5.闇夜に佇む洞窟

「装備の申請はしてきましたよ。あと勇者の個人情報もらってきました」


 翌日の昼間。宿屋の食堂に保護官の三人が集まっている。

 アーロンは予定通り、商人の護衛として街へ旅立った。商人と護衛の一行が居なくなり、探索者達は魔物狩りにダンジョンの中へ。この時間は皆が出かけて保護官達が機密を話しても問題ないほどに人が居ない。


「おう、ありがとな」


 アリッサが青年の保護官エリックにお礼を言う。

 彼はクロエの夫でもあり、この宿の料理人でもある。白い肌に尖った耳はこの惑星で言うエルフに似ている。もちろんこの惑星の生まれではないので『擬き』だが。

 渡された紙には勇者を名乗る不法入星者の情報が書かれている。情報端末を船から持ち出せれば紙に印刷する必要はないが、業務用の機器である情報端末についても、理由がなければ持ち出すことは出来ない。


「ああー? あ? 元貿易会社社長。年齢118歳ってまた、何で勇者様なんてやってやがるんだ。年考えろよ年」

「アリッサが年のこと言うのかい?」

「うるせえ。俺は可愛いからいいんだよ」


 資料を手に言い合うアリッサとクロエの姿に、エリックはこっそりと溜息をつく。


「はいはい、じゃれ合いは仕事が終わってからにしてね。問題は元貿易会社社長ってところ。引退済みとは言っても影響力はあるらしい。もう一人の商人は、この貿易会社と取引のある商社に所属していたそうでね、本人は断れなかったと言っているらしい。まあ、容疑者の証言だから、罪から逃げたいだけで言ってる可能性もあるけどね」

「ってことはなんだ? ドラゴンも取引先とでも言うのか?」

「流石に未開惑星との取引はないはずだけど、でも違法な魔道具の一つや二つは持っている可能性はある、らしい」

「らしい、かよ」

「らしいよ。貿易会社については調査を開始したばっかりで、データベースに載ってるような基本的なことしか分からないってさ」

「意味ねえな。それはよく分からんから一応注意しろってことだろ、意味ねえ」


 アリッサの言う通りではあるのだが、心構えというものもある。一応伝わった、ということにしよう、とエリックは前向きに考えることにする。

 実際、貿易会社と言っても範囲が広い。資料には娯楽用品を中心に扱っているとあるが、それが何なのか具体的な記載がない。コンピュータゲームやボードゲームのような室内遊戯も娯楽用品だし、ランプやテントのようなキャンプ用品も娯楽用品だ。そして、少なくとも勇者が聖剣と呼んでいた武器、解析によるとハンティングゲーム用の武器を違法改造したものだという、それを手に入れられる程度には武器や防具にも関わっているはずである。



 その日の深夜、黒色の装備に身を固めた三人は空を舞う。

 現地での生活と架空の身分アンダーカバーの為とは言え、宿屋を営んでいる以上、夕食を作らずに済ませるわけにはいかない。ダンジョン近くの小さな村で、食事を取れるのはここだけなのだ。かくして本来の保護官の活動は深夜に行われるのが大半となる。しかし、そこに深夜手当も残業手当も存在しない。そういうものは全て丸っと『未開惑星長期滞在手当』の名目で処理される。その金額が妥当なのかどうかは誰も知らない。全ては闇に包まれている。


 夕食後の通信では、勇者を連れて飛び去ったドラゴンの着陸地点が明らかになった。それは人里離れた岩山の中腹。

 ドラゴンは着陸後、衛星からは確認出来なくなったというので、その辺りに巣にしている洞窟でもあるのだろう。

 人里離れた場所である以上、もし勇者が街に隠れようとしても移動時間が必要になる。昨日の昼に逃走してから一日半。ドラゴンの飛行時間、解除キーのない中での移送ポッドからの脱出。ドラゴンがいれば、力尽くでの破壊は可能だろうが、それでは中に入っている勇者の無事は保証出来ない。移送ポッドからの脱出にはそれなりに時間が掛かったはずだ。

 それらを加味すると、まだドラゴンの着陸地点で潜伏している可能性が高い。

 『魔王を倒すべし』と煽っていた勇者だ、いくら文明が衰退した世界とは言え、街には勇者のことを知っている現地人だっているだろう。万が一、その街の権力者の家にでも入り込まれたら厄介だ、奪うことは可能だが現地人と争うことになる。人里離れた場所にいるうちに確保するのが一番だ。


 そうして保護官三人は夜を駆ける。

 移動に使うのは一人乗りのバイク。タイヤはついておらず、空中を走るタイプだ。タンデムシートを使えば二人乗りも可能だが、勇者を確保して帰る予定のため、三台のバイクそれぞれを運転している。

 スペックで言えば大陸の端から端まで数時間で飛行出来るだけの能力はある。最も搭乗者が車体の上に乗る形状だけに、何の準備もなく最高速度を出せば、乗っている人が振り落とされるが。

 今日の目的地はそこまで遠くなかったため、安全運転の範囲で現地まで。ほどなく視界には目的の岩山が映る。闇夜の中で見る岩山はまるで黒い壁のようで、洞窟の入口なのか岩肌なのか、真っ黒の何かとしか見えないそれを区別するのは困難であろう。しかし、亜人、進化した人類の中には暗視の能力も持つものも少なくない。保護官の三人は全員暗視の能力を持っていたため、多少の捜索で洞窟の入口へと至る。


「でっかい入口だな~。ドラゴンサイズってとこか」

「それにしてもおっき過ぎない? 逃走したドラゴンのサイズ聞いてる?」

「全長で10メートルそこそこらしいですよ。この洞窟ほどのサイズはないはずです」

「ふーん、じゃあドラゴンが掘った巣穴ってわけじゃないのかもな」


 高さだけでも30メートルはある洞窟の入口。バイクの速度を歩くほどまで落としてゆっくりと侵入する。

 ドラゴンが掘った巣穴であれば、寝起きするのに不自由ない程度の広さまでしか掘らないが、天然の洞窟となるとどこまで深いか分かったものではない。今夜のうちに終わるんだろうかと、洞窟の大きさに心配しだすエリックを余所に、アリッサとクロエはどんどんと洞窟の中を進んでいく。

 しかし、エリックの懸念はすぐに晴れることになった。

 蛇行しながら続く洞窟の奥。洞窟の入口よりも更に広い、地下とは思えないほどの広々とした空間には明かりが灯り、そこではドラゴンと勇者が待ち構えていたのだ。

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