Dance in Apnea - 3

「お昼でも一緒にどう?」

 僕は見ず知らずの誰かと気軽に昼食を摂るような性格じゃない。

 誘ってくれた彼女――鷲塚ツカサさんにはオブラートにそれを伝える。

「……じゃあ、警察に通報するけど?」

 思わず絶句したね。


 現代人は人の弱みに付け込んでまで、昼食に誘うというのか。

 僕はそこに現代社会の深い闇を垣間見た。


 僕は彼女に連行されるよう近所の洒脱な洋食屋さんに入る。

「いらっしゃい、何だツカサか」

「ただいま」

「そっちに居る娘さんは?」

 店に入ると、店主っぽい人が彼女に慣れ親しんだ様子で接していた。

 店主は丸眼鏡を掛け、柔和な人柄がにじみ出ている人の良さそうな顔をしている。

 年恰好は三十台後半と、壮年の風貌をしていた。

 所を察するに、彼女との関係は兄妹かな。


「さっき拾った」

「どこで?」

「稽古場で。団長の彼に用があったみたいだけど、今は海外公演でいないから」

 二人の会話が一区切りつくと、店主さんから温かいほうじ茶を持て成された。

「ついでに猫まんまでも出しましょうか?」

「その必要はなさそうだよ、その猫死んでるんだって」


 どこか、棘があるというか。

 ツカサさんの言動からは他とは一線を画す諦観のようなものを感じる。

「お客さん、本来なら生きてる動物の立ち入りだってお断りしてるところだよ」

 なら帰ります、ご迷惑お掛けしました。

 のように、僕のシミュレーションは完璧だった。


 しかしその対応を思い付いたのは帰宅してからの話し。

 僕は遅疑逡巡とした性格で、エンバーミングの師匠からはよく注意されていた。


「今回は特別だよ? その代り、このことは俺と君の二人だけの秘密ってことで」

「その台詞は若干気持ち悪いよマジにい

 彼女は日替わりランチを二つ注文し、僕の左薬指を睇視ていしで一瞥する。


 僕の夫との誓いの証に、思う所があったんじゃないかな。

 彼女は指輪を見た後、両肘をついて組んだ手を額に当てていた。

「団長には何の用だったの?」


 僕は、生前の夫の頼みで彼に会いに来た。

 夫のベンチャー企業と、バレエ団の団長さんは大事な交渉の最中だったらしい。

 しかし団長さんは中々にご多忙な身で、折り合いが付かなかった。


「……そう言えば、グッドパートナーを見つけたかも知れないって言ってたかな彼」

「あいつは鳥頭だけど、バレエに関しては一途で熱心だからな」

「彼は元々記憶力はいいし、勉強も出来るほうだよ?」


 店主さんはテーブル席と隣接するL字型のカウンター席に腰を落ち着けて、僕らの様子を見守っている。心なしかバレエ団の団長さんの話しには店主さんも食い気味だった。


 僕はつい、団長さんはきっと凄い人なんでしょうね。と口にしてしまう。

 僕の憶測に二人は照らし合わせたかのように笑い始めた。


「確かに凄いといえば凄いけど」

 ツカサさんはまるで自分のことのように団長さんを讃えている。

「あいつは馬鹿だ。単なるダンス馬鹿」

 おまけに店主さんも、まるで自分のことのように団長さんを皮肉っている。


 今は海外公演で不在している彼は、二人からとても信頼されているようだった。

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