【ファンタジー】一期一会【短編】
秋風ススキ
本文
その日の朝も青年は、夜が薄く残っているうちに目覚めた。小鳥たちの鳴き声が聞こえる。その青年が起きてまずすることは、井戸水を汲むことであった。その水の半分で顔を洗い、もう半分は飲む。干した肉や堅いパンが主な朝食であるため、飲み水がたくさん必要なのである。
青年は山の中に住んでいた。木を切って、それを材料にして工芸品や炭を作るのが仕事である。彼の親は大きな町の住民であり、経済的にはそれなりに成功していた。青年がまだ少年だったころ、父親の考えで、一家でこの山へと引っ越して来た。財産は山を購入し、山の中での生活のための道具を買いそろえることで、多くが使用された。
「大量の魔物を率いた人物が、魔王を名乗っているそうだ。小さな国の王様を殺して国を乗っ取ったのを手始めに、戦いを繰り返して支配地域を強めているらしい」
旅の商人などから得た情報を、父親は家族に告げた。
「いずれこの町も襲われるだろう。だから早いうちに、安全な場所へ引っ越そう」
そう、父親は自分の判断も告げた。
日が昇り、木を切っている時、青年はその時のことを思い出した。
父親の考えは、半分は正しかった。青年の家族が住んでいた町も、一家が去って1年と経たないうちに、征服された。魔王は、効率的に多くの人間を支配下に置き、商業上の重要な土地を制圧することを優先した。青年の家族が引っ越した山を含めて、人口の少ない土地は後回しであった。
数年後。魔王は倒された。勇者とその数名の仲間が打倒したのであった。そういう知らせが、青年の家族のところにも伝わった。自給自足に近い生活をしていた一家のところに、貿易商が訪れて、教えてくれたのであった。
父親も母親も、兄弟たちも、山を去ることにした。再び都会で暮らすことを望んだのであった。青年は山での暮らしが気に入っていたので、その生活を続けることにした。
一家に魔王が倒れたという知らせを届けた貿易商と、青年は仲良くなった。定期的に山に来て、青年の作った木工品や炭を買ってくれることになった。代わりに食品や書物を売ってくれるのであった。物々交換でも同じことのように思えたが、貨幣との交換を挟んでの取引が守られていた。
その日の昼。誰かが山に入って来たことに青年は気づいた。
「おかしいな。貿易商の人が来るのはまだ先のはずだし」
1人で生きていると独り言が増える。そうしないと言葉を忘れてしまうであろう。
「失礼ですが、どなたですか?」
敵意を感じさせないよう気を付けて接近し、青年は話しかけた。
「旅の者です。綺麗な山だったので、入ってしまいました」
「入るのは問題ありませんよ。ぼくは普段、人と会う機会がないので、こうして出てきました」
その旅人は、青年より少しだけ年上に思えた。凛々しい顔つきであったが、どこか寂し気であった。物憂げでもあった。
「良かったら一緒に食事しませんか? この山で採れた木の実や茸の料理ですが。干し肉もありますよ」
「これはどうも、ありがとう」
見晴らしの良い場所で食べる。
「これ。10日ほど前に街で買ったチーズだ」
「ありがとうございます」
食後、立ち上がろうとした旅人が、ふらついたかと思うと、地面に倒れこんだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ」
旅人は立ち上がったが、顔色が悪かった。
「茸に毒が含まれていたのでしょうか」
「それはない。現に君は元気ではないか。わたしにはちょっと事情があってね」
「事情。もしかして御病気ですか? 良かったらうちの小屋で休憩なさりますか? 一晩くらいならお泊めしますよ」
「うむ。では厚意に甘えようか」
青年は旅人を自分の小屋に案内した。まだ明るかったので、旅人を屋内に残して、青年は外に出た。そして川まで魚を捕りに行った。
青年が小屋に戻ってみると、旅人は眠っていた。青年が夕食の準備をしていると、旅人が起きた。その日は小屋の外で焚火をして、魚を焼いて食べることにしたのであった。
「これはけっこう高い酒だよ。一緒に飲もう」
