自身は戦わなくたって平気じゃねぇか。さっきもそうだ、『戦えるようにならなきゃいけねぇ』って、どういう意味だ? 坊主相手にここまでできるってのによ」


 公崇の指摘に真也は顔色を曇らせる。人型殻獣について、公崇に言うことはできない。ハイエンドたる真也がさらなる力を欲していることすら、公崇に対して言い知れぬ『不安』を煽るような内容だったかもしれない、と真也は冷や汗をかく。


 しかし、公崇は表情を一転させると満面の笑みで言い放つ。


「……よし、売った!」


 何も言い返せなかった真也に対しての公崇の即決に、真也は驚く。「なぜ?」という言葉が出る前に、公崇は真也に向けて続けて言葉を放つ。


「俺がハイエンド用に作った武装を、ハイエンドが使う。これ以上の喜びなんてねぇよ」

「悪いけど、間宮がハイエンドだっていう事、あまり公に出来ないかもよ?」

「構わねぇさ。別に売名で作ったわけじゃねぇ。夢子のやつはグチグチ言ってきそうだが」


「あ、あの! 本当にいいんですか?」


 せっかく追求されずに済んだところを、それでも真也は問いただしてしまい、口に出してから心の中で『しまった』と思った。


 しかし、そんな真也に対しての公崇の返答は、単純明快だった。


「ああ。信じる」


 自信満々に言い放った公崇は、真也を安心させるように言葉を続ける。


「お前さんが言えねえ事があるのは分かった。でも、その『目』は……『覚悟』は本物だった。なら、もう聞かねぇ。

 ……それに、棺使いが大鎌を振るう、なんてきっと運命だろうよ。似合ってるぜ」

「……ありがとうございます。俺、この武装を扱えるように、ちゃんと練習します!」


 真也は公崇に深く頭を下げ、公崇は、真也のお辞儀に「おう」と短く返した。


「来週の日曜、来れるか?」

「はい」

「なら、そん時に渡す。最終調整だけさせてくれや。持ち運び用のカバンもつくらねぇとな」

「はい!」


 公崇は腕を大きく回して気合いを入れると、真也の武装を分解し、箱に仕舞っていく。


 大鎌を見つめる真也の背中がトントンと叩かれ、真也は振り返る。


「おやっさんの武装はどれも良い出来だからさ、きっと間宮の力になるよ。いい店だろ、ボクの行きつけ」

「ああ。いい店だね」


 真也は武装を慣れた手つきで分解する公崇の背を見つめて返事をする。



 バラバラになっていく『真也の大鎌』が自慢げに刃を光らせたように、真也には感じられた。

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