【ファンタジー】記憶をなくしたゴーレム【短編】

秋風ススキ

本文

 北には小さな山。東には黒い森。南には湿地帯。西は草原で、進んでいくと、だんだんと荒野になる。その田舎町は各種の自然に囲まれていた。民家などの建物は集まっていて、その区域と、自然とのあいだに、農地が広がっていた。農地は、いわば町を囲む輪のようであった。

 山から流れている川は、町のすぐ西隣を通って、湿地帯へと続いていた。川は町の人々にとって生活用水としても農業用水としても重要であった。町の住民の半数以上は農業に従事していた。労働力に余裕がある時などには、南の湿地帯を少しずつ農地に変える作業が進められている。

 町によその人が訪れる場合は大抵、北から山道を通ってやって来るか、西から荒野と草原を越えてやって来るか、どちらかである。商人が物を売りに来るか、旅人が宿を求めてやって来るか、国王の命を受けた役人が農作物の買い取りに来るか、訪れる人は大抵そのうちのどれかである。

 農作物の買い取りは、かなり低い金額であり、しかも役人の側によって決められた量を必ず、町の側で出さないといけない。要するに実質的な税の支払いである。とはいえ、町にとって現金が、貨幣が手に入るのは、ほとんどこの取引のみである。町には特産品もなく、主要な流通や商業の経路からも外れていた。だからこの取引がなければ、商人から物を買うこともできなくなるのであった。


 ウルシはその田舎町で生まれた。自然への感覚が鋭い少年であった。幼い時から川で魚を獲ったり森で茸を採ったりするのが得意であった。10歳を過ぎる頃には、1人で森に入ったり山に登ったりして、たくさんの茸や山菜を採るようになった。その町では子供のうちから農作業などの労働に参加することが、町長の家の娘でもない限り普通なのであったが、ウルシは自然の食料を調達してくることが、仕事として認められていた。

 ウルシは周りの人からも好かれる性質であった。明るい性格だったからである。それでいて、自然の中で1人、働くことも好きであった。


 ある春の日。ウルシは町の北東、山と森の境界線に当たる場所に来ていた。薬草を採るためであった。都会で作られているような医薬品は、たまに商人が持って来てくれたものを買うことによってしか入手できない。日常的な怪我や火傷、体調不良などへの対処は、薬草に頼らざるを得なかった。町でただ1人の医者であり、子供たちに読み書きを教えてくれる教師でもある男性がいて、その人が自分でも薬草を採取するのだが、ウルシのほうが採取は得意であった。採った薬草はすべてその男性に渡すのであった。

「あれ?」

 ウルシは奇妙な岩を見つけた。山の斜面に見つけた。青に近い灰色であった。複数の岩がくっついているようであった。人の形に似ているように見えた。斜面に寝そべっているかのようであった。

「うぅん」

 ウルシが近づくと、その岩が声を出した。低い声であった。その岩は起き上がった。やはり人の形であった。それぞれの形が本物の人間とはだいぶ違うとはいえ、頭部があり胴体があり、手足もあった。但し左足と右腕に相当する部分は大きく欠損していた。また全身に切り傷や擦り傷がついていた。その岩の人は座る姿勢をとった。

「ここは、いったい」

「ここはツルバキアタウンの郊外だよ」

 少年は警戒しつつ、話しかけた。

「そうか。どこかの町の郊外なのか」

「田舎町の郊外さ。ちなみにぼくはその町の住民で、今日は薬草を採りにここまで来た」

「わたしは。わたしは何をする者なのだろう」

「名前はわかる? ぼくはウルシという名前だけど」

「名前はわからない。ゴーレムだということはわかる」

 ゴーレムの頭部には、顔のような造形がちゃんとあった。やや小さな石が複数、組み合わさるようにして、口が形成されていた。声を出すときにはその口が上下に動くのであった。

