3.調書の人
リューケンの街は外壁に囲まれた地方都市である。
アリッサが最後にこの街に来たのはもう一月以上も前だ。ダンジョンが出来たばかりの頃は、日用品の買い出しに頻繁に訪れていたが、商人が巡回に来てくれるようになってからは買い物に来る必要もなくなった。今では極稀に、情報収集の一環として来るくらいだ。
街に着くと、宿を探すよりも前に兵士の詰め所に向かう。
荷車に乗せたままの二人の男と、手下の男達を処分した証拠を運び込まなければいけない。それが終わったら似顔絵と資料の作成だ。村に来た騎士と文官の他に、もう一人兵士が着てアメリアの似顔絵を描く。その間は動かないようにとアリッサが手を繋いだまま待つ。兵士の腕がいいのか、それほど待つこともなく似顔絵が書き上がり、その隣にアメリアの特徴が記される。
金髪だが光の加減によってはわずかに緑掛かって見える髪、ボサボサだった髪をショートカットに整えたのはアリッサだ。服の裾から出ている太い爬虫類系の尻尾、手足や顔には鱗はないが、尻尾は完全に鱗に覆われていて緑に輝いて見える。
「鱗だが、他の所にはどうだ。あー、ここで服を脱ぐわけにはいかないから、教えてくれないか」
特徴が記されていくのを見ていた騎士がそういう。
確かに男の兵士ばかりの詰め所で少女の服を捲るわけにもいかない。
「胴体にも手足にもほとんど鱗はないな。あるのは尻尾の付け根と、羽の付け根に少しだけ」
「ふむ。背中の服が膨らんでいたからそうかとは思ったが、羽があるのか」
少し考え込む騎士の隣で、兵士は特徴を記入していく。
「羽は珍しいか?」
「そうだな。鱗持ちの人間はこの街でも珍しくはないが、羽持ちについてはな。まあ、羽が小さくて隠れているなら分からんが、羽持ちで鱗持ちというのはちょっと記憶にないな」
なるほどと肯きながら話を聞く。羽毛を持った羽持ちの人なら少数ながらこの街にもいるらしい。羽を持っているだけで飛べるほどの魔力は持っていないようだと騎士は言った。いずれは街の中での飛行についても取り決めをしようという話はあるが、誰も飛べる人間がいないため後回しになっているのだと言う。だからもし、アメリアがこの先飛べるようになっても、街の中では飛ばせないように、ということだ。
「羽も小さいし、大丈夫じゃねーかな」
アリッサは気楽に答える。
羽の大きさは魔力をどれだけ通せるかにも掛かってくる。大きければ大きいほど低い密度の魔力でも浮力を得ることが出来るが、小さい羽では、高い密度が必要になり、それには高い魔力量が必要となる。だから飛ぶことに関してはアメリアの小さな羽は不利である。
反面、普段の生活は地上で行う以上、大きな羽は生活に邪魔になる。扉を通るのに羽を畳んだり、椅子に座るのにも羽が邪魔だったりと。知り合いの保護官は翼人種あるある話としてうれしそうにアリッサに語っていた。
「万が一飛べるようになっても、ということだ。飛べないのであればそれで問題ない。一応、気に掛けておいてくれ」
子供は新しいことをやりたがるからな。と、騎士は心配顔になる。
見た目だけはアメリアも少女だ、言い聞かせても守られるのか多少は心配になる。村での事情聴取でも受け答えはしっかりしているし、街までの旅でもアメリアの面倒をきちんと見ているのは分かっているが、見た目に評価が引きずられてしまうのはどうしようもない。いっそ、小人系の人みたいにもっと骨太でずんぐりとした体形であれば別だが。
書類が書き上がったのを確認して、騎士は二人の少女に退出を促す。
宿のあてはあるという話だし、巡回の兵士によればどちらも魔物を狩って生活できる程度には腕が立つという、であればこれ以上便宜を図る必要もない。それに……。
「あれ? 宿の紹介はしないんですか? あと帰りの護衛とか」
「必要ないさ。街にくる途中でそのあたりの確認は取ってある」
「ああ、そっすか。残念ですね」
なにが残念なものか。どうにもこの兵士は煙のない所に火を付けようとするきらいがある。似顔絵の才がなければ別の部署にくれてやりたい程だ。今回は似顔絵の仕事があるから呼ばざるを得なかったが、早くも面倒事の気配が漂って来た。
「だってあれ隊長の好みぴったりじゃないですか」
(だからそういうのをやめろと言っている。妻に知られたら何を言われるか。いや、こいつの妻とうちの妻とは仲が良い。一兵卒と騎士の違いはあれど、家族ぐるみで付き合わなければならないのがこの仕事だ。夫が街の外に何日も出掛ける仕事などそうはない。日々の生活も、子供たちの世話も、同じ苦労を知る同僚の家族と一緒にやっていかねば成り立たない。であれば、伝わることを前提に対策を立てなければ)
騎士の思考はこの場をどう納めるかに移っていく。その間、顔はずっとしかめっ面だ。
「今、そこで少女達とすれ違ったが、何かあったのか」
部屋に入ってきた管理官に騎士の思考が中断される。助かったと言っていいのか、別の意味で面倒な相手が入って来た。
領主様より予算を預かり、兵達が適切に運用されているか監視する役割を持つ管理官。その地位は兵士達を率いる騎士と同じとされているが、管理官はことある毎に予算を振りかざしてくるために評判は良くない。
「ああ、村で迷子の少女を保護したと言うので、尋ね人の資料を作っていた」
それを聞いて手だけで資料を要求する管理官に、資料を渡すようにと兵士に目で指示する。尋ね人など、管理官の職務にまったく関係がないだろうに、何かと資料を確認しようとしてくるのは率直に言って邪魔くさい。
「ほう、鱗持ちで羽があると」
「そうだ。珍しい特徴だからな。すぐに身元も分かるだろう」
親族が探しに来れば、だが。まずは資料を兵士達にこういう少女を探していると聞いたことがないかと、確認するところからだ。まだ来ていないとしても、村で解決出来ないことは街に持ち込まれるのが常だ、いずれは尋ね人の連絡が入るだろう。
騎士はそう考えていた。
そのとき、管理官の表情が厭らしく歪んでいたのが、資料の影になって見えなかったのは、誰にとっての不幸だろうか。
街はまだ明るい。昼過ぎに街へ到着し、似顔絵などの資料を作っても日が落ちていないのは、騎士が手早く手配してくれたお陰だろう。
とは言え、宿を取って、夕食を食べる時間を考えればあまり余裕はない。村でこそエリックやクロエが魔法で明かりを点けてくれるが、街の宿や食堂で使われるのは油で点ける原始的な明かりが精々だ。そして油代がかかるため、あまり長くも照らしてはいない。
急いで宿を確保しなければならないと、アリッサはアメリアと手を繋いで街の中を歩きだす。
(二泊か、三泊か)
明日からの買い物の予定を考えながら。
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