020 実験
多目的実験室と書かれたホールは、非常に広かった。真也が通っていた中学校の、バスケットコートを2つ取れる体育館よりもずっと広く思える。
ホールの中には様々な機材が置いてあり、カメラやセンサー。さらには銃の様な代物までもが全て中央に向けられ、何人もの研究員たちが慌ただしく機材とコンピューターの間を行ったり来たりしている。
真也はその間に売店で買ったパンを詰め込む。
準備が終わったらしく、真也は中央についたバツ印の上に立たされた。色々と考えてしまう気持ちを切り替え、深呼吸する。
『では、実験を始めます』
津野崎の声が、スピーカーを通して体育館に響く。本人は真也からかなり離れたテーブルで、パソコンを前にマイクを握っている。
『間宮さん、異能の説明からお願いします』
津野崎のその言葉に、真也は異能について軽く説明すると、実際にそれを出してみせた。
おお、と研究員たちの声が上がり、真也の許可を得て、様々な機材が真也の盾に当てられたり、ハンマーで軽く叩かれたりする。
真也には共感できないが、一種の熱気を帯びた様な研究員たちの行動に、自分は一切触れられていないに関わらず、少し後ずさりそうになる。
「ほぉ……凄いですネ、新ビッカースですら圧痕ができない、と。いや、改定モースでも無理ですね、レーザー検査にしましょう。
はやく、張力も準備する! もう! だれか早く荷重試験用の反応測定!
……ハイハイ、周辺の力場検査ですか……うーん、異能物質の揺らぎは……これは誤差と言っていいのか……ちょっと、データ少ないですよ! 色違いの分だけでなく、全て別個に測定してください!」
もちろん、その熱の筆頭は、津野崎だった。
あまりの早口に、ドン引きである。
たっぷり1時間は検査した後、試験が始まった。
『では、防御反応実験です。
今から真也さん目掛けて、前方の三点からゴム弾が射出されます。速度はそうでもないので、頑張って防御してくださいネ』
真也の周りからそそくさと研究員たちは退避し、透明な板の裏でゴーグルをつけてこちらを観察している。
「はい、分かりました……けど……」
真也の語尾が小さくなり、消える。
なぜ、自分には透明な板もゴーグルも無いのかと不安になった。
しかし、開始の合図であろうホイッスルが鳴り響くと、とにかく真也は前方の銃口へと意識を向けた。
バン……ガン!
浮遊していた盾を意識で動かし、飛んできたゴム弾をはじく。
「よし」
思っていたより遅い弾速に、真也は笑みを浮かべる。これくらいなら楽勝である。
バン……ガァン
バンバン ガガン!
バンバンバン ガガガン!
銃から放たれるゴム弾は、少しずつその間隔を縮めていく。
バババ、ガガガン、バババ、ガガガン、ババババババババババババ……
「え、ちょ、ちょっと……」
どんどん速くなる連射速度に、真也の動体視力が悲鳴を上げる。
その時、追い討ちをかけるようにスピーカーから津野崎の音が聞こえてきた。
『間宮さーん、10方向からいきまーす』
「え、ちょ」
ダラララララララ、という無慈悲な音が、あらゆる方向から聞こえる。
間に合わないと思った真也は、両腕で頭を抱え、ガードの姿勢をとる。
しかし、大量のゴム弾は、真也まで到達することはなかった。
盾が全て弾き落としたのだ。
ピー、とホイッスルの音が鳴ると、全ての銃が沈黙する。そこらじゅうを跳ね、転がるゴム弾の音以外何も聞こえないホール。
「お、終わりですかー?」
静寂を破り、真也はドキドキしながら遠くの津野崎へと声を掛けた。
それに反応した津野崎は真也の方へ走ってくると、お疲れ様です、と声をかける。
「……やはり、間宮さんの意を介さずとも、間宮さんの身を守るという行動は取るようですネ。いやー、素晴らしい」
拍手をしながら、真也を褒め称える。
バン! ガン!
