第22話 新しい世界

ショウは久し振りにイズマル島への航海を楽しむ。慣れ親しんだブレイブズ号の甲板でサンズに寄り掛かって、帆に風を送り込んでいる。




『ルカに会えるのは楽しみだ』




 ショウは、まさかまた交尾飛行では? とギョッとした。竜が増えるのは嬉しいが、交尾飛行で欲情してしまうのが困るのだ。




『まあね……』




 パァン! と張っていた帆が、少し弛んだ。やはり交尾飛行かなと、動揺したショウが風を送り込むのを忘れたからだ。




 バージョン士官が、少しは役に立つようになった士官候補生達に「帆の角度を調整しろ!」と指示を出しているのを、ワンダー艦長は満足そうに眺める。




 妹のシルビアがレイテ大学で学んで、ショウ王太子の後宮に入り、義理の兄弟になったのだ。高貴な姫君がいる後宮なので、後継者とかは望まないが、ショウ王太子の優れた能力を受け継いだ王子が産まれたら、伯父として鍛えてやりたいと考えている。




「もうすぐモリソン港ですよ」




 ショウは久し振りにイズマル島に来るのだが、ワンダー艦長はピップスを乗せてモリソン港に寄港していた。




「ちょっと先に行ってくるよ!」




 モリソンの行政長官をしているラジック兄上に会わなきゃとサンズに飛び立ったが、ブレイブズ号の乗組員達は美しいエスメラルダ妃と未だ見ていない王子に会いに行くのだと笑った。




「さぁ、さっさとモリソン港に着かないと、今回は直ぐにレイテに帰るんだから、休暇は与えられないぞ」




 鬼のようなバージョン士官の言葉で、にやにやしていた乗組員達はてきぱきと動き出す。アスラン王が留守なのに、ショウ王太子まで長期間レイテを離れてはいられないのだ。




「わぁ! モリソンは凄く発展しているなぁ!」




 前にエスメラルダと結婚したとき以来だと、ショウは整備された港や、建ち並ぶ倉庫群、そして商店街と郊外に広がる農地に感嘆の声をあげる。




「メッシーナ村まで開拓された農地が続いてるよ!」




 未開の大地だったのに、春の種まきの為に耕された土が空からも見える。




「開拓民とメッシーナ村の住民が揉めて無いと良いけど……」




 メッシーナ村は自治を認めているが、その他の開拓民達は東南諸島連合王国のモリソン地区に属している。ラジック兄上は無茶な要求をメッシーナ村にするとは思わないが、メッシーナ村に近い開拓民と揉め事が無いとは限らない。