夕食の時に旅人が言った。青年は喜んだ。焚火を囲み、酒を飲みながら、焼き魚を食べる。会話は弾まなかった。青年の側が、自分がこの土地に住むに至った経緯を簡単に説明するなどした。
「実はわたしは魔王を倒したのだ」
もうほとんど魚を食べ終わったところで、旅人が言った。青年が見たところ、酔いが回っている感じであった。青年は沈黙をもって続きを促した。
「元は田舎町に住んでいる、ちょっと喧嘩の強いだけの、普通の少年だった。若いころにある王国の軍隊で働いていて、引退してその村に引っ越してきた人物から、剣を習い始めた。やがて魔物が組織的に人を襲っているという噂が伝わってくるようになり、その後、魔物を率いて国を乗っ取った人物の情報も伝わって来た」
旅人は酒をグッと飲んだ。
「わたしは剣の師匠と一緒に旅に出た。魔王を征伐することまでは考えていなかった。魔王と戦うための組織のようなものがどこかで結成されているはずだと考え、それに合流することを意図して旅だったのだ。途中で仲間も出来て、わたしは新しい仲間から魔法を教えてもらいもしたが、魔物との戦いの中で師匠は命を落とした。それに、魔王と戦うための大きな組織なんて、見つけることはできなかった」
心なしか火の勢いが強まった。
「わたしと仲間たちは、自分たちだけで魔王を倒すことを決意した。奇襲を主な手段として、魔王の軍勢と戦った。魔王の戦略の上で重要な位置にある大型の魔物や、制圧地域の管理や戦場での指揮を担当している人間を殺した。そうやって魔王を心理的に追い詰めた結果、魔王は自ら支配地域の巡回や前線での指揮を始めた。我々の望み通りだった。向こうもこちらの意図を読んでいたとは思う。我々は、ある城を包囲していた軍勢に、魔王自らがいることを知った。その城には、元は大国だったのに魔王によって領土のほとんどを奪われてしまった国の王子が、魔導士や騎士を引き連れて籠っていた。魔王の軍勢も攻めあぐねていた。我々は魔王の軍勢の本陣に紛れ込んだ。姿を消す魔法を使い、魔物たちも指揮官たちも城攻めに気を取られている隙を狙った」
夜行性の鳥の鳴き声が響いた。
「うまく魔王の前に現れることができ、素早く護衛の魔物たちを殺した。だが、攻撃のためには、姿を消す魔法を解除しないといけない。我々は魔王と戦闘に入った。仲間のうちの1名は、ほかの魔物が入ってこないように、結界やシールドの魔法を使うことに専念した。残りのメンバーで、魔王を攻撃した。魔王は、元は人間だったはずだが、魔物の身体の一部を自分の肉体に移植したり魔力を生み出す石を肉体に埋め込んだりしていて、単体での戦闘力も高かった。わたしの仲間は戦闘続行が不可能になり、わたしも傷を負った。わたしは、かつて仲間から教わった魔法を使うことにした。自分の寿命を大きく縮める代わりに、一時的に高い戦闘力を得られる魔法だ」
旅人はせき込み、話はしばらく中断した。
「わたしは魔王を倒した。魔物たちは消滅するか逃げ始めるかした。おそらく、魔王の力によって生成した魔物と、元から自然に存在していたものを使役していた魔物と、両方いたのだろう。城の中の人たちがその様子に気づいて、城から打って出て魔物たちを攻撃してくれたので、その場にいた魔物の多くを倒すことができた。わたしは英雄としてたたえられた。しばらく宮廷などで歓待された後、わたしは旅に出た」
「旅に」
「そう。残り少ない人生、広い世界を見て回りたいと思ったのだ。自分が救った世界を見たい、平和になった世界を確かめたいという気持ちもあった」
「それでこうして旅を」
「ああ。今日はありがとう。もう行くよ」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
旅人は立ち上がった。そしてふわりと浮いた。その高度は上がっていき、やがて夜の闇の中に溶け込んだ。そして空中を泳ぐような速さで遠ざかって行き、青年からはまったく見えなくなった。
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