080 死闘(上)
プロスペローに蹴り飛ばされたレイラは、一度完全に気を失ったものの、身体中の痛みを感じながら杭を杖代わりにして立ち上がる。
レイラにはプロスペローからの攻撃が、全く見えなかった。
口の中を切ったのであろう、鉄の味を噛み締めながら、レイラは自分の眼前で広がる『盾』の舞を視界に入れる。
こちらへ飛んでくるカナブンの化け物は、一体一体は非力であるがその数が尋常ではない。
レイラではさばけないであろうその数を、真也の盾が完全にシャットアウトしている。
砕き、跳ね返し、砕けた殻獣から飛び散る体液すらレイラの元へ届かぬように遮る。
それを、レイラはぼーっと眺めていた。
まだ頭がうまく動かない。音もぼやけて、まるでテレビでも見ているような感覚だった。
遠くから、がぁん、がぁんと音がなる。
その方へと『カメラをパン』させると、そこでは、2人の人間が戦っていた。
片方が空を舞いながら、時折急降下して攻撃をする。
片方はそれを見上げ、浮遊する盾を自在に操っている。その動きの一部は、レイラの目では追いきれない。
しかし、地面に立つ少年は、空を舞う男の攻撃が『やってくる方向を向いてから盾を出現させる』。
それはつまり、少年には……真也にはプロスペローの動きが見えているという事。
自分とは違う異次元のような戦いをレイラは見ていたが、徐々に頭が覚醒してくる。
「あなたはあの愚物とは違うようだ。仇敵を思い出します。
戦い方は『彼』よりも荒削りですが、新たな力があるぶん厄介かもしれませんね。本当に、嫌な臭いといい最悪の存在だ」
プロスペローの言葉で、レイラの意識は一気に覚醒した。
この男は、シンヤの仇。そして今、目の前にいる『新たな友人』すら手にかけようとしている、化け物。
「ッ! 真也!」
レイラは声をあげ、真也の方へと走る。
ダメージが残っているせいでいつもよりだいぶ重い体に無理をさせて走る。
「レイラ、来ちゃダメだ!」
こちらを見ずに放たれる真也の言葉に、レイラの体が強張り、足を止める。
自分より、ずっと弱いと思っていた真也。その本人から『戦力外』と告げられる。
彼の戦いぶりを見る前であれば、レイラは何も感じずに吶喊しただろう。しかし、真也とプロスペローの戦いを目の当たりにしたレイラは、その言葉に逆らえなかった。
プロスペローの話ぶりからして、シンヤも本当は今見えている真也の姿と同じか、それ以上に戦えたのだ。
しかも、それを内緒にされていた。
レイラは、実際に真也が現れるまでは、シンヤの異能も知らなかったし、今の今まで、本当の強さも何も知らなかったのだ。
そして、目の前でプロスペローと互角に戦う、『強い真也』もまた、知らなかった。
彼は、異能が強力なだけの、ただの少年だと思っていた。
でも、彼はプロスペローの攻撃を『見て』防御し、時折手に持った片手剣を振るうことすらする。
このままでは、追いていかれてしまう。
そんな直感に、レイラの胸が悲鳴をあげるように締め付けられる。
その痛みにレイラが立ち止まると、その側を真也の盾が通り過ぎ、レイラに襲いくるカナブンの殻獣を砕く。
レイラは、一人の戦士としてではなく、か弱いお姫様のように守られて、この場にいた。
「なんで……、なんで、私、は……」
レイラの口から、自分で意図しない声がこぼれ落ちる。
弱い自分。それを払拭したくて、この日本に来たはずだった。
誰かに守られ、のうのうと暮らすことに、嫌気がさしてあの父親の元を離れたはずだったのに。
真也の言う通り、この戦いに自分の援護はいらないのかもしれない。
それでも、レイラはシンヤの敵討ちに自分が全く役に立たないなどというのは認められなかった。
「真也! 援護、する!」
レイラは気合を入れてそう伝え、杭を構える。
それは、普段の槍投げのような構えではなく、独特な姿勢だった。
上半身を安定させるために片膝を立ててしゃがみ、右腕を真っ直ぐに伸ばし、その腕の上に長めに作り出した杭を乗せる。
左手は右肩の上で杭を支え、右手はまっすぐ指を伸ばし、女王へと向ける。
そして、顔を右肩の上に傾け、たっぷりと時間をかけてレイラは狙いを定め、異能を発動させる準備を整えた。
この『異能』は集中すると、他が何も見えなくなる。
普段はあまりにも隙が多いために封印していた、レイラの異能の、本当の能力。
しかし、真也の盾がその時間を稼いでくれるなら、その集中の時間は十分取れる。
真也の盾が自分の安全を用意してくれるなら。
お姫様のように守られるのではなく、その盾を利用して十全に戦える『戦士』であるところを、見せなければならない。
