073 5番尖塔型塚


 一方、東雲学園の一年生たちは、殻獣の巣、『5番尖塔型塚』へと到着していた。


 殻獣たちが押し寄せる前に到着できたことに生徒も、教員も胸をなでおろしながら塚の内部に車両を止め、防衛のための準備を進める。。


「近くで見ると、思いの外でかいね」


 ぼそりと呟いたのは、今は01小隊の夏海だ。

 01小隊は、他の生徒たちと違い、入り口で待機していた。


 夜空にそびえる尖塔は直径500メートルほどであり、入り口もまた広い。


 幅20メートル近くあるその入り口は、装飾も、当たり前だが扉もなくただぽっかりと空いているだけである。

 遠くから見た際は、巨大な建造物の巨大な穴から青白い光が漏れることに幻想的な雰囲気を感じたが、近くで見ると圧倒され、恐怖を感じるほどだった。


 夏海がぶるりと体を震わせ、入り口に背を向けて腕を組むと、01小隊の隊長である直樹がその横に並ぶ。


「ところで、レオノワさん達は、なんの用事か聞いてないの?」

「うん。異能顧問の津野崎先生に呼び出されたけど、それ以上は私達も知らない」

「そっか……」


 心ここに在らず、といった雰囲気で何か考え込む直樹に、夏海は発破を掛けるように話しかける。


「そんなことより、葛城くん、01の担当は?」

「ああ、まだ伝えてなかったか。俺たちは03、04、05と共同で外部の殻獣が巣に入ってくるのを阻止する。2時間後に交代だから、それまで全力防衛な」

「え? 四部隊もつかうの? 殻獣ってこの巣は使わないんじゃ……斥候で向かってくるレベルぐらいなら二部隊もあれば大丈夫じゃ?」

「普通ならそうかもしれないけど、今回のバンは特殊だろ? 何が起こるか分からないからな。引率の軍人の方々も補助してくれるけど、すこしでも人出が多いに越したことはない」

「なるほどねぇ」


 直樹は説明中に集まってきた隊員たちを見回すと、冬馬へと話しかける。


「牧田は、『岩山』なんだよな?」

「うん」

「じゃあ、入り口を狭めてくれ。先生には許可を取ってるから」

「分かった。全部塞ぐ?」

「いや、完全に塞ぐと別の地点から襲撃されるかもしれないから、狭めるだけでいい」

「了解」

「葛城! 全員塚の中に入ったぞ」


 話し合う新生01小隊に、声が掛かる。

 確かに避難の列が全て塚の中に飲み込まれたのを確認し、直樹は指示を飛ばす。


「じゃあ、各小隊は戦闘準備。牧田は入り口の縮小頼む」

「はいよ」


 冬馬はそう言うと、地面に手をつけ、広大な入り口に壁が迫り上がる。


 3メートルほどの幅の仮設の入り口を残して、盛り上がっていく壁に秋斗がにやりと笑った。


「今回も牧田大活躍だな」

「今回も……っていうか、前のは活躍と言っていいのかな」

「当たり前でしょ、おかげで私達助かったんだから。今回も頼りにしてるよ」

「頑張れ、冬馬くん!」


 夏海や春香からも応援を受け、冬馬は満面の笑みで、「おう! まかせとけ!」と返事を返した。


 牧田冬馬はやはり、調子に乗りやすい男だった。




 冬馬の異能により、入り口は3メートルほどの高さと幅まで狭まっていた。


「そろそろ、来るぞ」


 呟いたのは01小隊の引率の軍人だった。

 直樹たちはそれに反応し、武装を手にする。


「多すぎます! 戻ってください!」


 塚の中からの叫び声に、直樹が振り向く。


 その視線の先には、02小隊の引率、ウッディ曹長が居た。


「知覚した殻獣が多すぎます!

 まもなく援軍が来ますので、彼に任せて全員塚の中へ!」

「援軍? いったい誰が来るんだ」


「なんだこの量!?」


 正規軍人同士の会話に、秋斗の声が挟み込まれる。


 驚いた一同は、空を見上げた。


 夜よりも暗い影が夜空に光る星を塗りつぶしながら、こちらに向かって飛んでくる。


 まるで砂嵐のようにまだらに空を染める黒い影。入り口を陣取った面々が、その点々とした影全てが殻獣であると気づくのに、さほど時間はかからなかった。


「え、完全にここに営巣する気って数じゃん!」

「何だこの数は!?」

「ですから、早く中へ!」

「しかし、援軍など聞いていないぞ!」


 混乱する正規軍人につられ、生徒たちもまた混乱する。


 そんな混乱の場に、1人の男性と、少女が現れた。


「やあ、初めまして、かな。東雲学園と、ロシア支部の皆さん」


 塚の入り口から漏れる青い光をキラキラと反射する美しいブロンドヘアーは、サイドに流されており、独特のオーバードスーツに身を包んだ、この世界では知らぬ者のいない有名人。