「うわっ!」
不意打ちのように真也の後ろからゴム弾が射出された。真横に津野崎がいるにもかかわらず、射出されたのだ。
真也は驚いて周りを見るが、悪戯っ子のような表情を浮かべる津野崎に、先ほどの射出の犯人が彼女自身であると気づいた。
「へへへ、びっくりさせてすいません。やはり、自動防御ですか」
「まあ、えぇ……そうみたいですね」
まるで軽いイタズラだと言わんばかりに津野崎は笑うが、あの速度のゴム弾が当たれば、かなり痛いだろう。
真也が周りを警戒し直すと、津野崎が口を開く。
「ところで、実は間宮さんのエンハンスド強度であれば、これくらい全く痛くないんですよ」
「……本当ですか?」
「ええ。そういうことで、一度食らってもらっても?」
「え……」
「意識的に間宮さんが攻撃を受けられるかの実験です」
そう言うと、津野崎は真也の回答を待たず、何歩か後ろに下がり、マイクで指示を出す。
バァン! ドス
ゴム弾は真也に命中する。恐怖から真也は身を縮ませたが、軽い衝撃があったくらいで、全く痛みはなかった。
「あ、ほんとだ、痛くない」
もう一発いきますね、と再度ゴム弾を食らうが、これもまた痛みを感じなかった。
「ふむ……意識したものだと防御しない選択を取れる、と」
「みたいですね」
「えい!」
津野崎が適当な掛け声と共にチョップを繰り出す。
「いたっ……いやまあ、そんな痛くないですけど」
「ふむ。ダメージが少ないものにも反応しない……?」
真也はそんなに痛くない、と言ったが、冷静に考えると津野崎の適当なチョップが、あのゴム弾より強い事を表している。
やはり津野崎もオーバードなのだな、と真也は少しずれた感想を抱いた。
マイペースな津野崎の実験は続く。
「もう一発いきまーす」
ゴム弾が? チョップが? と真也が思っていると、目の前の銃口からゴム弾が射出される。
バン! ガァン! コン……コロコロ……
今度はなぜか、盾が真也の身を守るべく、レイラを守った時のように不意に現れた。
突然のことに、盾の主である真也が驚く。
「うわ! びっくりした……あれ? でもこれって痛くないんじゃ……?」
「いえ、今のは同じに見えて結構痛いやつです。ゴムじゃなくて金属です」
「えっ」
「ああ、今の間宮さんなら青アザができる程度ですよ。一般人なら貫通しますが。
しかし、どこで判別してるんですかね…間宮さんが痛いかもしれない、と思った攻撃と、実際にダメージを負う攻撃に反応している……いや……」
ぶつぶつと考え込む津野崎だったが、真也は、あまりこの人を信用しないほうがいいかもしれないと思い直した。
「あ、そうだ津野崎さん。質問があるんですが」
「……ハイ、なんですか?」
真也は盾を全て出すと、1つだけある白い盾を指差し、質問をする。
「あのひとつだけ白いのって、なんなんでしょう? 異能って自分で把握できるんですよね? でも、あれが白い理由が分からないんです」
「ああ、厳密には、異能内容は大まかに把握できる、です。全てではありません。先ほどの実験結果でも、体感されたかと思いますが。
あの盾にはもしかしたら、まだ間宮さんの把握していない能力があるかもしれませんネ、ハイ」
他の盾と同じように空中で静止する白い盾。真也はもう一度じっくりとその盾を見るが、やはりよく分からなかった。
その後、またいくつかの実験と検査を経て、真也は解放される。
そのまま津野崎と食事を取り、彼女の研究室へと共に向かった。
津野崎はなにやらパソコンとにらめっこをしていたが、やがて何かをプリントアウトし、それを持って真也の方を向く。
「さて、これで異能カテゴリーと強度、意匠位置と分類。それと大まかな異能内容の全ての記録が完了しました。まあ、もっと調べたいことはあるんですがね。これ、異能台帳の草案です。ご確認ください」
カテゴリー:エンハンスド マテリアル
強度:ハイエンド
意匠分類:棺
意匠位置:左上腕、外側
異能内容
強度7程度の肉体的強化あり。
複数の板状異能物質を瞬間的に出現させ、個別に能動的行動、受動的行動を取らせることができる。以上。
「えーっと……」
「ああ、ややこしい書き方ですが、いくつかの板の形をしたものを作り出して、動かせる。もしくは、勝手に動く。くらいの内容です」
「じゃあ、大丈夫かと……でも、数とか、白い盾について書かなくていいんですか?」
「まあ、白い盾に関しては色しか違わないですしネ。また何かあれば追記も可能ですし。
あとは……まあ、軽い情報の秘匿ですネ。これは国に提出する方なんで」
「え、いいんですか?」
「流石にアナザー間宮さんほどの嘘は書けませんが、だいたいどの国もオーバード情報は小出しにしてますよ」
「そうですか……」
真也の曖昧な返事をイエスと取った津野崎は、1つ頷く。
「では、あとで間宮さん用のこれをお渡ししますネ」
これ、と津野崎が指差した先には、黒い腕輪があった。
「あ、それって……」
「これは、識別バングルといいまして、オーバードに対して、公共の場での着用が義務化されてます、ハイ。
オーバード情報の入ったチップが入っていましてね。破砕遺体については……」
「勉強しました。オーバードは死んだあと、異能物質の砂になる、と」
破砕遺体とは、津野崎から借りた『異能概論』に記載されていた内容だった。
オーバードは死亡した際、異能物質と呼ばれるものに変じ、粉々に砕ける。
この世界に来て見た、間宮真也が砕ける光景は、オーバードならでは光景だったのだ。
「優秀な生徒で嬉しいです、ハイ。その際に、誰なのかを把握するためのドッグタグとしても利用されます。破砕遺体となった時、一部の異能物質が格納されるようになってまして、その検査をすれば本人確認も成されます」
真也は、だからレイラは腕輪を回収していたのか、と納得した。
「そうそう。電子マネーも利用できます。私がよく使ってる、ワンドが利用できましてネ。なかなか便利ですよ、ハイ」
真也は、なんとなく思いついた事を発言する。
「GPSとか入ってたりは?」
「しないですネ。異能物質の格納後は、回収用に微細な信号を発信しますが、どこからでも把握できるようにしたら人権団体とモメまくりますよ、ハイ」
人権団体。どうやら色々とあるらしい。
「そして、これをつければ、不意覚醒したオーバードは一旦、監視下から解放になるんですが……間宮さんの場合はまたちょっと特殊ですからネ。もうちょっとだけ、よろしいですか。戸籍についてです」
戸籍。
言われてみれば、この世界に真也の戸籍が無いのは当たり前だ。
「戸籍……。それって、どうなるんです?
