086 閑話:その頃日本では
早朝。まだ生徒がほとんど登校してきていない時間に、友枝透は東雲学園の校門の前にいた。
「おはよう、友枝君。今日も一番乗り?」
「お、おはようございます」
「誰よりも早くくるなんて真面目だね、友枝君は」
「そ、そんなことないっスよ」
声をかけてきたのは、風紀委員長の女子生徒。
透はいつも誰よりも早く校門へとたどり着いていた。それは、自分の好きな少女に、誰よりも早く挨拶するためであり、真面目だと言われるとどこか後ろ暗い気持ちがした。
それからしばらくして何人かの風紀委員が校門へと集まってくる。
一週間の、校門での風紀チェック。
東雲学園の生徒、その誰もが嫌がる仕事であり、風紀委員として逃れられない仕事。
しかし、他の生徒とは違い透にとって、その仕事は幸せなものだった。
中学に入学した時から気になっている少女、間宮まひると共に、毎朝過ごせるのだから。
透が校門から駅の方を見ると、ちょうどまひるが校門へ歩いてくるところだった。
グレーのブレザーの下には、ワイシャツと目を惹く赤いカーディガン。スカートは普段から比べて、ひざ下の丈と非常に長い。
普段はミニスカートを好むまひるも、流石に風紀委員の仕事中にそういった服を選ぶのを避けていた。
校門に近づいてきたまひるに、透は誰よりも早く声をかける。
「まひるさん! おはようっス」
「おはよう、友枝くん」
「その、今日も、か、可愛いっスね! 」
透渾身の言葉を、まひるは事も無げに受け止める。
「うん、今日お兄ちゃんが帰ってくるから」
まひるには、1人、兄がいる。
昔から間宮まひるはブラコンであると冗談でよく言われていたが、それが去年の三学期からジョークではなくガチと言われるようになった。そしてその兄も風紀委員であり、この朝の仕事に参加するはずだった。
もし、彼女の兄……真也がこの場にいたら、きっとまひるはずっと真也のそばを離れないだろう。
しかし、真也は東雲学園名物の高等部一年生のオリエンテーション合宿で、学校にいない。
つまり、週明けの活動開始から今日までの3日間は、まひるとの距離を詰める絶好のチャンスだった……のだが、その真也が大怪我をしたとの情報が飛び込んできて以来、まひるは浮かない顔で、透は距離を詰めるどころではなくなっていた。
「まひるさん、ちなみに、間宮先輩は……その後どうっスか?」
「……うん。昨日あの後連絡が来て、まだ体調は万全じゃないけど、双葉の正規軍人さんのおかげで、もう肉体的には大丈夫って、津野崎先生が」
「なら、良かったっスね」
「……ありがとう」
まひるは、透の言葉に微笑む。儚い笑顔だが、少しでも元気を取り戻せたようで、透は天にも昇る気持ちだった。
距離を詰めるどころではないと思っている透だったが、このような励ましが一番まひるを喜ばせ、好感度をあげている事実に気づいていない。しかし、気づいていないのは幸運なことだった。
そういった裏のない透の真摯な言葉に、まひるは感謝していた。
ただ、感謝以上の感情が一切ないのは、透にとって不幸ではあるが。
「さぁ、今日も元気に挨拶っス! 声出せば、心も晴れるっス!」
「そう、だね」
こうして、風紀委員の早朝活動、折り返しの3日目がスタートした。
「おはよーございまっス!」
「おはようございまーす……」
透は口癖のせいで変な言い方とはなっているが元気に挨拶を続けるが、隣に並ぶまひるの様子は、優れない。
「その、やっぱり、間宮先輩のこと、心配っスか……? もう、怪我の方はいいんスよね?」
透が恐る恐る聞くと、まひるは口を開く。
「それもあるけど、なんかね、昨日『嫌な予感』がしたの」
「え!? どんな予感っスか?」
「……うーん……」
そう呟くまひるの目に、光はない。
「なんか、よからぬ虫が……」
「虫? 殻獣っすか!?」
「いや、なんていうか……そうじゃなくて。これは、カンなんだけど」
まひるは、顎に手を当て、言葉を続ける。
