013 共闘(上)


 アリの殻獣の出現に待合室は騒然となる。


 なにせ、昨日奴らの被害に遭った子供達だ。

 ある子は泣き叫び、またある子は小さくなって震える。


「落ち着いて! 大丈夫、私が全部倒す。みんなは、安全。

 でも、あいつらから見えないところ、いて欲しい。看護師さんに、ついていって」


  混沌とした待合室に響き渡るレイラの言葉に、子供達は素直に頷く。


「真也、避難誘導、お願いして。あの人、私、言葉通じない」


 レイラが指差した看護師の腕に、黒い腕輪は巻かれていなかった。オーバードではないらしい。であれば、レイラの言葉はロシア語に聞こえるだろう。

 真也は頷くと、近くにいた看護師に子供達の避難誘導をお願いする。

 その間にレイラはスマホを取り出し、連絡をする。


「少佐、東異研で、殻獣発生。しかも複数、蟻型、です。……はい……はい、お願いします。私は、初期防疫を、始めます」


 初期防疫。

 彼女が所属する軍隊が国際防疫軍であることからして、恐らくは戦闘に入るという事だろうと真也は予想する。

 電話を終え、待合室を飛び出そうとするレイラを真也が引き止める。


「待って、俺も行く!」

「ダメ、避難して」


 真也はレイラの言葉に首を振る。


 このままでは昨日と同じだ。

 真也は、友人になると言ってくれた少女を、ひとりで化け物に晒すわけにはいかなかった。


 守るために。


 真也は拳を強く握ると、レイラの前に立ち塞がる。

 昨日とは違い、今日の真也にはその信念を貫けるだけの『力』がある。


「使うな、とは言われてない。俺は、もう誰も失わないって決めたんだ」


 レイラにとって、その言葉は反則だった。


『俺は、もう誰も失わない。手の届く範囲の全てを、必ず守る』


 レイラの脳内に、『シンヤ』がちらつく。

 彼もまたシンヤと同じお人好しなのだなと、レイラは複雑な気持ちになった。


「……分かった、お願い。1人では、限界が、ある」


 真也はレイラの言葉に頷く。

 レイラと真也は待合室を離れ、階段を走り降りながらアリの殻獣の元へと向かう。


 走りながらレイラがアリの殻獣について説明する。


「あれはおそらく、蟻型甲種。近接型。近寄らせなければ、被害は少ない。近くに営巣地は無い。昨日のバンから逃げた奴かも。

 数は、さっき見えてたやつで全部だと思う。奴らは、波状攻撃とか、しない。単純な奴ら」

「……わかった」

「真也、能力の詳細」

「え?」

「お互いの、異能把握は、大切」


 殻獣との戦闘において、お互いの能力を把握しているかどうかで作戦が変わる。軍に所属し、さまざまなオーバードと組んで、死が当たり前の戦場で行動するレイラにとって、それは必然の行為だった。


 レイラは先に、自分の異能を伝える。


「私のは、殻獣の装甲を貫く杭。貫通させれば、動きを止められる。奴なら楽勝」


 真也もその真意に気づき、説明する。


「俺のは浮かぶ盾。攻撃もできる。

 全部で13枚出せるけど、意識的に動かすのは3枚か4枚が限度だと思う」


 それを聞いたレイラは素早く作戦を立てる。

 学校の班では、それはシンヤの役割だったな、と少し心臓が脈打つが、すぐさまそれを抑える。


「分かった。作戦。

 私が突っ込む。動きを止めるから、施設を守りつつ、トドメ、お願い。見つけたら、教えて。まず私が行く」


 真也は、レイラを矢面に立てるその作戦に納得しきれなかった。


「俺も――」


 口を開こうとする真也を、レイラは窘める。


「実戦経験は、私の方が、多い。

 倒すのではなく、どこかに杭を貫くだけなら、大分楽。対処も早くなる。あの子たちも安全。真也のおかげ」


 こちらを気遣うような言葉。レイラにそこまで言われては、真也は納得するしかなかった。

 普通に考えて、いきなり真也に背を任せるような事をしてはもらえないだろう。しかし、それでも良かった。とにかく、レイラに何かあったとき、守れるところに自分がいる事が大切だったのだから。


