5.五匹の狩り

 その日は朝から気楽な笑い声が聞こえていた。

 宿の食堂には、いつも通りの朝食が並ぶ。そこに居るのは、アリッサとアメリアの二人以外には顔なじみの探索者。オーガ騒ぎでしばらく街に戻っていた顔がこの村に戻っていた。


「んで金が尽きてまたここに来たと」

「うるせえ、俺たちみたいな探索者がそんなに金持ってるわけねーだろうがよ」


 街に戻った彼らは数日の休養を取りはしたものの、手持ちの金の不安から街の近くで魔物を狩っていたそうだ。街の近くにも魔物がいないわけではないが、巡回の兵士に、街へ出入りする商人、畑仕事にせいを出す農民と、相手を選ばないのが魔物の魔物たる所以だ。探索者が狩りに出るまでもなく倒される魔物も多く、街の周辺に魔物は少ない。

 狩りに出ても一日歩き回って一匹二匹。それでは仲間全員で食べていく程の稼ぎにはならない。またオーガが出たという噂もあり、街に滞在を続けていたものの、やはりダンジョンの傍とは実入りが違い過ぎる。

 そんなわけで彼らは村に戻ってくることにした。

 戻ってくる前の情報収集で、どうもオーガが出たというのは嘘じゃないか、酔っ払った探索者が宿の外で寝てた言い訳にオーガを持ち出しただけらしい、そんな話を聞いたのも一因だ。


「そういやアーロンは来てないのか?」


 探索者が思い出したように尋ねる。

 アーロンなら魔道具のランプを購入後に旅に出ているはずだ。目的地は現地司令部。途中で保護官第二チームと合流し、第二チームが集めた魔道具を預かって、中央に移動する予定だ。どちらかと言うと魔道具の配達はついでで、アーロンの移動は保護官の免許更新のためである。


 この短期間で勇者たちがバラまいた魔道具の全てを回収出来ているわけではない。

 それでも商人の手に残っていて、お金で片付く分はほぼ回収出来たと聞いている。

 残りの個人に渡った物。これについては所持している個人に交渉して売ってもらうか、回収不可能で中央に書類を出して認めてもらうか、それとも……。いずれにせよここからは長期戦だろう。犯罪者を捕らえることよりも、その後始末のほうが手間がかかる。


「こっちには来てねえな。どっか旅にでも出たんじゃねーか」


 現地司令部の話なんかは探索者相手にするわけにもいかない。だからアリッサが答えたのは「知らない」という意味に聞こえる言葉だけ。


「まあそうだよな。オーガ倒せるんならホーンラビットをちまちま狩らなくてもいいしな。いやあ、いつもこの辺の村回ってる商人いるだろ。街であの人に聞かれてよ。なんかオーガの噂で心配になったらしくて、またアーロンを雇えないかって探してるみたいなんだわ」


 この前に村に来たときも、時間を変えて、村では泊まらずに帰った。それはアリッサが思い出すに、まだオーガのことを心配している態度だと思えた。


 いくら村でオーガは居ないと言ったところで、前に居たという前例がある。ダンジョンのどこかに潜んでいるのでは、と言われると反論は難しい。

 オーガを探しに来た探索者達は、当然ダンジョンの中を調べてはいるし、オーガには出会っていない。それでも、それぞれの探索者が自分達の判断で探し回っているだけだ「今日はこっちへ」「明日はむこうへ」と探したところで、オーガが居たとして移動しないわけでもない。今日はむこうに居たかもしれない。明日はこっちに居るかもしれない。否定するためには大勢で一斉にダンジョン全てを調べる必要があるだろうし、そんなことをやる探索者は居ない。


 朝食ついでの雑談も終わり、それぞれが仕事を始める。

 探索者達にとっては、久々のダンジョンである。ここでしっかり稼がないと、正直なところ、金がない。装備を確認し、気合を入れて出発する。アリッサはそれを見送ってから、自分達も狩りに出るための、準備を始めた。