 そんなことを考えながらメッシーナ村に着いたが、赤ちゃんを抱いたエスメラルダを目にした途端、全ては後回しになった。




「ショウ様! お越しになるとは知りませんでしたわ」




 騎竜のルカがサンズが飛んで来るのを教えたのだろう。普段着のままリュウを抱いて、メッシーナ村の跳ね橋を駆けてくる。




「エスメ! 来るのが遅くなってごめんね。わぁ! この子がリュウなんだね。お前のお父さんだよ」




 エスメラルダからリュウを渡されて、やっと顔が見られたと頬擦りする。




「ちちうえ?」舌ったらずな口調も可愛いと、ショウは笑う。




 エスメラルダとも再会のキスをして、盛り上がっていたら、不機嫌そうな声がする。




「おい! 留守番が留守にしてどうする?」




 ふぅ~と、大きな溜め息をついて、ショウは怒鳴り返したくなるのを我慢する。新たに東南諸島連合王国に加盟したメッシーナ村の人達の前で、親子喧嘩などしたくなかった。




「父上、私の代わりにレイテに帰ってください。私は、イズマル島の視察をしたいと思います」




 アスラン王は、へなちょこのくせに偉そうな! と言い返そうとしたが、エスメラルダとショウの腕の中にいるリュウに負けた。ふん! と、メリルに乗って飛び立つ。




「これでゆっくりできるよ! モリソンは凄く発展しているし、ジェープレスや、ケーレブも視察したいから丁度良かったんだ」




 アスラン王が怒っているのでは? と心配そうなエスメラルダを抱き寄せて、本来は父上がレイテで執務するべきなんだと笑う。




 エスメラルダによく似た栗色の真っ直ぐな髪をしたリュウを抱いたまま、メッシーナ村に入ったショウは、前よりもまた子どもが増えていると驚く。




「ねぇ、ウォンビン島からかなり若者がやって来てるの?」




 イズマル島の原住民と混血したメッシーナ村の住民より、ウォンビン島の住民の方が帝国大陸の人々の容貌に近い。金髪や碧眼の若者が増えているのに気づいた。




「ええ、こちらからも何人かウォンビン島に行きましたが、小さな島ですから、あちらから来る方が多かったのです。それに、ウォンビン島もかなり変わったみたいですわ」




 商船がイズマル島まで東航路で航海する時は、ウォンビン島で補給しなければいけない。のどかに暮らしていた住民が迷惑しているのか? とショウは心配した。




「いいえ、大部分の人達は相変わらず呑気に昼寝していると、パトリック叔父様は呆れているわ。でも、新しい世界を知った若者達の中には、小さな島が狭く感じる者も出てきたの。そんな人達を受け入れているのよ」




 ショウはホッとして微笑んだ。イズマル島には未だ手付かずの大地が広がっている。住民が増えるのは大歓迎なのだ。










 ショウはエスメラルダとリュウと一緒に一週間メッシーナ村で暮らしたが、その間にモリソンやジェープレスの視察にも出かけた。開拓民と商人とのいさかいの調停で忙しいラジックには、文官の増員を約束した。それと共に、法の整備の必要性を感じる。しなくてはいけない事が山積みだと、溜め息をつく。




「レイテの竜騎士の学校に何人もの子どもが入学するようになりますね」




 ウォンビン島出身の数人の少年が既にレイテの竜騎士学校で修行をしているが、メッシーナ村の子ども達の中にも竜騎士の能力を持つ者が多い。エスメラルダの年の離れた妹、アレクサンドリアと一緒に遊んでる子ども達がいずれはレイテに行くのだと微笑む。




「そうだねぇ。竜を増やさなきゃいけないのはわかっているんだけど、それにしてもサンズとルカが交尾飛行するとはね」




 今回はルカが卵を産む番なので、もしかしたらとエスメラルダは頬を染めた。竜の交尾飛行でも妊娠することがあるのだ。ショウも期待して、エスメラルダの平らなお腹を撫でる。いつまでも、メッシーナ村でのんびりしていたいが、父上が真面目に公務をこなしているとは考えられない。レイテの執務室の上に積まれた書類の山が目に浮かぶ。




「明日はケーレブを視察しに行くんだけど、エスメラルダも一緒に行かないか? ジェープレスには行ったことがあると言ってたけど、ケーレブは未だだろ?」




 ブレイブズ号は、ケーレブに先行させているので、そこからサンズ島経由でレイテに帰る予定にしていたが、エスメラルダとリュウと別れ難くなって提案する。




「でも、リュウには遠すぎると思いますわ」




 エスメラルダもショウとは一日も長く一緒にいたいが、幼いリュウを連れて行くには遠いと躊躇する。後宮とは違いエスメラルダが子育てをしているのだと、ショウは改めて驚いた。




「そうだよね……ここには乳母も女官もいないんだ。リュウはエスメが自分で育てているんだなぁ」




 エスメラルダは、それが普通でしょうと笑ったが、後宮では違うのだと少し複雑な顔をした。




「できるだけ早くリュウと一緒にレイテに来て欲しいな。リュウは5歳になったら、他の王子達と離宮で暮らさなくてはいけない。それまでにレイテの生活に慣れていた方が良いからね」




 エスメラルダは、ショウ様とは一緒に暮らしたいが、レイテの後宮での生活には不安を感じる。他の妃は、王家の姫君だったり、大臣の娘だ。幼い頃から侍女達にかしずかれて暮らすのに慣れている。それに、リュウもショウ様が一緒だから、普段よりはマシな格好をさせているが、あの後宮ではみすぼらしく見えるだろうと、妹に遊んで貰っている姿に溜め息をつく。




「私にはカイト、ユウト、リュウという三人の王子がいる。将来、この子達が争わないですむようにしなくてはいけないんだ。幼い頃から一緒に、学んだり、喧嘩をしたり、遊んだりしながら育てたい」




 エスメラルダは、東南諸島連合王国の王子としての教育をリュウに受けさせなくてはいけないのだと覚悟を決めた。




「わかりましたわ。アレクサンドリアは未だ幼いですが、来年にはレイテに参ります」




 メッシーナ村でののんびりした生活を諦めて、自分と一緒に暮らすのを選択してくれたエスメラルダをショウはきつく抱き締めた。

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