5.出る杭は引き抜かれる

(管理官と言ったか)


 屋台通りで一度離れて行った男だが、その後すぐに視線を感じた。

 何を狙っているのか、念のために兵士を詰め所まで送ってみたが手を出してくる様子もない。詰め所の中で姿を現すわけでもない。そして詰め所から出て来ると再び視線を感じる。兵士に聞いた話だと、管理官というのは兵士達の上司みたいな存在で、捜査に出歩く仕事ではないという。

 ならば、単にアリッサに話があるのなら、椅子もある詰め所でも構わないはずだ。それをしないということは、同じ職場にいる兵士達には知られたくない用事があるのだろう。


(いくら俺が可愛いからってストーカーは遠慮して欲しいもんだ)


 詰め所から出てきてまだ付けてくる以上、狙いはアリッサとアメリアなのだろう。

 ひと眠りして昨日のことのようだとは思うが、人攫いが襲って来たのは今日の朝のことだ。続けて後を付けられると、どうにも気になってしょうがない。

 素早く石を拾う。

 石畳でもない剥き出しの道には、少ないながらも石が落ちている。

 ランタンを持って先導する騎士はアリッサの動きに気づいていない。

 雑談の途切れた時を狙って、後ろの気配に向けて石を軽く放り投げる。軽く、山なりに。


 ゴス。


 良い音がした。

 痛いと叫んで蹲る男に、先導する騎士を気づいて足を止める。

 慌てて踵を返してランタンで照らす騎士。明かりの先には蹲る管理官。


「管理官殿?」


 ランタンで照らして誰かは分かったものの、なぜこんな所にいるのかという不思議そうな顔で名前を呼んだ。


「灯りも付けずに何をして……」


 騎士の認識では後ろに明かりはなかったはずだ。仮にも少女二人を送っている最中である。先導はしていても、二人の様子は何度も振り返って確かめている。振り返っても、後ろには明かりはなかったはずだ。そして蹲っている管理官の手元にもランタンは見当たらない。


「危ないな。灯りなしで歩いて転んだのか」


 石を投げておいて適当なことを言い出すアリッサ。投げる動きは騎士の影になった時、明かりが当たらないようにして動いている。後ろからアリッサに注目していたとしても、腕の動きには気づかなかっただろう。故に、アリッサの行動を疑う余地はない。管理官の足元に転がってはいる拳大こぶしだいの石を除けば。

 アリッサは管理官に近づき、傷を見る振りをして石を横に蹴り飛ばす。


「怪我は大したことないみたいだな。なあ、お仲間なんだろ。俺達はいいから、こいつ送ってやったらどうだ?」


 騎士に向き直ってアリッサが提案するのを断ったのは、騎士よりも管理官のほうが先だった。不要だと、半ば叫ぶようにして断る管理官に騎士も同意する。


「女性を送るほうが重要だ。この男は街の人間だからな、迷うこともなかろう」


 多少の呆れを含んだ声で告げる言葉には、なんでこんなところにいるんだとの不信感も混ざっている。騎士の認識では、管理官は日が暮れる前に帰ったし、屋台も酒場もないこの道を歩いている理由が分からない。


「そうかい? まあ人攫いも出るらしいしな」

「誰が人攫いか!」


 アリッサの軽い返しに、被せるようにして管理官が騒ぐ。


「誰も、おっさんが人攫いだとは言ってねえよ。高そうな服着てるし、おっさんは攫われるほうじゃねーの?」

「私が攫われるはずがなかろう。攫われているのは少女ばかりであろう!」


 足早に立ち去る管理官はすぐに夜の闇に姿が見えなくなる。ランタンの光は弱い。そして夜目の効くアリッサでも魔力による補強なしでは程なく視界から消えるだろう。


「へー、攫われたのって女の子・・・ばかりなのか、それは知らなかったな・・・・・・・


         *


 くそっ、どういうことだ、都合よく夜に出歩いているのを見つけたというのに。

 兵と共に詰め所に行くわ、出て来たと思ったらあの石頭が一緒にいるなどと。

 あの尻尾付きの小娘。あの珍しい羽根つきを渡せれば、私の覚えも良くなるはずなのだ。少女を集めるのは私以外にも動いている者がいると聞いた。ただの村娘だけではなく、希少価値の高い者を引き渡すことが栄達への道だというのに。せっかくのチャンスをあの石頭め。

 それになんだあの痛みは。誰の仕業なのだ。あれのせいで石頭に見つかってしまったではないか。宿の場所が分かればまだゴロツキを雇って襲わせられたものを。


 ぶつぶつと憤りを言葉にしながら、男はグラスを煽る。みやこで作られているという酒精の強い酒は、男の好みに合ったが、同時に辺境の街に住む現実を突きつける。栄達を、都への道を。どれだけ勤勉に働こうと、栄達の道などありはしない。この街のトップは領主であり、男はしがない役人だ。手柄を立て、領主に褒められようとそこ止まり、街の外に繋がる道はない。男にはそれが耐えられなかった。みやこへ。やっと見つけた細い道が男を狂わせた。

 酒を煽り、不満を口にする男を、月明りにも似た光がそっと覗き込んだ。


         *


 ベッドの上に起き上がり、んーっと腕を伸ばす、

 掴んでいた手が離れたせいか、アメリアがもぞもぞと動き出す。動き出してはいても目を開かないアメリアの捲りあがった裾を直してやってから、アリッサはコキリと首を鳴らす。ここ数日は徹夜したり変な時間に寝たりしているせいか、どうにもすっきりしない。それでも閉められた木窓の隙間から入ってくる光は朝を主張している。


 昨夜は、きっちり宿の入口まで送られてから、騎士は足早に去って行った。


(あのツラなら調査くらいするんだろ)


 立ち去る際の騎士の険しい顔を思い出す。

 管理官とかいう奴が、ただのストーカーなのか、人攫いの一味なのか、それはアリッサにとっては正直関係ない。ストーカーだろうと、人攫いだろうと、突っかかってくるならば、その心ごとポッキリ折ってやればいい。人攫いの男達のように。

 だが騎士にとっては意味がまったく違う。ここではストーカーはまだ犯罪者と認識されていない。気持ち悪い奴だとは思われるが。しかし、人攫いは明確な犯罪者だ。それが兵の中にいるとなれば、それは面子めんつにも関わる。あの真面目そうな騎士なら調査をしてくれるだろう。もしその結果、罪はあっても罰が与えられなかったとしても、それはこの街の司法の問題だ。それこそアリッサには関係ない。


 軽く身だしなみを整えてから、アメリアを起こしにかかる。二人でちゃんと衣服を整えて、髪をざっとまとめる。アメリアのショートカットに櫛を通し、アリッサの長髪はツインテールにまとめる。

 朝食、商人、村へ帰る日。

 些細だが重要な選択が沢山ある。管理官などという些事にいつまでも構っているほどアリッサは暇ではない。


(まずは飯、そのあと商人にちょっと話をしてくるか)


 そこまで考えて、昨日騎士が帰り際に、人攫いに注意するようにと念を押していったのを思い出した。取り調べはどこまで進んだだろうか。拷問にすら規制のないここの取り調べだ、一人が話したのであれば長くは掛からないように思える。同時に中央に送ったまま進展の遅い勇者の取り調べも合わせて思い出す。あっちも早く終わりにしてくれないかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る