第25話 エスメラルダと第一夫人
「ここが私の住んでいる離宮だよ。竜舎もあるから、後でサンズとルカに会いに行こう」
エスメラルダは開放的な東南諸島独特な建築と、花々が咲き乱れる庭、そして竜の形の噴水などを眺めて、物語の中の世界みたいだと溜め息をつく。
「とても素敵な場所だわ」
気に入ったみたいだと、ショウはホッとしてエスメラルダの肩を引き寄せたが、額に水飛沫が飛んできた。
『真白! そんなに水を飛ばさなくても』
潮風に当たった羽根を綺麗にしようと、真白は竜の噴水でバシャバシャしていたのだ。王宮には噴水は何ヵ所もあるし、鷹舎には水浴びできるように鷹匠が常に綺麗な水を用意しているのにと、ショウは少し良い雰囲気を邪魔をされた文句を言いたくなる。
「ショウ様、お帰りなさい。こちらがエスメラルダ様ですね。初めまして、私はリリィです」
エスメラルダは、一瞬他の夫人かと緊張したが、第一夫人のリリィは優しくて信頼できそうだとホッとする。リリィがいれてくれた薫りの良いお茶を一口飲み、ショウは父上と話し合わなくてはと席を立つ。
「リリィ、エスメの部屋は用意してくれている?」
勿論と頷くリリィにエスメラルダの世話は任せて、ショウは父上の執務室へと急ぐ。報告することも山程あるが、問い質したいこともある。エスメラルダがショウの背中を少し心細そうに眺めているのに、リリィは気づいたが、公務なので邪魔はさせられない。
「エスメラルダ様、私がお世話致しますから、ご心配なさらないように。先ずは部屋でお湯を使って、航海の疲れを癒して下さい」
ショウが帰国後の報告などで急がしくするのに慣れているリリィは、エスメラルダを後宮に用意した部屋へと案内する。
「ここが私の部屋ですか!」
エスメラルダは、ユングフラウの大使館や、イルバニア王国の豪華な王宮などを見てきたが、それは公の建物としてだった。自分の部屋の天井の見事な彫刻や、細かい柄を織り込んだ絨毯、低いソファに置かれた華やかなクッションなどに驚く。
「エスメラルダ様のお好みがわかりませんでしたので、お気に召すと宜しいのですが……さぁ、お風呂も用意していますわ」
エスメラルダの侍女も部屋に先に案内されていたので、少し安心してお風呂に浸かる。
「バラの薫りだわ……」
リリィはエスメラルダが他の夫人とは違い、沢山の侍女に囲まれて育っていないのを知っていたので、女官達をさがらせて、慣れるまでは侍女に世話をさせることにする。
「エスメラルダ様がお湯を使ってらっしゃる間に、他の夫人のフォローをしておきましょう。先ずはロジーナ様ね……」
第一夫人のリリィは、ショウ様の長い留守の間、後宮を平和に取り仕切っていたが、帰国されたと知ったら皆が一緒に過ごしたいと思うだろうと、フォローしにまわる。
妊娠中のロジーナは、少し膨れてきたお腹を撫でながら、愛しいショウ様の帰りを待っていた。
「あなたの父上はお留守が多いわね」
レティシィアやララが先に王女を産んでいたが、自分が王子を産めば第二夫人になるチャンスだと、ロジーナは妊娠するまでは考えていた。しかし、お腹の中の赤ちゃんの動きを感じるようになって、少し考え方が変わった。
「元気に産まれてきてくれたら、それだけで良いわ」
妊娠中でナーバスになっていたロジーナは、ショウ様に側にいて欲しいと思ったりもしたが、リリィに優しく世話をされて、とてもリラックスして暮らしていた。
しかし、ロジーナ付きの女官が帰国を知らせてから、少し心が揺らぐ。
「新妻のエスメラルダを連れて来られたの? メッシーナ村の巫女姫として、遠距離結婚だと聞いていたけど……」
それと、ショウが何時も驚くのだが、ロジーナはエスメラルダの騎竜が交尾飛行をしたのも知っていたので、妊娠中なのではと考える。男の子でも女の子でも無事に産まれてくれたら良いと思っていたのだが、エスメラルダが王子を産んだらと心がざわつく。
「ロジーナ様、ご機嫌は如何ですか?」
リリィが自分がエスメラルダの件で動揺しているのを見抜いて、訪ねて来たのだとロジーナは感謝する。それと、やはり色々と聞きたいとも思っていた。
「ショウ様はお元気そうでしたか?」
リリィは、流石に王家の女であるロジーナは、ショウに部屋に来て欲しいと直接的には言わず、元気かどうかお顔を見せて欲しいと婉曲にアピールしてきたと内心で苦笑する。
「ええ、ショウ様はお元気そうでしたが、相変わらず忙しそうですわ。今はアスラン王に報告されておられます」
ロジーナは、リリィが自分の意図に気づいて、今は他の夫人とは過ごしてないと伝えてくれたので、少しホッとする。リリィは後ララ様とレティシィア様の部屋も訪ねなければと内心で溜め息をつく。第一夫人はなかなか大変なのだ。
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