物臭僕の愛猫は美しい

サカイヌツク

Prologue

物臭な僕の愛猫が亡くなった

 西暦二〇一八年二月二五日、物臭な僕の愛猫が亡くなった。


 愛猫は僕の膝の上で、静かに息を引き取る。

 誰かが指摘しなければ、愛猫の死は気付かれず、客観的には生き永らえていたと思う。

 物臭な僕は愛猫の死を受け止めるのが面倒だった。

 だから何度も愛猫の胸部を覗い、寝息を立てて伸縮してないか確かめた。

 

 僕は特別な人間だ。

 僕には、他人とは違う、特別な存在である。という仄かな思い込みがあった。

 愛猫を両眼で見詰めていれば、そのうち息を吹き返してくれるかも知れない。

 息を吹き返し、またか細い声で鳴いてくれるかも知れない。


 その想いは結局妄想で終わってしまったけど。


 愛猫は物臭な僕の唯一の存在だった。

 だから僕は愛猫に特別なエンバーミング処置を施した。

 死後の愛猫はエンバーミングによって生前の美しさを保ったまま、僕の傍にいる。


 それから間もなく僕は二十歳になり。

 誰かが「春秋はるあき様の誕生日プレゼントは猫にしましょうか?」と言った。

 それもいいかも知れないと僕は応えた。

 けど、二匹目を飼い始めたとして、僕はまたその猫を愛さないといけないのか?

 物臭な僕にとって何かを愛するのはとても面倒だ。

 だから前言撤回した、僕の愛猫は一匹だけで、少なくとも今はいいよと。


 僕は衣食住の全てを家政婦に管理されている。

 誕生日プレゼントに猫を提示してくれたのも、家政婦の一人だった。

 いつまでこの生活が続くのかな?

 そう尋ねると、僕の許にスーツを着た『黙示録のラッパ吹きトランぺッター』がやって来て、僕の生活を一変させる。


 トランぺッターの一人が言うには、どうやら僕の両親が急逝したらしい。

 だから僕は家督を継ぐことになった。

 何となしに、社長室のラウンジチェアに愛猫を抱えて座る日々を送っている。

 僕は両親の顔を知らない。きっと両親は僕と同じく物臭だったんだろう。


 両親の遺産を引き継いだ僕が先ずしたことが、厄介払いだった。

 身の回りの世話をしていた家政婦達に退職金を支払い、自由を得た。

 彼女達に管理されていた生活はとても面倒だったんだ。

 僕と、僕の愛猫がマスメディアに取り上げられたのはその報いだった。

 退職させた家政婦の一人が、僕と愛猫の話をマスコミに売り。

 特別なエンバーミングを施された僕の愛猫は、奇跡の猫として謳われた。


 その後、僕の許に姉を騙る草摩そうま冬夏とうかという女がやって来る。

 彼女は僕と違い、強権的に物事を推し進める鬼女だった。

 僕は彼女を死の代名詞と認め、彼女を心の底から畏怖している。


 その姉がお見合いの話を持って来たのを皮切りに、僕は数奇な縁を繋ぎ始める。

 こうして僕の人生は面倒な方へと傾いてしまったようだ。


 そして僕の人生も終幕を迎えようとした時。

 僕は過去を振り返り、今でも息衝いているかのように美しい愛猫を見やり、筆を執った。


 これは涙を流すことすら疎む僕が残した、愛猫への随筆である。

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