「私のお兄ちゃんに、良からぬことを企てている人間がいる。そんな気がする……」
まひるの言葉に、透は肩を落とす。
「それ、間宮先輩が『合宿に行った翌日』からずっと言ってるっスよね?」
「ちがうの、それよりももっと、なんていうか、こう直接的な? 前のとはちょっとちがう気がするの」
まひるは手を動かして自分の思いを表現しようとするが、透には伝わらず、まひるが延々と『兄』の話をすることに、透は心が折れそうになる。
そんな2人に、挨拶がかけられる。
「おはよう、風紀委員の仕事、今日もお疲れ様」
「おはようございます、友枝さん、まひるさん」
2人に声をかけたのは、アンノウンの隊長であり、生徒会長の九重光一と、同じくアンノウンの隊員であるその妹、九重苗だった。
「あ、九重先輩! おはよーございまっス!」
透の変な挨拶に光一は少し頬を緩ませる。
「一週間、早朝からの活動は大変だろう」
「そんなことないっスよ! むしろ、委員の仕事がないのに、いつも九重先輩たちも早いっスよね」
「ああ。朝の鍛錬を始めたからな。自然とこの時間に登校することになる」
「鍛錬……九重流のっスよね」
「ああ。いままでも鍛錬はしていたが、今後のことがあるだろう? メニューを増やして、朝も鍛錬することにしたのだ」
「九重流……オーバードの武道ですよね」
まひるの言葉に、光一は頷く。
「ああ。オーバード用の戦闘術として進化したが、元々は古武術だから非オーバードの門下生もいるがな」
九重流は、日本でも有数のオーバード用の武術であり、数少ない実践戦闘術だ。
国疫軍でも複数の支部で取り入れられており、もちろん日本支部でも、九重流の格闘術を使用している。
腕を取って寝技に持ち込んでも、エンハンスド能力で簡単に跳ね返される相手に対し、完全に無力化する手立ては多くない。また、拳が擦れば吹き飛ばされる相手に、接近を挑むのも困難である。
九重流はそんな相手に対して優位に戦う方法を模索し、一つの武道として練り上げられたものだ。
「そうだ、お前たちも一緒にやるか? 今後に向けて、しっかりと学ぶのも悪くないだろう。朝は一部の門下生しか参加が許可されていないから、夕方以降の鍛錬に参加となるが。
授業で習うこと以上の九重流を知るかどうかは、今後の活動に大きく左右するかもしれん」
もちろん、異能者士官学校でも、最低限の九重流を学ぶ。
そしてそれは、今後オーバードを相手にするかもしれない透達にとって、自分たちの武術であり、敵の武術になるかもしれないのだ。
「それは、ありがたいっス!」
「私も……。その、お兄ちゃんと相談してもいいですか? よかったら、お兄ちゃんと一緒に稽古に参加させてもらえると……」
「大歓迎だ。むしろ、一番学ぶべきは間宮だろう。彼は、オーバードの武術を知らないだろうからな」
光一が笑顔で頷き、苗もそれに続く。
「ぜひ、お兄さんといらしてくださいね?」
「……はい」
まひるは苗が真也に対して……『兄』という存在に対して何か思うことがあるのを察知していたため、急に会話に参加した苗に警戒心を抱く。
『恋人』という立場ならば、今はまだ取られても構わない。それは、いつか取り戻す。しかし、もしも『妹』としての立場を脅かすようなら、それは今も今後も絶対に渡すつもりはない。
恋人として色目を使う人間よりも、『兄』を強調する苗を、まひるは危険人物としてマークしていた。
「まあ、今日帰ってくるのだから、そのあとゆっくり話せばいい。では」
「お二人共、風紀委員のお勤め、頑張ってくださいね」
そんなまひるの心情を知らぬ2人は、校門をくぐり、去っていく。
「よかったっスね! 九重流を家元筋から学べるなんて、すごいっス!」
「そう、だね」
まひるは、果たしてこのことを本当に真也と相談するか、一旦保留とした。
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