もしかして、その、アナザー間宮さんのを?」
「いえいえ、流石にそれは。アナザー間宮さんはもう死亡届がでてまして。識別バングルと、それに格納された破砕遺体の検査結果も提出されてますネ」
「……そうですか」
「なので、間宮さんは新しく戸籍を作ります。
作る根回しはもう済んでますよ。難民扱いですネ。日本国籍です、ハイ」
「分かりました」
そんなに簡単に国籍を取得できるものなのだろうかと真也は思ったが、津野崎がそう言うのであれば、そうなのだろう。
「あとは、間宮さんのお名前なんですが…そのままにされます? 変更されます?」
真也は少し思案したが、今後まひると向き合う中で、名前は変えない方が良いだろうと結論付けた。
「……このままで大丈夫なら、そうしたいです」
「わかりました、ハイ。
ではこれで、書類上、間宮真也さんは日本国民の登録オーバードになれます。
本籍地は適当にうちの住所を書いておきます、ハイ。必要があればあとで変更してください。
これで、間宮さんは晴れて自由の身です」
津野崎はそう締めくくると、椅子の背もたれに体を預けた。
自由の身。真也はそう言われても、いまいち実感が湧かなかった。
むしろ自由になることで、自分が今後どうすればいいのかという不安の方が募る。
真也はこの世界に来てから延々と流されるままに過ごしており、その弊害とも言えた。
不安そうな様子の真也へ、津野崎は声をかける。
「さて、そして、ご相談なんですがネ」
津野崎が何か自分の行く先を示してくれるのでは、と真也は縋る気持ちで彼女の目を見る。
「間宮まひるさんから病院に、退院の時期に関して問い合わせがありました」
ある意味では今後についての話だったが、その言葉は真也の心を落ち着けるものでは無かった。
津野崎は、さらに言葉を続ける。
「間宮さんさえ良ければですが、戸籍とバングルが揃う明後日には退院して、間宮まひるさんの家へ向かわれても大丈夫…にはなるんですがネ」
あまり反応の芳しくない真也に、津野崎は代価案を伝える。
「もしも、流石に嫌だ、ということであれば、ここにいていただいて大丈夫です。
なんなら、私の家でも構いません。来ます?」
まさかの誘いに、真也は反射的に辞退する。
「いや、流石にそれは……」
そこまで言うと、真也は一度口を噤み、思考を整理する。
ここにいるよりはまひるの家へと行った方がまひるの精神は落ち着くのではないか?
彼女は、真也から見てとても不安そうだった。
『お兄ちゃん、早く帰ってきてね? あの家にひとりなんて、まひる、寂しいから』
真也は、二度目の面会の際に放たれた、まひるの言葉と、あの時の彼女の表情を思い出し、考えは定まった。
とにかく、まひるを見捨てるわけにはいかない。
「あの、俺、まひるの家に行ってみようかと思います」
その言葉に、津野崎は頷く。
「……そうですか。まあ、ヤバいと思ったら研究所にご連絡ください。すぐ駆けつけますんでネ。
間宮さんのお宅にいられないと思ったら言ってください。本当に私の家をセーフハウスにしてくれて構いませんから。
ただ、二ヶ月ほどロクに帰ってないので、どうなってるか分かりませんけど、ハイ」
冗談を交えて話す津野崎に、真也ははにかみながら礼を伝える。
津野崎はそれに大仰に手を振ると、真也へ微笑み返した。
「いえいえ。私、間宮さんとは仲良くやれる気がしてるんですよネ。何でも頼ってくださいな」
津野崎はそう告げ、姿勢を正すと、とうとう本題に入ることとする。
「さて、実は、いままでお聞きしたかったのですが、聞けなかった点に関して、お話ししたいのですが……」
「……なんでしょう?」
歯切れの悪い津野崎に、真也は首をかしげる。
津野崎は、真也の目をまっすぐ見ると、口を開いた。
「間宮さん、元の世界へ帰りたいですか?」
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