「分かった。何枚かは病院と研究所の前に残しておくね。

 防御を指示すれば、あとは勝手に守ってくれるから」

「……すごい。便利」

「だね」


 レイラの反応に、真也はやはり自分の異能は強力なのかもしれないなと思った。


 話しているうちに2人は病院を出て、広大な敷地を走り抜ける。

 勢いそのままに2人はアリの殻獣の細かなシルエットがわかる距離まで接近した。


 大きさはそれぞれが真也よりもひと回りかふた回り大きい。

 遠くから見た際はアリと同じに見えたが、細部が少し異なっていた。

 一番の違いは大きく発達した顎。ガチガチと打ち鳴らされているそれは4本あり、一つ一つが二股に分かれている。


 真也はそのグロテスクな口周りに足が竦みそうになったが、レイラは速度を落とさずに走り続ける。


「じゃ、作戦通りに」


 レイラは短く真也に伝えると、アリの群れへと飛び込む。その両手には黒い杭が携えられていた。


 レイラはその杭を次々と投擲しては、アリたちを貫く。

 貫かれたアリたちはまるで痺れたように痙攣し、足を止める。小さく首を動かしたりはするものの、その場からは動けないようであった。


「凄い……。レイラの能力も十分強力だよな……」


 真也はぼそりと呟いた。昨日は彼女しかいなかったため火力不足にも思えたが、その能力の真髄は妨害にあったようだ。


 しかし、いつまでも見惚れているわけにはいかない。

 アリの殻獣への恐怖を強引に押し込めると、真也は両手を伸ばし、意識を集中させる。


 予め3つずつ大楯をそれぞれの建物の入り口に残してきていたので、残りは7枚。


「出し惜しみは無し、全力で行くぞ」


 そのように自身に語りかけると、真也の周りに7枚の大楯が舞う。


「なんだ? あれ」


 真也の周りを舞う黒い大楯のうち、1枚だけが真っ白だった。

 異能について把握できているはずが、白い理由は全く分からなかった。昨日、大楯を出した時からそうだったのかは覚えていない。


 真也の理解では白い盾も他の盾と同じ性能であるように思われたが、一応、自身の近くに置いておくことにした。


 白い盾に気を取られているうちにも、次々とレイラがアリの殻獣を貫き、行進を止める。


 真也は、これ以上レイラからの評価を下げるわけにはいかない、と急ぎ残りの6枚の盾を飛ばす。


 レイラが動きを止めたアリを狙って、大楯がその身体を突き刺し、息の根を止めていく。


 ゴリ、グシャ。

 えげつない音を立てながら、真也の大楯はアリの殻獣たちの肉体を分断。アリたちは緑色の体液を撒き散らせ、危なげなく駆除は進む。


 レイラの戦いは美しく、幾度も真也の目を奪った。


 アリたちも真也に構うことなく、派手に立ち回るレイラへと襲いかかり、たまに真也の方へ向かってきそうなアリは目敏くレイラに貫かれ、真也の大楯によって破壊された。


 アリたちは徐々にその数を減らしていき、行動できるアリは残り2匹という所までその数を減らしていた。


「もう、一息!」


 レイラは空中から杭を投擲し、アリの動きを止める。

 着地するやいなや、真後ろにいたもう一匹のアリに振り向きざまに杭を突き刺した。


「これで終わり?」


 周りを見渡すレイラ。


 相変わらず、真也の大楯が暴力を振りまき、次々と破壊しているものの、動いているアリは見受けられない。


 しかし、レイラが動きを止めた2匹のアリの位置が悪かった。


 その場を動けなかったアリたちであるが、その強靭なアゴで、胴体を貫かれていた1匹の体を食いちぎった。


 レイラが貫いた部分が千切れ、自由を得たアリが、アゴを打ち鳴らしながらレイラに突進する。


 レイラはその音に気づき振り向くが、もうアリは目前にまで迫っていた。

 急いで杭を作り出して投擲の構えを見せるも、間に合わない。


 レイラの青い瞳に、殻獣の4本の牙が大きく映る。


 その牙は、レイラに死を予感させた。

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