「あれは森というものかな。美しい」

「うん。森だよ。よく茸を採るのさ」

「キノコ?」

「食べられるものだよ。毒があるものも多いけど。そういえば、おなかは空いていない?」

「空いている」

「これ、食べる?」

 ウルシは腰に提げていた袋を取り、その中身を相手に見せた。パンと、茸の焼いたものであった。

「これが茸だよ。こっちはパン」

「申し訳ないが、それはわたしには食べられない」

「そうなの」

 ゴーレムは座ったまま、片手で近くの地面を掘った。そして土を口に運んだ。飲み込んでから、

「ううん」

 と、唸った。

「不純物が多すぎる」

 ウルシは、

「ぼくにちょっと心当たりがあるよ。ちょっと待っていて」

 と、その場を歩き去った。


 約1時間後。

「ほら。これならどう」

 ウルシは袋に砂を詰めて戻った。

「川のそばで取ったものだよ」

「おお、それなら」

 ゴーレムは勢いよく食べた。

「ありがとう」

「また明日、持ってくるよ」

「すまない」


 翌日。ウルシは朝の早い内に川でたくさんの魚を獲り、それから大きな布の袋に砂を大量に詰めた。あらかじめ借りておいた台車に、魚を入れた籠と砂を入れた袋を載せ、まず町へ押していった。そして魚を町長の部下に手渡してから、山へと向かった。もちろん、砂の荷物は人に気づかれないよう気を付けた。

「ほら」

「おお。こんなにたくさん」

 ゴーレムは砂の一部を食べた。

「もういいの?」

「いっぺんに食べても吸収できないのだ。少しずつ食べさせてもらうよ」

「吸収するとどうなるの?」

「この傷が癒えるはずだ。失われた手足は無理だが」

「そうなの」

「元気になった自力で動いて、よさそうな岩を探すことにするよ。君は心配しないでほしい」

「うん。ところで、自分の身体のことは覚えているみたいだけど、昔のことはなにか思い出した?」

「いや。わからない。どうしてここにいたのか。道に迷ったのだろうか。だが、どこを目指していて、それで迷ったのか。それはさっぱりわからない。自分がもともとどこにいたのかもわからないのだ」


 ウルシ少年はその日からしばらく、森で茸を採るのに忙しくて、ゴーレムには会いに行けなかった。町に、いつもとは違う商人が訪れて、茸を仕入れたいと町長たちに依頼したのであった。

「魔法の材料にするのだそうだ。森の中のことはお前が詳しいだろう? 商人の方にその茸の特徴を聞いて、できるだけたくさん採って来てくれ」

 町長からそう頼まれて、ウルシは森での探索を始めたのであった。幸運なことに、いくつも見つけることができた。

「ありがとう。これだけあれば、わたしの取引先である魔法使いも、実験を何度もすることができる」

「ぼく、この茸のことは毒茸だと思っていました」

「実際、毒はあるよ。毒になる成分があるからこそ、薬の原料や魔法の素材として使うことができるのさ」

「そうか」

「ところで、わたしが町に支払った金のうち、どうせ君には大した金額は渡らないのだろう? 今ここで少しあげるよ」

「いえ。せっかくですけど。怒られますので。というか」

「ああ。こういう土地だと、子供に現金を渡すとか、そのあたり難しいだろうね。しかしなにかお礼をしたいね」

「では本が欲しいです。読み書きは教わったのですけど、読むような本はほとんどなくて」

「ああ、いいよ。わたしが個人的に買って、もう読んでしまった本だけど。ほら」

「ありがとうございます」

 ウルシは2冊の本をもらった。歴史の本と算数の本であった。歴史の本は、その町も属している王国の歴史が題材であり、初代の国王の英雄的な業績や、3代目の王による文化の振興、5代目の王による新しい首都の建設のことが書かれていた。算数の本は、大きな数を計算する便利な方法や、測量やそれをさらに理論的にした幾何学を紹介する本であった。ウルシは本を読むのに慣れていないため少しずつしか読めなかったが、非常に興味深く感じた。胸が高鳴った。


 夏の気配が感じられるころ。ゴーレムは新しい左足を手に入れていた。山に落ちていた岩を、自分の身体につないだのであった。その岩は赤茶けた色だったため、ゴーレムは左足だけ色合いが異なることになった。

