Embalming My Heart - 4
「いつまでそうしてるつもりだ」
僕は愛猫の亡骸を抱え、普段通り社長席に座っている。
社長室には居住空間と仕事部屋を区分けする漆喰塗りの壁があって。
漆喰の壁に対峙する硝子状の窓からはオフィス街を一望出来ていた。
夫が倒れ、意識不明になり集中治療室に入ってから三日経つ。
病院の先生からは彼が死ぬことを覚悟しておいて下さいと言われる。
「今にも絶命しそうな旦那を放っておいて、自己憐憫でもしているのか? 非常識にも程がある」
社長席から街の様子を遠望していると、現状を見下げ果てた姉さんが僕のお尻を叩きにやって来た。
僕は面倒なだけだ、決して彼のことを忘れた訳じゃない。
そうと言えば死の代名詞である姉さんお得意の火炎放射で虐められるだけだった。
その時、僕のケータイに着信が入る。
どうやら夫の意識が回復したようだ。
僕は姉さんを引き連れて夫がいる病室へと向かった。
「……これはこれは、冬夏さんまでお越し下さるなんて」
「無理して話さなくていい、大事にしてくれ」
姉さんから夫へ、労わりの言葉が掛けられる。
夫はベッドに仰向けに横たわり、口には酸素マスク、腕は点滴装置に、胸部には心電図など、身体の節々を医療機器と繋げられていた。
「医者は、何て言ってた?」
どうやら僕に夫の病状を説明した先生は、彼には真相を伏せていたようだ。
物臭な僕は説明されたことを簡略的に伝えた。
「俺はもう……死ぬのか」
「生きる希望を捨てるな、愚妹を独りにしたいのか」
姉さんから激励をうけた彼は、僕に左手を伸ばした。
差し伸べられた彼の左手に触れ、僕は大丈夫だと告げる。
「何が大丈夫、なんだ?」
僕には愛猫が居てくれるから。
それから僕は夫に初めて自分がエンバーマーであることを教えた。
夫は聞き馴染みのない言葉を耳に入れ、神妙にしていたけど。
「っだったら俺も、君の手でエンバーミング、って奴をしてくれよ」
分かった。
「……ありがとう」
すると夫は目に涙を浮かべ、無気力なままそっぽを向いた。
「少し、独りにしてくれないか」
と言う彼の声音には生気が籠ってなかった。
酷い孤独感に苛まれる彼に言われるがまま、僕達は病室を後にする。
夫は、これから死に行くことを受け止めきれない感じだった。
「いつまでそうしてるつもりだ」
夫と別れ、相も変わらず僕は社長席に三角座りしている。
正面から左に、目を逸らせば街灯と宵闇に包まれた街並みが見え。
僕の膝の上で目を閉じてる愛猫が、魂を彷徨わせている幻を覚えた。
「……彼は、物臭なお前には打って付けの結婚相手だっただろ」
彼の存在を過去のものとして扱っていた姉さんに、僕はそうだねと応答する。
「金満家の一人息子で、余命も僅かで、出逢って間もないお前に対する執着心も愛情も乏しい。これ以上お前に好都合な相手を探せと言われてもそうは見つからないよ」
他人行儀は止そうよ。
僕は物臭なりに姉さんを咎め、夫への義理を果たした。
「なら、いつまでそうしてるつもりだ。仮面夫婦とは言え、彼は死にそうなんだぞ」
せめて最期ぐらい看取ってやるべきだと姉さんは言葉を続ける。
けど、と口にすれば姉さんは火炎放射器を構えた。
「けどもクソもなしと行こう、お前の準備はこちらでしてある」
僕は愛猫と共に両手を上げ、姉さんに降伏する意思を告げた。
だから僕は夫に付き添うことになった。
夫は予め独りにして欲しいと希望していただけに、遺恨が残りそうだ。
「せめて、最期くらいは寂しくないようにしてあげないとな」
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