 夕方、アリッサとアメリアの二人は獲物を担いで村へ戻る。

 今日の獲物はイノシシだ。大きな獲物であるため、狩った場所で解体し、持って帰ってきたのは肉と毛皮だ。牙は小さかったので、頭蓋骨と一緒に捨て置いた。イノシシとは言っても、培養ポッドではイノシシは大きくは育てない。子供と言っていい大きさでダンジョンに解き放つ。それは培養ポッドとダンジョンを結ぶ穴を人が通れない程度の大きさにしているためだ。イノシシを育てすぎると、その穴を通れない。そしてダンジョンに解き放って、だいたいは数日のうちに狩られる。だからこのダンジョンで出会うイノシシは小柄なものばかりだ。大人のイノシシならば鋭い牙はナイフに使えるが、このダンジョンのイノシシで使い物になる牙が手に入ることは少ない。

 それでも肉と毛皮を抱えるアリッサもアメリアも少女と言って良い体格の二人だ。

 二人とも気楽に運んではいるものの、見た目は大荷物である。両手に抱えた肉と毛皮。一日の成果としては十分過ぎる量に見える。


 村まで帰ってきてみると、村の広場には沢山のテントが並んでいた。

 広場といっても雑草が刈られているという程度のもので、いつも宿に泊まらない探索者がテントを張るのに使っている。普段なら一つ、二つという程度のテント。それが今日はなぜか五つ以上並んでいる。

 珍しいなと思いつつも雑貨屋に戻り荷物を置く。

 毛皮は商人に売るために倉庫へ。肉は、少し考えてからすべて宿に渡してしまうことにする。商人が来る日が近ければ売って金に換えてもいいが、次に来るのはまだ少し先だ。今日の分は宿に渡しても問題ないだろう。結局、毛皮だけを置いて、宿に向かう。

 荷物があるために厨房の傍にある裏口から入って、肉をエリックに渡した所で、食堂のほうから怒鳴り声が聞こえる。


「今すぐ出ていきな!」


 響いて来たのはクロエの声。慌てて食堂に向かうと、仁王立ちのクロエと、食堂から出て行く男の後ろ姿が見えた。

 食堂に残るのはクロエ一人で、他には探索者の姿もない。


 アリッサは一息吐いて、意識してゆっくりと声を掛ける。


「ようクロエ、どうしたよ。なにがあった」


 振り返ったクロエの顔は若干引き攣っていた。


(あー、こいつはやらかしたな)


 珍しく青筋を立てるクロエの表情に、随分と酷い状況だったらしいとアリッサはクロエと距離を取ったまま判断する。

 探索者は基本的に荒事で稼ぐ仕事だ。それは魔物との戦いだけでなく、探索者同士の格付けという意味でも同じだ。この村でも数日前に探索者同士が喧嘩をしたように、強いか弱いか、どの程度の力があるか、常に値踏みをしている者が探索者には多い。

 宿を始めた当初なら、クロエが慣れていなかったこともあって、クロエが怒ったり、喧嘩沙汰になったこともあった。今では探索者を軽く威圧したり、他の探索者がクロエを認めている言動をしたりと、争いになるずっと手前の段階で納めることが出来るようになっている。

 怒鳴って追い出すことはあっても、クロエ自身が本気で怒ることは珍しい。


「なんでもないわ。無礼な奴を追い出しただけよ」


 そうか、と呟きながらも確認する。


「なんか広場に沢山テントあったけどよ。そいつらか?」

「ええ、大勢で押しかけて来てね。そんな人数泊まる部屋があるわけないじゃない。それでテントを建て始めたのはいいんだけどさ。リーダーを名乗る奴がしつこくてね」


 話を聞いて、アリッサは心の中で警戒レベルを少しだけ上げる。

 あれ全部が仲間だとすると少し注意しておくか、と。相手の実力は分からないが、数は力だ。一斉に押し込まれれば、実力に数段の差があっても怪我をする可能性がある。

 なにせ家が二軒しかない小さな村だ。兵士が常駐しているわけでもないし、巡回の兵士が来たところで、近所の農村出身の二人だけだ。十人を超える探索者を抑えられるとは思えない。

 だからアリッサは隊長として指示を出す。


「面倒くせえなあ。エリック、夜んなったら結界のレベル上げといてくれや」

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