「頑丈さではこれが一番だったのだよ」

「元気に動けることが一番だよ」

 ウルシとゴーレムは一緒に山の麓を歩いていた。

「あ。あんなところに茸が」

 樹木の上のほう、樹皮に茸が生えていた。

「わたしの背中に乗れ」

 ゴーレムが身をかがめた。ウルシは乗った。ゴーレムが立ち上がり、ウルシは茸に手が届いた。

「ありがとう」

 ウルシは地面に降りた。

「夏の空は美しいね」

「そうだね。でも秋の空も冬の空も綺麗なのだよ。冬には雪が降ることもあるし」

「そうなのか」

「自分のこととかはまだ思い出さないの?」

「うむ」

「この町の外の世界から来たことは確かだよね。外の世界のことを君が思い出したら、色々と聞くことができるのに」

「ウルシは外の世界に興味があるのだね」

「うん。このあたりの自然を愛しているし、町のみんなとも仲良くできているけど、いつか外の世界に行ってみたいよ」

 多くの岩が転がっている場所に来た。数日前に大雨が降り、小さな土砂崩れが発生した場所であった。

「綺麗な石がたくさんあるよ。緑っぽい色の石とか」

「うむ。あれは縞模様だな」

 ゴーレムは岩の並ぶ中へと進んで行った。

「これがよい」

 真っ黒な岩が大小いくつか、並んで転がっていた。ゴーレムが右腕の付け根を差し出すと、それらの岩が浮き上がり、腕と手のように繋がった。

「やったね」

 ウルシの言葉に、ゴーレムは答えなかった。

「どうしたの?」

 ゴーレムは歩き出した。ウルシなどその場にいないかのように歩き出したため、ウルシは危うく衝突されるところであった。

「ねえ。ねえ、ったら」

 ウルシは追いすがるが、ゴーレムはどんどん歩く。町のある方向であった。

 幸いなことに、ゴーレムは町の中に行くことはなかった。山沿いを進み、川を越え、草原を進み、荒野へと歩いて行った。少年は途中で諦めて、ゴーレムからは距離をとって、後を追った。荒野に出たところで、追跡もやめた。

 大きな岩の人形が歩くのを見た。という噂がしばらく町を賑わせた。


 秋になっていた。村に貴族がやって来た。お供がたくさんいた。いつもの役人や、春に来て茸を買った商人も、同行していた。ウルシは町長に頼まれて茸を採った。貴族一行に出す料理の材料であった。それから川で魚を獲った。大忙しであった。

「この食材を調達したのはお前のそうだな」

 ウルシは宴席の貴族に呼び出されて、尋ねられた。

「はい。茸と魚はわたしが」

「実によい働きだ。お前が学問にも熱心なことは、商人から聞いて知っている。どうだ。都に行きたくはないか? 従者に加えてやるぞ」

「はい。喜んで。身に余る光栄でございます」

 こうしてウルシは生まれた町の外の世界に出ることになった。

 まずは湿地帯を越えて南に移動した。途中、ツルバキアタウンより少し大きい程度の町を幾つか通過し、やがて大きな農場や果樹園、牧場の広がっている土地に来た。

「ここがお館様の所領だよ。小麦畑と葡萄畑があって、それをビールやワインにする施設も持っておられる。たくさん作って、同じ貴族の方々にプレゼントしたり都市の商人と協力して販売したりしている。それから牧場で飼っている牛の乳を原料にして、チーズも作っている。これも都市部に販売している」

 先輩に当たる従者が説明してくれた。

 ウルシはしばらくワインの醸造作業などの力仕事に従事することになった。初めて体験する仕事であり楽しかったが、身体の疲れる仕事であった。果樹園の手入れや牛の乳しぼりもした。

 貴族には客人として抱えているような知識人もいて、屋敷の中で働いている女性たちも、人にもよるが文学や音楽の教養があった。それでウルシは暇を見つけては、そうした知識を教えてもらった。

 そんな風にして冬は過ぎ、春が来て、夏も終わり、また秋になった。

「ウルシ。熟成させていたチーズやワインを、お館様みずから国王のところへお届けすることになった。おまえも一緒に行くのだ。首都が見られるぞ」

「わあ。うれしいな」


 貴族の所領から街道を西に進み、さらに北上して、首都に到着した。荷物の多くは馬車や馬の背に載せて運ばれていた。人間は、貴族の当主やその親族、地位の高い従者などは馬車や馬に乗っていたが、多くは徒歩であった。ウルシも徒歩であった。

 首都に到着して早々、貴族は王が主催の宴に参加した。持参したチーズとワインの一部がさっそく、皆の口を楽しませた。

 到着の翌日から、従者たちの多くは数日、自由に首都を楽しんでいいことになった。

 ウルシは初日、仲の良い従者仲間と一緒に劇場や市場を回ったが、次の日は1人で行動した。大学や図書館の建物に行ってみたが、中には入れてもらえなかった。その近くにいた、大学生や知識人と思われる人たち数名に、首都で是非見るべき価値のあるものはないか、ウルシは尋ねてみた。