レイラはふう、と一つ息を吐き出し、右腕のブレを抑える。
レイラの異能は、杭を作り出すだけではない。
「射出」
杭を『打ち出す』能力なのだ。
レイラの短い言葉とともに、杭が滑るようにレイラの右腕という滑走路から放たれる。
音もなく放たれた杭は、真っ直ぐに飛び、巨大な女王の節足の1つを貫通。その直後、女王は、目に見えてその動きを鈍らせる。
「真也! もう少し、私を、守って! その間に、女王、無力化する!」
「分かった! そっちは頼んだ!」
真也の言葉にレイラは頷いて、もう一度杭を作り出して同じように構える。
「これはこれは、本当にオーバードというのは……侮れない。いつまでも遊んでいるわけにはいきませんか」
真也と戦闘を繰り広げていたプロスペローは真也から距離をとり、レイラを睨む。
プロスペローの知らなかった少女の『異能』によって、このままでは真也を追い詰めるのが難しくなる。
真也の戦闘力が大きく削がれているのは、他でもないこの女王を抑えるのにその盾の大部分を使っているためだ。
「先ほど、殺しておくべきでしたね」
プロスペローは真也から離れ、レイラに向かって飛翔する。
「させるか!」
そうはさせまいとプロスペローに対し、真也は残った4枚のうち2枚、盾を飛ばした。
真也の盾はプロスペローの動きを阻害するが、プロスペローは巧みにその盾を避けてレイラの元へと向かう。
「小賢しい!」
プロスペローは今まで盾を避けているだけだったが、初めてその盾を乱暴に殴り飛ばした。
真也の盾はプロスペローの拳を受け、『後退する』。
「そんな!?」
真也の盾が、初めて攻撃を受けて後退した。傷は付いていないものの、それは真也を驚かせるに十分だった。
このままプロスペローがレイラの元にたどり着いたなら、それは、レイラの危機を表す。
レイラは、すでに次弾の準備を始め、集中を進めている。
全くプロスペローを気にしないその動きに、真也はより一層焦燥感を覚える。
『レイラを守るのは、俺の使命だ』
それは、今回の戦いに必要だからというわけではなく、シンヤに頼まれたからでもない。
『好きな子を、守る』
真也は反射的に白い盾に乗ると、プロスペローを追って飛翔する。
「待てぇぇぇ!」
真也はなりふり構わず、自身を守っていた残り1枚をプロスペローへと差し向け、計3枚の盾がプロスペローの前に瞬間的に現れ、その進路を塞ぐ。
殴ろうとも、避けようとも、多少の時間は稼げるはずだ。
もはや、真也の身を守るものは、何もない。しかし、そんなことはどうでもいい。
何よりもレイラを守ることに全てを費やす。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勢いをつけて白い盾から飛び出し、真也は喉から咆哮を鳴らしながらプロスペローへと襲いかかる。その声に一瞬足を止めたプロスペローの背後に向かって剣を振り上げ、大上段から斬りかかる。
「……分かりやすい。『力』がなくても、誰でも分かりそうなほどの『執着』」
プロスペローはニヤリと笑うと、真也の方へと反転。
眼前に躍り出た真也に向かって、獰猛な笑みを向ける。
「だから、貴方は、死ぬ」
左手で真也の片手剣を弾き、右腕の貫手を真也の腹めがけて突き出す。
「あ……」
真也の口から、小さな声が漏れ……そして、彼の腹部に深々とプロスペローの右腕が突き刺さった。
時を同じくし、レイラの腕から二発目の杭が放たれ、女王の動きを止めた。
女王は身じろぎをするのが精一杯という状態。
女王から指示のないカナブン型の殻獣もまた、女王から飛び立つことはなくなっていた。
「真也! これで女王……は……」
レイラが集中を切り、真也の方を向くと、そこには、惨劇が広がっていた。
腹を貫かれ、四肢をだらんとさせた真也。
プロスペローの右腕がその真也の腹に消え、背中から生えている。
「う、そ……」
レイラは、その凄惨な光景から目を離すことができなかった。
「ぐ……ふ……あ……」
真也の口から、苦悶の声が漏れる。
「ははは、分かりやすい! 分かりやすすぎる! ここまで! 単純だとは!」
「キィィィィィィィィィィィィィィィイイイ!」
先ほどまで静かだった少女型殻獣はレイラの異能に行動を阻まれてなお、喉から大きな音を鳴らす。
身じろぎひとつできない少女の瞳には、レイラ同様に明確な『怒り』が溢れていた。
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