「トイボックス!? なぜここに!?」


 彼のすぐそばには、ヘッドギアで顔の大部分を隠した戦闘用アンドロイド『B.B』の姿ももちろんあった。


「たまたま、ロシアに寄っていてね。ロシア正規軍は周りを固めるとのことで、私が来させてもらったのさ。先程、アメリカ支部から連絡をさせてもらっていたと思うのだが」


 その言葉に、ウッディが頷く。


「はい。今回は、この塚の防衛、よろしくお願いします」

「もちろんだ! 将来有望な軍の担い手を守る。素晴らしい任務だよ」


 そう言って、トイボックスは直樹の肩に手を置く。

 有名人に触れられたことで、直樹の顔は分かりやすく赤く染まった。


「あ、ああ、あの、トイボックスさん!」

「なんだい?」

「え、援軍、あ、ありがとうございますっ!」


 直樹の言葉に、トイボックスはウィンクで応える。


「国疫軍が割ける人員は、私1人しかいなかったようだ。ケチな軍隊で申し訳ない限りだよ。

 さあ、外部の敵は私に任せて、諸君らは内部での防衛に努めたまえ」

「トイボックスさんの言うとおりですよ、ハイ。皆さん中へ」


 そう声をかけてきたのは、いつのまにか入口へとやって来ていた津野崎だった。


「はい」


 外にいた面々は、入り口へと集まる。


 この塚へと向かってくる影は、少しずつそのグロテスクな形を表してきていた。


 星どころか、月さえも塗りつぶさんとする大量の影。


 それは、見るものに数の暴力を強く感じさせる光景であり、そしてそれらがB指定であることを知る人間にとっては絶望のような光景だ。


 そんな中でも、最強の異能者、『トイボックス』は落ち着き払って言葉を続ける。


「入り口が狭いな」

「あ、お、俺が狭めました」


 冬馬がアピールをすると、彼の望み以上の反応を、トイボックスが返す。


「素晴らしい! 『岩山』かい?」

「はい!」

「なら、完全に閉じてくれ。この塔には、一匹たりとも近づけないことを誓おう」

「はいっ!」


 冬馬の顔は、完全に1ファンのそれになっていた。

 最強の異能者が来たことで、場が明るくなる。

 これから大量の殻獣が押し寄せるとわかっていても、トイボックスの強さを知る……複数の営巣地を1人で殲滅できるという事実を知っている彼らに、不安はかき消えていた。


 トイボックスもまた、彼らを落ち付けようと明るい声色で話していたが、そんなトイボックスに、静かに告げる声があった。


「トム」


 それは、トイボックスのパートナー、B.Bだった。


「わー、B.Bだ。やっぱ可愛いー!」


 そう明るい声を上げたのは、春香だ。


「……トム、戦場展開します」


 しかし、アンドロイドたる『B.B』は、そのような言葉に応えることなく、事務的に言葉を紡いだ。


 トムはB.Bに目線をやると、静かに告げる。


「座標を送れ、その場所に箱を展開する」

「了解」


 短い会話の後、高さ2メートルほどの大きさのコンテナが次々と現れる。


 入り口の左端から生み出されたコンテナ郡は、しばし間を置いて入り口の右端まで立ち並んだ。


 ぐるりと塚を囲むコンテナ。


 準備が終わった、と言わんばかりにB.Bが殻獣の群れへと向き直す。


 それを見計らって、トイボックスが高らかに宣言する。


「さあ、おもちゃ箱をぶち撒けろ!」


 宣言とともにコンテナの壁が次々と取り払われ、その内部からは銃座に鎮座したガトリング砲が現れる。


「かっけぇ……」


 そう呟いたのは、学生の誰だったか分からないが、全員がそう思った。


 たった1人で、1つの軍隊と同じ戦力を持つ、最強の異能者、トイボックス。


「正義を示すぞ、B.B」

「はい、トム」


 トイボックスは自身の真横に縦長のコンテナを生み出し、中からアサルトライフルを取り出す。

 レバーを引き、ガシャリと一発目を装填すると、殻獣の群れへと歩き出した。


 それと同時に、銃座の砲身が回転し、甲高い音を上げる。


 いつでも、貴様らを蹂躙できるのだ。


 そう重火器が告げているように感じられた。


「牧田、入り口を閉じよう」

「そ、そうだな」


 見とれていた面々は、思い出したかのように壁をせり上げる。


「そういえば、B.Bは、外でいいの?」

「そりゃ、そうじゃないか? 戦闘用だし」


 冬馬がB.Bに話しかける。


「あの、外にいます? って、アンドロイド相手に何言ってんだ俺」

「お構いなく」


 B.Bが口を開き、優しい声色と共に赤い口紅に彩られた口角が、少しだけ上がる。


 表情の隠された中で著されたそのくちびるの動きに冬馬は呟く。


「うわ……えっろ」


「何言ってんのアンタ!」


 率直な感想を述べすぎたために、冬馬は夏海から鉄拳を食らった。


「ごめんなさいB.B」

「……お構いなく」


 B.Bは『アンドロイド』であるのに、どこか頬が赤くなっているように夏海には感じられた。

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