「それなら何と言っても大聖堂だよ。中心からは少し外れた場所にあるのだが、数年前に建設が始まってね。すでに立派な建物になっているが、現在も建設は進行中だ」

 という回答が数名から得られた。

「魔法も使っている、最新の建設なのだ」

 とも教えられた。

 ウルシはさっそく行ってみた。たしかに立派な建物であった。神殿のような直方体に近い建物の周囲に、高い塔がいくつも立っていた。それから少し離れた場所に、直方体の建物が建設中であった。石造りであり、全体として灰色であったが、その灰色には石によって色合いの違いがあった。建設中であるということは、その建物が作りかけであることから判断された。建設作業をしている人の姿はなかった。

「ようこそ。入場は無料ですよ」

 若い聖職者の男性が入口で受付をしていた。直方体の建物に、ウルシは入った。窓は、建物のサイズと比べてごく小さな物が少しあるだけだったが、建物の内部は明るかった。球場の明かりのようなものがいくつも、天井や壁に設置されているのであった。

「これは」

「これは魔法による照明だよ」

 若い男性が近づいて来て言った。

「魔法ですか」

「ああ。ぼくはある魔導士の弟子なのだけど、その人がここの建設を請け負っていてね。ほとんど、うちのチームだけで建設しているのさ。その照明も、うちの師匠が開発したものさ」

「すごいですね。でも、こういう建物を作るのは大変なのではありませんか?」

「まあね。だがそれも魔法で色々と自動化している。あれ? 知らないの?」

「ぼく、よその土地から来たばかりで」

「なるほど。そうだ。見せてあげるよ」

 その青年はウルシを建物の外に連れ出した。

「もうすぐ来るよ」

「何が、ですか?」

「それは見てのお楽しみだ」

 建設中の建物。そこを目指して数体の人影が近づいて来た。人間ではなかった。石で出来ていた。

「ゴーレム」

「おや。それは知っているのか」

 ゴーレムたちは、建物のすぐそばまで来ると、バラバラになった。そして石材の山となった。

「石材を運ぶのは、人力や馬車で行おうとすると重労働だからね。頑張ったとしても少しずつしか運べないしね。だからうちの師匠が考案した。魔法で石を人形にして、石の産出地から建設現場まで自力でやって来るようにした。石や土から人形を作って使役する、古代の秘法を復活させ、さらに改良したのだ。切ったり積み上げたりする作業も、魔法で行う。今日は休みだ。魔法で行えばあっという間だから、別に毎日しなくてもよいのだ」

 ウルシは驚愕の表情をした。

「そこまで驚くことはないよ。古代においては、もっと複雑な仕事をやらせたり戦場で兵として戦わせたり、する技術もあったらしいからね。ある程度の思考力まで与えることができたそうだよ。それに比べると、師匠のゴーレムは、魔導士からの命令を理解して、目的地まで歩くことはできるけど、思考も労働もできないのだから、まだ完璧ではない。完璧にするのは我々若い世代の仕事だろうね」

「でも。たくさん作っているのでしょう? 何かの偶然とかで、一部のゴーレムが自我や言語能力を持つということは、ないのですか?」

「まさか。現状では、目的地へちゃんと到着しないゴーレムがいるくらいだよ。計算してみると、出発させたうち目的地へ到着するのは9割5分だ。残りはどうやら、道中で破損したり穴や沼に落ちたりしているらしい」

「そうなのですか」

「もっとも、多少の破損なら自分で修理できるように作ってある。それで時々、色合いの大きく異なる石材が建物に交じることになる。それほど数は多くないし、アクセントみたいなものだから、そのままにしてある。あまり完全に色が揃い過ぎていても、人間味に欠けるとか非難が出るからね。特に魔法の使用に反対している人から。じゃあ、ぼくはちょっと、友人と約束があるから」

 青年は歩き去った。ウルシは完成している建物の外を見て回ることにした。綺麗に積み上がった壁。

「あ」

 しばらく歩いた後でウルシは発見した。赤茶けた石の部分と黒い石の部分が、ごく近い位置に存在しているのを。

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