28. 寂れた医院

「へぇー。すごいね、霊媒れいばいって」

「いお天才だし。こんぐらいよゆー」


 少女と青年の声が聞こえて、目を開いた。


「レヴィくんも、記憶見せてくれてありがとう」

「礼には及ばん。事態の解明のために必要と判断したまでだ」


 レヴィがいる……って、ことは、少なくともわかりやすく危ない奴はいなさそう……かな。

 何か、見慣れない夢を見ていた気がする。

 いつの間に連れて来られたのかわからないけど、気付けば病院……? みたいなところにいた。

 ツンとした、薬品の匂いが漂っている。

 部屋はそこまで広くなく、掃除されてはいるけれど、家具や小物の置き方のせいか雑然とした雰囲気が否めない。


「ローランドくん。僕ら、しばらくここにいたら首とか胴体とか落ちるから、早めに要件済まそうね」


 亜麻色の髪の人が、なんか言ってる。

 突然、首や胴体が落ちるとか、怖いことを言われても困るんだけど……。


「……首が……? 大変だね」

「いや、君もだからね???」

「や、やめろよ。俺、幽霊苦手なんだって……」

「待ってどこから突っ込めばいいの!? えーと、明るい方のイオリちゃん、こういう幽霊への接し方わかる?」

「そっとしといたらいいと思うよ。距離感保ってたら安全なタイプじゃん。ちょー楽」


 イオリ……って、さっきも名前を聞いた気がする、けど……。

 さっきの子とは、なんだろう。違う気がする。喋り方というか、雰囲気というか……。


「僕は? 安全?」

「カミーユさんは……たまにキモいだけ?」

「キモい」

「うん、顔めっちゃいいから許すけど、時々めっちゃキモい」


 素直すぎる言葉に、絶句するカミーユ。

 その沈黙を打ち破り、誰かが爆笑した。男性の声……だけど、俺の知り合いではなさそう。


「うっっっわ、キモいとか言われてやがんの。ざまあ~~~~」

「ごめんイオリちゃん、ちょっとグリゴリー殴ってくる」

「やんのかコラ。俺とお前の喧嘩なんて底辺同士の泥仕合にしかならないけどね!! チクショウ!!」


 白衣の男が奥から姿を現す。グリゴリー……って、言うのか。

 卑屈そうな感じが、ロッドにどこか似ているかもしれない。……ロッドはもっと優しいけど。


「いお、顔的にはカミーユさんが勝つ方に一票入れたいけど、オッサンのがまだ強そう」

「オッサンって呼ぶのやめよ? 俺、そこの変態より年下だからね?」

「別に勝ち負けとかどうでもいいんだよね。むしろ負けた方がイイ時もあるし」

「そういうとこだぞお前」

「僕もそう思った」


 喧騒けんそうをよそに、目の前の机に置かれたメモを見る。

 上の方に「Levi」と書いて……あれ……霞んでよく読めない……?

 目の前で自分の指を立ててみる。見えるけど、何本立ててるのかちょっとわからない。……なるほどな、じゃあ、読めないのも仕方ないか。


「あっ、そろそろ首落ちそう」

「ぎゃあああああああ帰れ!!!!」

「ローランドくん回収しないとだから手伝って! その子、自分の限界わからないから!!」

「あー、魂が消耗してる系? それ、本人しんどいだけだから、早めに成仏っといた方が良くね?」

「後で聞く!! レヴィくーん!! あれどこ行ったのあの子!?」

「お前がイオリと話してる隙に、殺人鬼みたいな顔で出てったぞ。胸が痛くてイライラするって」

「あ~~~~あの子、イライラしたら窓ガラスとか割りたくなっちゃうらしいし、仕方ないね」

「つかレヴィさん、ぶっちゃけ怨霊系だし。尾崎おざきさんよりちょい理性強めなだけっぽい」


 周りがやたらうるさい。誰が誰だかわかんないけど、楽しそうなのはわかる。

 ……っていうか、このメモ……持って行った方がいいのかな。


「待っ、もう無理! 落ちる!」

「ここで落とすなボケぇええ!!! もっと頑張れよ!! お前やればできるだろイケメンなんだしよぉ!!!」

「それ顔関係なくない?」

「ここでグロ画像見せんな!! 窓の外放り投げんぞ!!」

「えっ何それ最高。やって」

「もうやだこの人ーーーー!!!」


 とりあえず、メモを手に取って、近くで文字を追ってみる。

 その瞬間、指先から伝わった感覚が、静電気のようにばちりと弾けた。


「それ、あんま触んない方がいーよ。つか、カミーユさんが持ってた方が良さげ」


 少女の声が、やけに響いて聞こえる。


「……あー。……『それ』じゃ、成仏も無理かぁ」


 続けて、少女が語る。

 ジョウブツ……って、なんだろう?


「……って、あれ? そういえば、なんで言葉通じてるの?」


 床に転がった「何か」が喋る。

 ……あれは生首じゃない。生首に見えるけど、絶対違う何かだ。生首が喋るわけがないし、生首であっていいはずがない。


「ブライアンが頑張ってくれてる~。才能すごくね? そのうち何語喋っても通じるよーになるかも」

「……えっと……なんの才能?」

「呪術?」


 会話が遠くなっていく。

 意識が「どこか」へと引っ張られていく。

 身体の感覚が、遠ざかっていく。


 あれ、ここは……


「どうも、アドルフ・グルーべです」


 隻腕の男が目の前にいる。

 病院……には、見えない。薬品の匂いがどこからもしない。

 無機質なエントランスが広がっている。状況も立ち位置もよくわからないけど、「警察署だ」ということだけは、わかる。


「初めまして、辞令は聞いていると思います。僕が、キース・サリンジャーです」


 ……ん? これ、喋ってるの……俺、か……?

 意識が「キース」のものと混ざり合い、「俺」が分からなくなる。

 受け入れるな。抗え。救いを求めろ。

 ……そう、誰かの言葉が蘇る。


 俺の感情をよそに、「キース」は語り続ける。

 それでも、「俺」の意識までは失われなかった。


 身体の自由が効かないまま、わずかな思考だけは「俺」のものとして存在している。

 ふわふわと現実感のない、夢のような感覚が続く。

 時間の流れがあるような、ないような、中途半端な空間にいる。


 書庫に辿り着いた時、また、思考が働いた。

 ……そう、だ。これ……もしかしたら……

 大事な情報だけでも、抜き出しておければ……


 ぎこちない動きで、指先を伸ばす。上手く、指が動かない。自分の身体として動かせない。

 ああ……そうだ。そもそも、これ、俺の身体じゃなかった、はず。

 兄さんの身体を借りてて、そこに、また別のものが混ざってて……だった、ような、気がする。だから……今は、ダメ、なの……かも、しれない。

「巡回」と、聞こえた……気が、する。警察署、の……外に、踏み出す。たむろ……して、いた、赤毛の男に、声、を、かける。


「だから、なんでオレがここいたら困るんだよ。特に何もしねーのによ……」


 ああ、今は、もう……限界、か……な……

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